06.熱に魘され五里霧中
家というよりも、それは屋敷だった。他のものとは明らかに違う規模の建物に、相変わらず遠慮や礼節というものを知ないユーリが無断で上がり込む。
「邪魔するぜ」
室内に居た一人の人物がその声に振り向く。
白銀の髪がゆっくりと揺れ、赤い双眼が一行を捉える。
「え……この人が……?」
それはケーブモックで、ガスファロストで、二度に渡り見た男。パティ以外の人間は見覚えのある顔だった。
「お前達……どうやってここへ来た?」
「どうやってって、足で歩いて、砂漠を越えて、だよ」
「……なるほど。だが、一体……? いや……ここへ何をしに来た?」
「こいつについて、ちょっとな」
ユーリは箱から出した水晶をデュークに見せる。
デュークはそれが何か理解し、意外なことに礼ともとれる言葉とそれを引き換えた。
「あんた、結界魔導器作るって言ってるそうじゃない。賢人気取るのもいいけど、魔導器を作るのはやめなさい。そんな魔核じゃない怪しいもの使って結界魔導器を作るなんて……」
「魔核ではないが、魔核と同じエアルの塊だ。術式が刻まれていないだけのこと」
「術式が刻まれていない魔核……? どういうこと!?」
「一般的には聖核と呼ばれている。澄明の核晶はその一つだ」
「これが聖核……?」
「それに、賢人は私ではない。かの者はもう死んだ」
「そりゃ困ったな。そしたらそいつ、あんたには渡せねぇんだけど」
「そうだな。私には、そして人の世にも必要のないものだ」
男は静かに核晶を床に起き、抜き身の剣の切っ先をそれに定めて力強く下ろした。
漸く目当ての物とご対面出来たレイヴンが慌てる。
「あ〜、何すんの! 待て待て待て!」
制止も虚しく、核晶にヒビが走り砕ける。
光の渦が男の足元から沸き上がり、核晶は欠片も残さず消えた。
「これ、ケーブ・モックで見た現象と同じ!?」
「あっちゃ〜、せっかくの聖核を」
「聖核は人の世に混乱をもたらす。エアルに還した方がいい」
だからって何も壊さなくても。そんな貴重なものなら結構な値がついただろうにと未だに金に換算しようとしていたアルノルドはがっくりと肩を落とした。
「澄明の刻晶は……いえ、聖核は、この街を魔物から救うために必要なものだったんじゃないんです?」
「この街に、結界も救いも不要だ。ここは悠久の平穏が約束されているのだから」
「確かに長閑なとこだけどな」
「でも、フェローのような魔物も近くにいるんですよ」
「なぜ、フェローのことを知っている」
男の顔つきが変わり、言ったエステリーゼは何か知っているのかと問う。
「知っていることを教えてくれませんか? わたし、フェローに忌まわしき毒だと言われました」
「……なるほど」
「何か知ってるんですね?」
「この世界には始祖の隷長が忌み嫌う力の使い手がいる。その力の使い手を、満月の子という」
「満月の子って伝承の……、もしかして……始祖の隷長っていうのはフェローのこと、ですか……?」
「その通りだ」
エステリーゼの質問は続く。なぜ始祖の隷長は満月の子を嫌うのか、満月の子の力とは何なのか。
だがデュークはそれには答えを返さなかった。真意は始祖の隷長本人の心の内にある、と。
「やっぱりフェローに会って直接聞くしかないってことですか?」
「フェローに会ったところで満月の子は消されるだけ。愚かなことはやめるがいい」
「でも……!」
「エステル、もうやめとこう」
リタが言うがエステリーゼがそれで諦めてくれるはずもなく、だが何も言えずに下を向く。
一方デュークは、そんなエステリーゼから目を離して、隣にいたアルノルドに目を向けた。
アルノルドはその顔にやはり既視感を覚えたが、前と同じでそれがどこから来るものかが分からない。
「……何か?」
すぐに反らされるだろうと思っていた目はなかなか離れず、いよいよ気になって聞いてみるが、それに対しては何の反応も返ってこなかった。
「……立ち去れ、もはやここに用はなかろう」
「待って! あたしもあんたに聞きたいことがある。エアルクレーネであんた何してたの?あんた何者よ、その剣はなに!?」
「おまえたちに理解できる事ではない。また理解も求めぬ。去れ、もはや語る事はない」
「ちょっ、何よそれ!」
男の態度に憤慨したリタをユーリがいさめて外に連れ出す。
「……お前は何故、満月の子と共に居る?」
最後に部屋を出ようとして、アルノルドは男に呼び止められた。
指名された訳ではないが、その目はこちらを向いている。
「仕事で、ですが?」
「……あれはお前に害を成す、既にその身に毒を与えられたのではないのか?」
「エステリーゼ様が?」
他の誰かならともかく、あのお人好しなお姫様が自分に害を成すだなんて。
「……想像も出来ないな。毒っていうのはさっきの話のことか? 何でそんな忠告してくれたのかは知らないけど、俺は始祖の隷長なんかじゃないぞ」
そう言って出ていくアルノルドと閉ざされた扉を見て、男は、デュークは、言葉の続きを発することなく頭から消した。
「どうした?」
「ん? 何が?」
「何か話してたんです?」
ユーリ達は屋敷の前で小さな円を作っていた。自分を待っていたのだと気付いてアルノルドは軽く謝罪する。
「いきなりお邪魔してすみませんでしたって話ですよ」
「あいつの言ってた満月の子って、前に言ってた凛々の明星の妹だよな」
「ええ…。地上満つる黄金の光放つ女神、君の名は満月の子。兄、凛々の明星は空より我らを見る。君は地上に残り、賢母なる大地を未来永劫見守る=v
「それ、なんか意味あるの?」
「わかりません。でも、ただの伝承ではないのかもしれません」
「地上に残り、大地を見守る、ね」
「大地を見守るっていうのは、この世界を支配するってこと?」
「じゃあ、皇帝になる人ってこと? エステルが満月の子なら、それでつじつまが合わない?」
「だとすると、代々の皇帝はみんなフェローに狙われるわな」
「そんな話は聞いたことないです」
このメンバーは憶測で話すのが好きなのか。
答えの出なさそうな話し合いからアルノルドは早々に離脱した。
「私は……フェローに会わない方がいいんでしょうか」
結局散会し、明日の朝街を発つこととなった一行は、今は街のあちこちで自由に寛いでいた。
ただしアルノルドはエステリーゼの隣にひっついて回っていたのだが。
「どうしました突然?」
「あの方の話を聞いて……少し思ったんです。もし、あの時仮にユーリに出会うことなく、あのままお城で暮らしていたとしたら、満月の子とか始祖の隷長とかそんなことを知らないまま、わたしは生きてたのかもって。だったら今のままでも、自分の狙われた理由なんて知らなくても、生きていけるんじゃないかって」
「……なら、帝都にお戻りになって下さるんですか?」
「それも一つの選択肢だと思います」
ここに来てこの発言か。
もっと早くにそう言ってくれればとアルノルドは思ったが、ここで素直に帰ってくれるというのなら先の苦労が少しは省かれる。
「……でも、本当のことを知りたいという気持ちもあるんです」
どっちだ。アルノルドはエステリーゼの発言に戸惑った。
いつもそうだが、せめて意見を纏めてから言ってほしい。もし迷っているのだとしても、それを自分に相談して帰ってくる答えなど分かっているだろうに。
「……すみません、アルノルドが一番迷惑してますよね。もっと私がしっかりしていればこんな事には……」
何と返せばいいのかわからなくなりアルノルドは押し黙る。
一人で考えてみますねと、少し離れた場所に移動するエステリーゼと交代するようにやって来たのはユーリだった。
「珍しいな、あんたがエステルと一緒じゃないなんて」
「これからのことについて一人で考える時間が欲しいと仰ったんでね」
「これからのこと、ねえ……。あんたとしてはどうなんだ? って、聞くまでもねぇか」
「まあユーリ君がお察しの通りかな」
「でもそれはあくまで仕事上の話、だろ? お前自身はどうなんだよ」
質問の意味するところがわからず聞き返すと、役柄を抜いて考えろってことだよ、と相手は言った。
「騎士としてじゃなく、お前個人として、エステルをどうしたいんだ?」
「……さあ、考えたことなかったな。あえて言うなら、別にどうでも」
「興味ありませんってことか」
「もしエステリーゼ様がお姫様じゃなかったならね。……というよりは、団長閣下のご命令がなければ、かな」
ユーリはそこで言葉を切って、何かを考え込む素振りを見せた。そして、
「確かにエステルはお姫様だが、その前に一人の人間だろ。俺やお前と同じようにな。そこんとこ分かっといてやってくれよ」
それだけ言って、こちらが何を言う間もなく去っていった。
その行き先は桟橋の上で街を眺めるエステリーゼだ。きっとまた助言を、こちらとしては若干迷惑な助言でもしに行ったのだろう。
エステリーゼにも意思があることは分かっている、自分だってそれくらいは理解している。
だが仕方がないだろう、彼女はそういう血筋に生まれてしまったのだから。姫である前に人間ではない、人間である前に姫なんだ。
それが帝国の考え、それが自分の――――