06.熱に魘され五里霧中

「えい」

「っ、!?」

額に軽い衝撃。自分の意思に関係なく上を向く顔。

「……なにするんですか」

額を人差し指で突いてきたレイヴンに、アルノルドは怒りよりも行動の意味がわからず思ったまま口にする。

「いやね? そんな額にしわ寄せてたら、幸せが逃げてくんじゃないかと思って」

「はぁ……もう逃げてますけど」

「ありゃりゃ、そりゃ重症だわ」

今日はやけに人に絡まれるなと、さっきまで何を考えていたかわからなくなったアルノルドは一先ず今までの会話を隅に追いやった。

「アルちゃんは暑いの苦手なのね、大丈夫?」

「……まだその呼び方ですか。体力的には問題ないですよ。暑いのが苦手、というと少し語弊があるかもしれませんね」

「じゃあ何よ?」

「熱いのが苦手なんです」

「一緒じゃないのよ」

言葉では伝わらないか。かといって一から説明するほどのことでもないとアルノルドは口を閉ざす。

「嬢ちゃんと何話してたの?」

「ああ、エステリーゼ様が身の振りを悩んでらっしゃるんですよ」

「ははぁ、まああんな事言われちゃあね。ユーリとは?」

「エステリーゼ様の気持ちを尊重してやれ、だそうです。ユーリ君みたいな子から見れば、俺は悪者なんでしょうね」

「どうかねぇ。ユーリは多分、アルちゃんの気持ちもちゃーんとわかってるよ。ただ奴さんは、嬢ちゃんのことも何とかならないかって考えてるだけだろうよ。どれも見捨てたくない、助けたい……そんなとこかもしらんね」

確かに、彼は人の優劣を数で決めない人間だ。十人が助かるなら一人は犠牲になってもしょうがない、とは思わないのだろう。

「……俺とは違いすぎます」

「アルちゃんは数で判断するってこと?」

「ええ」

「その一人が自分でも?」

「もちろん」

スパッと言い切ったアルノルドにレイヴンが苦笑する。
割り切っているというよりは、諦めているような印象を受ける言い方だ。

「アルちゃんはもっと自分を大事にすべきよ」

「それ本心から言ってませんよね?」

「自分を卑下しすぎだと思うけどなぁ」

「……そうですかね」

アルノルドの目が細められ、声色が変わる。
それが怒りの色か、悲しみの色か、それとも全く別の何かか、その時のレイヴンには分からなかった。






「で、ボクたちはこれからどうする?」

一夜明け、町の出口に人の塊が出来る。夫婦とも合流し、各々が次にどこへ向かうかを表明していた。

「あたしはカドスの喉笛のエアルクレーネに行くわ。始祖の隷長も気になるけどね」

「俺様はベリウスに手紙を渡さないとなぁ」

「ボクもベリウスに会ってみたい。ドンと双璧と言われてるギルドの統領が、どんな人なのか知りたいよ」

「俺もノードポリカか。マンタイクの騎士団の行動、フレンに問いたださなきゃな。
ま、ノードポリカにまだ居れば、の話だけど」

「わたしは……始祖の隷長が満月の子を疎む理由を知りたいです。だからフェローに会わないと……」

「気になるのはわかるけど、フェローに会うくらいなら何か別の方法を探した方がいいわ」

「そうだな……砂漠を歩いてフェローを探すのはちっと難しそうだぜ」

「だったらみんなでノードポリカに向かうのはどう? 始祖の隷長に教われた理由…それがわかればいいんでしょ。ベリウスに会えば、わかると思うわ」

「闘技場は始祖の隷長と何かしらの関係があるってこと?」

「確かにイエガーが、ノードポリカの始祖の隷長がどうとか言ってたねぇ」

「ヤツの言葉を信じるならな」

ノードポリカへ向かうならカドスの喉笛も通る、そのルートなら皆の目的が達成出来るのだろうということで、次の行き先はノードポリカに決まった。
パティはあの街にいい思い出がないらしいが、平気だと言ってついてくる意思を見せる。

そして最後に皆の視線がアルノルドに注がれる。
「俺は仕事全うする」という意味合いで黙って一度エステリーゼの方を見てから視線を戻すと、理解した皆はまずはマンタイクに戻ろうと揃って歩き出した。






「はぁ〜……やっと帰ってきた。砂漠はもうこりごりだわ……」

再び暑さの厳しい砂漠を越え、マンタイクの土を踏んだ一行は、出立する前に比べて明らかに人の数が増えていることに気づいた。

増えたというより、家に閉じ込められていた人々が外に出ているだけなのだろうが、外出禁止令はどうしたのか。
その住民たちは一台の馬車の前に列を成していた。その組み合わせにアルノルドが閃く。

どうやら助っ人よりもキュモールが悪事を働く方が早いらしい。
ユーリ達も騎士に混じっていた派手な鎧の男に気づいた。

「キュモール……!」

「急いてはことを仕損じるよ」

「うむ、ここは慎重に様子見なのじゃ」

離れた位置からでもキュモールの罵声は聞こえた。
やはり聞いていた通り、彼はフェローを捕まえて来させようとしているらしい。

「それでどうするのかしら? 放っておけないのでしょう?」

「私が……」

「エステリーゼ様に行かせるくらいなら、俺が行きますが?」

「今は行かない方がいいと思うのじゃ」

「……じゃあ、どうするんです?」

ユーリはカロルを呼び、何かを耳打ちする。
聞いたカロルの反応からすると何かを頼まれたらしい、道具が無いと言うカロルにジュディスがレンチを渡した。

危なかったら助けてくれとだけ言って、不安げな面持ちで少年は馬車へと走っていく。
そしてキュモールが出発の合図を出すと、馬車の車輪が前触れもなく外れた。

「何してるんだ!? 馬車を準備したのは誰!? きーっ! 馬車を直せ! この責任は問うからね!」

「これがガキンチョに授けた知恵ってわけね」

作成が失敗し激昂するキュモール。そして逆に作成を成功させたカロルは意気揚々と帰ってきた。

「お疲れ。器用だなカロル君」

「ふーっ……ドキドキもんだったよ」

「でも、これってただの時間稼ぎじゃない」

「これが限度ね、私たちには」

「騎士団に表だって楯突いたら、カロル先生泣いちまうからな」

ならさっさと隠れた方がいいと、一行は夫婦と別れ宿屋に向かった。
宿の主人は見送ってくれた人物と同じで、こちらの姿を確認すると表情が明るくなったが、

「おおっ……! よくぞご無事で……! ……お、お帰りなさいませ」

依然として隣に居る見張りの目に、すぐ声のトーンを落とした。
再び宿を借り部屋に案内されると、疲れていた皆は即ベッドに突っ伏す。

しかし眠い訳ではなかったので、姿勢は寝る準備のままで皆口だけを動かした。話題はもちろんキュモールのことだ。

「あのキュモールっての、ホントにどうしようもないヤツね」

「あれはたぶん病気なのよ」

「それはきっと、バカっていう病気なんじゃな」

「あいつら、フェロー捕まえてどうすんのかね」

「わかりません、ですけど……、このままだと、大人はみんな残らず砂漠行きです」

「大人がいなくなれば、次は子供の番かもしれないわね」

そんなことは駄目だと自ら話をつけにいこうとするエステリーゼに、ジュディスがヘリオードでのことを挙げる。例えお姫様であっても話を聞くような相手ではない、と。
カロルやレイヴンもそれに同意し、エステリーゼは勢いを無くした。

「大丈夫ですよ、ああいう横暴な人間は時期に他の騎士に捕まりますから」

「……時期にって、いつです? その間にもこの街の人たちは……」

「なんでしたら、俺が片付けてきましょうか?」

「片付けるって何、なんかいい手でもあんの?」

アルノルドは腰にさした片手剣の柄を指で二、三度叩く。
リタはすぐに理解したようだが、エステリーゼは一瞬きょとんとして、次に血の気の失せた顔で叫んだ。

「だっ、駄目です! それは……そんな、いくらなんでも……」

「ま、バカは死ななきゃ治らないって言うしねぇ」

「レイヴンまで……」

「それで納得いただけないなら、今は我慢なさって下さい。エステリーゼ様は他にやりたいことがあるのではありませんでしたか?」

「二つのことをいっぺんにしようったってできないのじゃ」

「ごめん、エステル……。みんな責めてるわけじゃない。あたしだってムカつくわ、でも……」

「リタ……、わかってます」

そんなに思い詰めなくても、あと数時間すれば助けが来るのだが。

だがそれを先に伝えてもし情報が漏洩すればこの策は無に帰す。だから相手が到着するその時まで、アルノルドがそのことを話すことはなかった。
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