06.熱に魘され五里霧中
「いらっしゃいませ。水と黄砂の街マンタイクへようこそ」宿屋に入ると、まず店の主人が常套句を口にした。皆の視線はそこから自然と横に流れる。
「この騎士……何?」
リタが怪訝そうに、カウンターの真横に立つ騎士を見る。
主人は一度だけ騎士にの方を見てから口ごもり、その問いに答える代わりに質問を返した。
「……ご、ご宿泊ですか?」
「ああ。砂漠へ行くんでその準備と、少し休憩にな」
ユーリは深く追求せずに、その話題から離れた。
重苦しい空気を感じ取って、皆がユーリに倣いそれ以上騎士には触れなかった。
「なんか変な雰囲気よね、この街」
だからその話題が掘り起こされたのは、夜になり客室に自分たちだけとなってからだった。
「やたらと騎士が目につくし。あんた何とか出来ないの?」
「悪いがそのご要望には応えかねるな」
「相変わらず役に立たないわね、あんた本当に騎士なの?」
「あのなぁ……」
「まあ、守ってくれるってんならいいんじゃない? とにかく今夜は寝よ寝よ」
そう言う本人はなかなか体を倒さず、ベットに横になっているのはジュディスとユーリだけだ。
その二人もまだ寝てはおらず、エステリーゼすらも会話に参加する。
「でもさあ、騎士に入り口に立たれると、落ち着かないよね……」
「気になります?」
「なるなる」
「まあレイヴンさんも言ってた通り、何かされる訳でもないんだから、安心して休んでいいんじゃないかな。エステリーゼ様も、明日砂漠へ向かうんでしたら早くお休みになって下さいね」
「あ、はい、わかりました。おやすみなさい」
素直にすぐ横になったエステリーゼとは違い、カロルは暫く無言のまま扉を見つめていたが、やはり子供なだけあって睡魔に襲われ眠りに堕ちた。
そうして静寂が訪れてから数時間後。
皆の寝息と時刻を確認してから、アルノルドは静かに寝台から下りた。荷物の中から無造作に詰め込まれた団服を取り出して袖を通す。
カロルにはああ言ったが、街を彷徨く騎士が気になるのはアルノルドも同じだった。甲冑のせいでこちらから顔はわからないが、この格好で出れば誰か1人くらいは反応があるはず。
その読み通り、宿を出てすぐに兵の1人から声をかけられた。
「アルノルド隊長……! 何故このような所に?」
それは元々親衛隊に居た者の一人だった。今は移動し他の部隊に所属している筈。
「まあ色々あってな。それよりちょっと聞きたいんだが、この物々しい警備は一体何だ? 誰の命令だ」
「はっ、それが……その……」
兵士は辺りに人が居ないのを確認してから、声のボリュームを数段階下げてから言った。
「……キュモール様です。前にヘリオードでなさっていたのと同様に、現在はこの街で執政官をなさっています。我々は住民が外から来た者と話をせぬようにと見張りを任されていまして……」
「……またあいつか」
移動先がよりにもよってキュモール隊とは。不運な元部下を哀れみつつアルノルドはため息をついた。
「それにしても見張りって、なんでわざわざそんなことしてるんだ?」
「キュモール様は街の住民を集めては砂漠に連行し放り出しているのです。何でも、厄介な奇鳥を捕まえようとしているらしく……」
「奇鳥?」
「翼を持った巨大な魔物、とのことですので……我々はそう呼んでいます」
翼を持った、巨大な魔物。
アルノルドの脳裏にダングレストで見た火の鳥が浮かんだ。
まさか、いや恐らくは間違いなくフェローのことだ。これから自分たちが会いに行こうとしている魔物。
「……狙う理由は?」
「申し訳ありません、そこまでは我々も……」
この男からこれ以上の情報収集は無理だなと判断して、親切な兵士に礼を述べて背を向けた。
大体の話は掴めたが、肝心な部分が抜けている。
またキュモールの職権乱用か? まあ今までの経歴からすると何をしても不思議ではないが、あんな正体不明の魔物を捕まえたところで奴に利益があるとも思えない。となるとやはり、上からの指示なのだろう。
そうなると今度はその命令を下した上≠ェ一体誰なのかという問題が出てくる。
討伐ならまだしも、わざわざこれだけの人員を割いてまで捕獲しようとする理由がわからない。
自分の知らないところで何かが動いている、アルノルドは漠然とそう感じた。同時に不安も。
(……分からないことを考えても仕方ないな)
なんにせよ、このままキュモールを放置していればエステリーゼがまた騒ぎかねない。
フェローの捕獲はともかく、それに一般市民を巻き込んでいるのは確実にキュモールの独断だろう。
ならば適当に誰かを呼びつけて鎮静化してしまうかと、通信用の魔導器を通して本部に連絡を入れる。
《お疲れさまです、アルノルド隊長。如何されましたか》
「遅くに悪いな。ちょっと伝言を頼みたいんだが」
《伝言……ですか? 了解しました》
アルノルドは簡単に事情を話し、現在地を伝えた。通信機の向こうでメモを取る音が聞こえる。
《かしこまりました。どなたにお伝えすれば宜しいですか?》
問題はそこだった。
己の部下に頼むことも出来たが、キュモール相手にどこまで食い下がれるか分からない上に、アレクセイに無断で親衛隊を動かすのは気が引ける。
キュモール相手に物怖じせず、かつ迅速確実にやってくれる物欲に靡かぬ正義感のある人物……
まああいつしか居ないよなと、アルノルドは静かに待ってくれていた相手に一人の騎士の名を告げた。
翌朝、一行はほぼ同時刻に目を覚ました。
昨晩のことは誰にも気取られなかったようで、それならわざわざ伝える必要もないとアルノルドは何事もなかったかのように振る舞った。
世話になった主人に出発を告げると、小さい水筒を渡してくれた。
その容量の少なさにカロルが不安な顔をするが、リタやジュディスは充分だとそれを受けとる。
「砂漠に生えてるある種のサボテンは、水を多分に含んでるから」
「そう、そこからこまめに水を補給すればこれで事足りるの。よく知ってるわね」
「有難う御座います、助かります」
「いえいえ。それは差し上げますので、遠慮なく使ってください」
街中にある湖で水を汲んでいくといいと親切にも教えてくれた店主に、リタが昨日の騎士が居ないことを確認してから尋ねた。
「ところでさ、ここにいたあの騎士、何?」
「……あれは、監視です。住民が外から来た方と勝手に話をしないように」
昨日自分が聞いた話に嘘偽りはないようだ。アルノルドは素知らぬ顔で皆と共にそれを聞く。
自分が呼んだ相手は早ければ今日の晩にでも着くとあの後連絡があったので、あとはそちらに任せればいいだろう。
だが店主の話にはまだ続きがあった。
「最近、ノードポリカで騎士団が動いているとか。遂に騎士団がベリウスの捕縛に乗り出したみたいですね」
なんだそれは、初耳だ。
そう思ったのは彼一人ではなかったが。
「騎士団がベリウスを捕まえるの!?」
「なんでも闘技場の統領が人魔戦争の裏で糸を引いていたらしいですから」
人魔戦争。
心臓が脈打つスピードが少し早まった。知らずとアルノルドの手に力が込もる。
だがそれも僅かのことで、すぐに落ち着いて息を吐いた。
「ベリウスが……?」
「この街ではそう言われてます。まあ戦士の殿堂がある限り、帝国は迂闊に手出し出来ない筈ですがね」
そこで見張りの兵が戻ってきて、途端に主人は態度を変える。
「……ご利用ありがとうございました」
「え……ちょ……」
「世話になったな。湖に水汲みにいくぞ」
ユーリはさっさと店を後にし、皆それに続く。
扉を閉める際にアルノルドがカウンターを見ると、店主は申し訳なさそうに小さく会釈した。