06.熱に魘され五里霧中
肌を焼く強い日射し、歩くだけでも頬を伝い落ちる汗は止まらず、喋ってもいないのに喉は乾く。舗装されているとはいえ砂地に変わりはなく、その中にある唯一の街で一行は足を止めた。
「静かな街だな」
「でも、暑い街よ……」
「こんな場所に人が住んでるなんて驚きだな」
自分なら持って三日だろうと思いながら、アルノルドは汗を拭う。
室内に空調機があるのかは定かではないが、こんな場所で寝泊まりなど余程の理由がなければご遠慮したい。
「こんなところにも騎士がいる……」
「少なくとも、前来た時はあんな物騒な人たちはいなかったわね」
カロルが、そしてジュディスが街中に散在している甲冑を被った人間に着目する。
見るからに暑そうなその人間達は建物の前で仁王立ちになっていたり、徘徊していたりと様々だ。
しかし暑さと動きやすさ故に未だに軽装のままの親衛隊隊長や次期皇帝候補に気付くものは誰も居ない。
「アルは何か知らないの?」
「いや……、残念ながら俺は何も聞いてないな。フレンなら何か知ってるかもしれないが」
「フレン……大丈夫でしょうか」
ノードポリカに置いてきた友のことを思いエステリーゼが目を伏せる。
あんな状況に残してきたのでは心配するのも仕方ないが、一番親しい筈のユーリは「あいつは簡単にヘバるようなヤワじゃねーから安心しろ」と全く気にしていない様だった。まあそれも信頼あってのものだろうが。
「それじゃあ、うちは宝の手がかりを探すから、ここでバイバイなのじゃ」
「行っちゃうの?」
「なんじゃ、もう少しいて欲しいか?」
小さな冒険家は街の入り口で早々に別れを告げ去っていった。
一瞬寂しそうな顔をしていたが、街中に消えていく背中はいつも通りだった。
ユーリの発案で一先ず休息も兼ねての自由行動となり、例によってアルノルドはエステリーゼに付き添った。それが旅を始めてからの通例であったし、自然の流れだった。
「あの……アル、どうしても一緒じゃなきゃ駄目なんです?」
だから、エステリーゼの口からそんな疑問が出てきたのは少しばかり意外だった。
「ご迷惑ですか?」
「いえ……ただ、私に付き合ってばかりだと、アルが休めないなと思って……」
生まれもっての性格なのか育てられ方がそうだったのか、見張りも居ないのに自分のような一人の騎士団員にまで気を配るお姫様にアルノルドは微笑んでみせた。勿論それは自らより位の高い人間に対しての社交事例だが。
「お気遣い有難う御座います。でも俺なら大丈夫ですよ、適当に頃合いを見て勝手に休みますから。エステリーゼ様はご自身の体調に気をつけて下さらないと」
「……なら、いいんですが……」
エステリーゼはそれでも心配だという風に、度々顔色を伺いながら疲れていないかと聞いてきた。
自分はそんなに疲れて見えているのか。いくらなんでも心配し過ぎな相手にアルノルドはつい最近自分の身にあったことを思い出した。
(……ああ、そうか、カドスの喉笛の……)
高濃度のエアルの放出。その真っ只中に居た自分が、エステリーゼの前で倒れかけてしまったことを。
あれ以来体調は……まあ気候や足場のせいで快調とはいかないが、それでも平時と違わぬ程度までには回復し、視界も思考も暑さや砂埃でわずかに鈍ってはいるものの良好だった。
だからもうそれほどまでに心配されるような容態ではないのだが、この少女には言うだけ無駄かもしれない。
エステリーゼが逐一聞いてくるのを若干面倒だと思いながらも、アルノルドはこれも仕事だとしてにこやかに応対し続けた。
「みんなとはここでお別れです」
始めに示し合わせていた通り、集合場所としていた宿屋の前に集まった皆に、そう切り出したのは行動を共にしていたエステリーゼだった。
一切そんな考えを聞いていなかったアルノルドも、ユーリ達と同様に驚く。
「お別れって……あんたはどうすんのよ」
「一人で行く気か……?」
「フェローに会うのはわたしの個人的な願いですから。ですからアル、あなたともここでお別れです」
「え」
エステリーゼに雇われているだけのギルド員のユーリ達はわかるが、自分も置いていくだと?
アルノルドはそれは困ると頭を振った。
「俺は団長閣下に貴方の護衛を任されているんです。申し訳ありませんが、貴方が嫌と言っても俺はついて行きますよ」
「なら、私から今すぐアレクセイに話します。アル、通信機は持ってますよね? 貸して下さい」
いつになく食い下がるエステリーゼに返す言葉を選び損ねる。このお姫様がここまで何か意見したことがあっただろうか。
別に自分がエステリーゼに着いていきたいという訳ではない、寧ろ離れられるならそうしたいのは山々だ。
だがそうはいかないのが仕事というものであり、もし仮にエステリーゼがアレクセイに直談判したとしても、彼がそれに応じるとは到底思えない。自分の代わりにこの任に就ける者など居ないだろうし、護衛もつけずに非力なお姫様を野放しに出来るような得策も無いだろう。あればとっくにそうしている。
従ってお断りするしかないのだが、こっちはこっちで話を聞いてくれそうにない。
困ったアルノルドを見兼ねてか自分がエステリーゼを放っておけないからか、ユーリが助け舟を出してくれた。
「義をもってことを成せ、不義には罰を」
「え……? ……あ、ボクたちの掟だね」
「どう考えても、エステル一人で砂漠の真ん中に行かせるのは不義ね」
「オレ、掟を破るほど度胸ねぇぞ。な、カロル」
カロルが力一杯頷くが、エステリーゼはまだ渋った。どうしても皆を危険な目に遭わせたくないらしい。
ちなみにリタは皆とは別のことで、つまり一人か皆かということよりもっと根本的な、砂漠に行くという方向で話を進めていることに対して反論していた。
「あんた! 何とか言いなさいよ」
「ここでごねたら俺一人であの街戻んないとダメでしょ? それもめんどくさいのよね」
レイヴンはユーリ達と同じくエステリーゼに着いていくことで賛成のようだった。
一体どこまでついてくるつもりなのか。街に居たからと言って自分の仕事が片付く訳ではないというのはわかるが、調子に乗ってどんどん目的地から逸れて大丈夫なのだろうか。
ドンから監視を仰せつかっているとはいえ、わざわざこんな砂漠地帯を行こうとはとんだ物好きだ。
「ってわけだ。それにこいつだって、こんなとこに置いてかれちゃあ後でお偉いさんに酷い目にあわされると思うぜ。こいつのことを思うなら連れていってやれよ」
こいつ、と言うのが自分のことだと気付いて、アルノルドはユーリに感謝した。
しかしいつから彼は自分の同行に肯定的になったのだろうか、彼は自分のようなタイプを嫌いだと思ったが。
そんなこんなでやはりというかなんというか、皆でフェローに会いに行くことで話は纏まった。
いつの間にか居なくなっていたジュディスが帰ってくる。彼女には話の結末が読めていたのだろう。
「準備をお願いしておいたわ、宿屋で貸してくれるそうよ」
「この街から出る前に、十分に休みを取った方がいいわね」
「おっさん、休んでばっかり」
「そうね、一緒に添い寝してくれる?」
レイヴンの冗談にリタは本気でその足を踏みつけ、一行はそれを白い目で見ながら宿屋へ入っていった。