06.熱に魘され五里霧中
「全く、どうなるかと思ったわよ……」サボテンから採取した水を水筒に汲んで、リタは落ち着きを取り戻す。
「流石の俺も、何も考えずに水かけたりしないって」
「いや、レイヴンならやりかねないよ……」
「おっさんだしな」
「ちょっとちょっと、それどーゆー意味よ?」
「でも、これからはもう水の心配はいりませんね」
何もなかった砂地とは違い、今居る場所から先には目視出来るだけでも充分な数のサボテンが生えていた。
一つでも水筒に入りきらないぐらいの水が取れるので、これだけあれば確かに干からびることは無さそうだ。
「よし、んじゃ行くか」
「ところであんた、こんな砂漠に何しに来てたの?」
死にかけていた一行に少し明るさが戻り、リタが前にジュディスが言っていたことに対して尋ねる。
「ここの北の方にある山の中の街に住んでたの、私。友達のバウルと一緒に。だから時々砂漠の近くまで来てたのよ」
水を被っただけあって、会話の内容を理解出来るくらいには回復した頭でアルノルドはジュディスの話を聞いていた。
北の街、というのに思い当たるものがあったが、口を挟もうとはせずに、黙々と歩を進める。
「それにしても何かを探す余裕はなさそうね、これは」
「まったくな。自分の命を繋ぐのに精一杯だ……」
「早く何か手がかりを見つけなきゃ……」
「はい……」
だが順調に見えた砂漠越えも、また苦難が立ち塞がった。
進むにつれサボテンの数が徐々に減り、いつしかまた元の更地に戻る。
濡れた髪は数分のうちに乾き、今はまた暑い日差しにジリジリと焼かれている。体力も底をつきかけ、リタが足を止めた。
「ちょっと……このへんで……休憩に、しない……?」
「まったくしょうがないねぇ」
腰に手をつき地面に目線を落とす少女を気遣い皆が足を止めたが、カロルは「あ〜!」と叫ぶと突然走り出した。
疲れていた筈のリタがそれに続いて目を見開き駆け出す。
「水っ!」
「あ、ちょっと、気をつけて。砂地に足を取られたら危ないですよ!」
言いながら、エステリーゼも2人を追って駆け出す。
暑さによる異変がまた再発していたアルノルドは、エステリーゼ様こそ気をつけて下さいよと呟くので精一杯だった。その脇をレイヴンやジュディスも通りすぎていく。
「なんだよ……まだ元気じゃねぇか。みんなして力の出し惜しみしやがって」
「……ユーリ君は、珍しく弱ってるみたいだな?」
「あんたほどじゃねーよ」
重い足取りでオアシスに徐々に近付いていく。
先にたどり着いた皆は靴も脱がずに足を突っ込み、リタに至っては服のまま水に浸かっていた。
「……そういえば少し気になってたんだが、あの時どうして助けてくれたんだ?」
「ん? いつの話だ?」
「マンタイクで、エステリーゼ様が1人で行くって言った時だよ」
俺を置いていくことも出来ただろうに、騎士を快く思っていない筈のユーリがわざわざ後押ししてくれたのは何故か。その答えはこうだった。
「ああ、騎士が1人居ると色々便利だと思ったんでね」
しれっと答えて、ユーリはくつろぐ一行に混ざった。
成る程あくまで俺は使い勝手のいい通行証か何かと思われているらしい。いっそ清々しいくらいに利口な答えに、それを不快とは思わずに納得だとアルノルドは笑った。
「生き返った……」
「ほんと、もうダメかと思った」
「おーおー、これからの未来をしょって立つ若者が情けないね」
水辺に屯する皆に追い付き、アルノルドも水をすくって喉を潤す。
湖に突っ込んだ腕から冷やされた血が全身を巡り、上がりすぎた体温が下がっていく。
幾分気分が良くなって、このまま湖に飛び込みたいなぁなんて冗談混じりに考えていると、思い切り背を押された。
派手な音と水飛沫と、レイヴンの笑い声が上がり、自分を突き飛ばした犯人にアルノルドは怒ろうとしたが、それを切り口に皆が次々に飛び込んできたので、言葉を発するタイミングを逃してしまった。
仕方無く説教をやめて、アルノルドは水に浸かったまま空を仰ぎ見て、ゆっくりと目を閉じた。
このまま眠ってしまいたい、そう思えるくらいに冷たさは心地よかった。
しかし勿論それが実現するわけもなく、数分後にはオアシスからまた砂漠へと戻っていた。
「おっ……?」
天国から地獄へと再出発した一行は、途中で砂の中をうごめく奇妙な物体を見つける。
「何やってんだ、おっさん」
「いやほら、そこなんか変な生き物がいるなーって」
金のラインが入った紺色の物体は、もぞもぞと動きながらこちらに向かってきた。それはさながら泳法のクロールのようだ。
謎の生物はそのまま加速し、ユーリの足首を掴んだ。そしてようやくその正体が露になる。
「ユーリなのじゃ!」
丸く蒼い瞳が、紫暗の髪を仰ぎ見た。
マンタイクで別れたパティが砂の中から上半身だけを出しているその姿に、アルノルドはそこまでするかと呆れを通り越して感心する。
「砂ん中で宝探しか?」
「ご名答なのじゃ」
パティは砂から這い出ると、大きな宝箱を足元に置いた。
「これ何だ?」
「アイフリードが隠した宝なのじゃ」
「これが……?」
「でも、よく砂の中の宝物なんか見つけることできたね」
「冒険家の勘はイルカの右脳よりも鋭いのじゃ」
宝箱の中身が気になったが、パティはそれをガラクタだと説明した。彼女にとっては麗しの星以外の品など意味を成さないらしい。
いらないのならこちらに譲っていただきたいとアルノルドは思ったが、今は残念ながら重い箱を両腕で抱える元気はない。
「うちはお宝を見つけるのが目的ではないのじゃ」
「記憶を取り戻す、ですよね?」
「んで? まだその記憶とやらは戻ってこないのか?」
「うむ、そのようなのじゃ。でも、うちの旅はまだまだこれからなのじゃ」
「立ち直りの早い子だねえ」
「あら? わたしはそういう子の方が好きよ?」
ジュディスの言葉に、自分もそういうタイプだと訴えるレイヴンを無視して、皆はパティも一緒に連れていくことにして捜索を再開した。
暑さにまた朦朧とし始めた意識を奮い起たせ、その頑張りが実を結び、白い砂の中にうずくまる人影を一行はようやく発見することが出来た。
「うぅっ……、あ、あなた方……」
「楽になりました?」
エステリーゼがすかさず治癒術を使い、側に倒れていた女性にも同じ術を施す。
「ありがとうございます……!」
「あなた方のおかげで、命拾いをしました……。あなた方は私たちの救い主です」
充分にあった水も分け与えると、夫婦は揃って頭を下げたがエステリーゼやユーリはそんなものはいいと立ち上がる。
幸運なことに、この2人がライラとアルフの親らしかった。
「安心するのは、生きて帰れてからだ」
「まあそうだな。自分で歩けますか?」
子供の安否を心配し急ぎ帰ろうとする二人をなだめて、一行はさっさと街へ戻ろうと前から後ろへ体を半回転させたが、鳥のような鳴き声が聞こえてまた進路を変えた。
こんな砂地に普通の鳥が居るわけがない。ということは、フェローが近くに居る。そう思うのが普通だった。
戦えない人間が居ると正直邪魔なのだが、この機を逃せば次にいつフェローに会えるかわからない。
仕方無く二人も連れて、十人と一匹となった団体は声のほうへと向かった。