06.熱に魘され五里霧中

「何かおかしい……気をつけて」

だが鳴き声が一番よく聞こえる場所まで来ても、そこに魔物は居なかった。
それどころか、鳥の鳴き声だと思っていた音は徐々に変化していく。

「フェローじゃない……」

「ああ……声の調子が変わりやがったな」

異常に気づいた皆があたりを見回していると、黒い渦のようなものが突如目の前の虚空に現れた。
エイにも似た半透明の生物が、うねうねと空中で踊る。

「何!? 気持ちワルッ!」

「おとりを使っての不意打ちとは、卑怯な魔物なのじゃ」

まずあれは魔物なのか? アルノルドはエステリーゼを庇いながらじっと観察する。
魔物なら今まで嫌というほど見てきたが、あんな種類のものは見たことがない。魔狩りの剣に所属していたカロルでさえも知らないと言った。

いつも静かなラピードが珍しく毛を逆立て吠えるのを見て、それがヤバイものらしいと皆が察する。
逃げようとカロルが背を向けるが、敵は宙を漂いながら近付いてくる。

「こっちに来ます!」

「ちっ、やるしかねぇってことか。あんたたちは離れてろよ!」

夫婦を岩影に追いやって武器を構える。攻撃事態は効いたようだが、斬った時の手応えがまた不快なことこの上なかった。

敵の正体もわからない上に足場も悪ければ気温も高い。なんとか倒したものの、戦いが終わる頃には皆虫の息だった。

「はあ……ボク、もうだめ……」

「サザエのつぼ焼き……よりも……グツグツグラグラ熱……」

「さすがの俺様も、もう限界……」

「……こりゃ、やべえ……」

カロルが、リタが、パティが、ジュディスが、ユーリが、元気溌剌だったレイヴンでさえも、力尽き砂に身を沈める。

倒れるエステリーゼを受け止めて、アルノルドも例外無く膝を折った。
暑さが気持ち悪い、意識が遠くなっていく。

こんなところで死ぬのは御免だと思いながら、視界はゆっくりと黒に塗られていった。






暑い。猛暑とかそんなレベルじゃなく、まるで身を焼かれているようだ。

熱い。周りの一切が燃えて、景色が焔に呑まれていく。

周囲の地面が赤黒い。服が灰になる。無数の遺体が塵となって空へ消えていく。


人を探してみる、でも誰も見えない。

声を出してみる、でも誰も応えない。


ここには誰も居ない。当たり前だ、自分が今居るのは燃え盛る火の海の中なのだから。

ならどうして、俺は――――






「…………」

どこだ、ここ。
アルノルドが目を覚まして最初に思ったのはそれだった。

まず目に入ったのは木製の屋根、隣には窓、下はふかふかのベッド。
はて自分は何故こんな場所に居るのだろうか。記憶を手繰り寄せるとその途切れ目は奇妙な敵と白い砂。

(……砂漠にいたはずなんだがな……)

気だるさの残る体を起こして、そのままぼーっと窓の外や室内の風景を観察してから、自分の仕事を思い出して慌てて部屋を出た。

「エステリーゼ様!!」

「あ、アル、おはようございます」

お姫様はいつも通り、穏やかな物腰で挨拶をする。
彼女が居たのは桟橋の上で、近くにはジュディスの姿もあった。

「おはようさんなのじゃ! 寝起きでも安心の男前じゃの」

アルノルドはタックルしてきたパティに数歩よろめきつつ、どうも、と微笑してその体を地面におろす。

「ここは?」

「私たちもさっき起きたばかりで……今レイヴンが調べてくれてます」

「俺は砂漠に居た記憶しか無いんですが……」

「それは私たちも同じ。誰かが助けてくれたようだけれど……」

助けたって、全員をか?
あんな辺境に自分たち以外でそんな余裕のある人間が居たとは思えないが……

しかし現に自分たちはここに居る、これが夢でない限りはジュディスの言う通りなのかもしれない。

次に建物から出てきたのはユーリだった。
先の自分と同じような質問をしてから、助けた夫婦の安否も確認する。

「私達と一緒に、街に連れてこられたみたいです」

「みたい、ってことは、あの二人も命の恩人は見てないのか」

「彼らも気を失っていたようね。今あの二人、街を見て回ってると思うわ」

ユーリは気を失う前にカドスの喉笛で見た巨大な魔物を見たというが、他にそれを見たものはアルノルドも含めて居なかった。
パティはきっとその魔物が助けてくれたんだと言うが、まさかそんな事はないだろう。

「結界がない。変な街……」

「砂漠の巨山部は無人地帯だって聞いたことがあるんだけどな」

「リタ、カロル、こっちです」

最後に出てきた二人をエステリーゼが手招きする。
その時始めて上空に光の輪が無いことと、エステリーゼの手に緋色の羽根が握られていることに気づいた。

「エステリーゼ様、それはどちらで?」

「さっき砂漠で襲ってきた魔物が落としていったみたいです」

「あの魔物に羽根なんてなかったけど……」

それを見たジュディスがフェローの羽根ね、と即答し、会話が一瞬途切れる。

「……これがですか?」

「ええ、恐らくね」

「でも、どうしてフェローの羽根をさっきの魔物が……?」

「さぁ?」

「わからないことばっかだね……」

話が行き詰まったところでタイミング良くレイヴンが帰還する。
彼が集めてきた情報によると、ここがあの幽霊船の日記にあったヨームゲンという街らしい。

「魔物を退けるために、澄明の刻晶が必要っていう街?」

「なるほど、この街結界ないものね」

「……でもあれは千年も前の話じゃなかったか? この街がそんな昔からあるとは思えないけどな…」

もしそうなら名前ぐらいは聞いたことがありそうなものだし、このご時世にそれだけの間結界なしで無事に過ごせるとは考えにくい。
一行はとりあえず街の人に澄明の刻晶の箱を見せて話を聞くことにした。

「その箱……」

「この箱について何かご存知なんですか!?」

最初は皆首を横に振っていたが、何人目かの女性が反応を示してくれた。
女性はアーセルム号のことも知っているようで、その船に恋人が乗っているのだという。

「あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

「あ、私はユイファンと言います」

「アーセルム号の日記にあった名前ですね」

「同じ名前の子孫かの?」

次に澄明の刻晶のことを聞くと、それは賢人様が結界を作るために必要なものだと言っていたと教えてくれた。
それだけでなく、小さなカギを取り出して箱を開けて見せる。中には大きな宝石なようなものが入っていた。

「ピカピカキラキラ、海面で瞬く夜光虫よりも綺麗なお宝なのじゃ」

「もっと岩みたいなものを想像してたけど……意外と整った形ですね」

「そうね、売ったら高そうね」

隣に居る男に言われて、まさにそう考えていたアルノルドはぎくりとした。
レイヴンはしたり顔でこちらを見ている。

「……誰がそんなことを言いましたか」

「んーや? 俺様がそう思っただけよん」

「で、さっき言ってた賢人様って誰のことよ?」

「賢人様は、砂漠の向こうからいらしたクリティア族の偉いお方です」

「クリティア族の……?」

「結界を作るってことは、魔導器を作るってことよね」

「ブラス……ティ……ア? さ、さあ……」

まるで初めて聞きましたとでもいうようなたどたどしい発音。まさか魔導器を知らないなんてことはないだろうな。

「でも、今の技術じゃ魔導器作れないでしょ?」

「それを作るヤツがいるの。見たでしょ、エフミドやカルボクラムで。その賢人様とやらがあのメチャクチャな術式の魔導器作った奴じゃないでしょうね」

「ご、ごめんなさい、私よくわからないんです……。とにかく結界を作るために澄明の刻晶が必要だって、賢人様がおっしゃって、それを探しに彼は旅に出て……もう三年にもなります」

「……三年、ね。そりゃ心配するわな」

嘘を吐いている訳でも無さそうな女性から一度離れて、皆で声を潜めて話し合う。

「なんだか話が噛み合ってませんね」

「千年の間違いじゃないん?」

「それじゃ、彼女何歳?」

「若作りにも限界がありますよ」

「三年前にも千年前と同じことがあったのじゃ、たぶん」

「歴史は繰り返すとは言うけど、それはどうよ」

なんにせよ、ここでこうして話していても仕方がない。
皆はとりあえず話に出てきた賢人様とやらに会いに行くことにして、街の一番奥にあるという家に向かった。
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