06.熱に魘され五里霧中
「……来たな」夜。月と家屋から漏れる人工的な光にうっすらと照らされた道を、二列に並び歩調を合わせ街に進行してくる兵士。
それらは宿の前に出ていたアルノルドの前で止まった。見事に息の揃った敬礼はさすが、この隊らしい。
「お疲れさまです、アルノルド隊長」
「急な申し出にも関わらず、迅速な対応感謝致します。フレン隊長殿」
その先頭に居た金髪の青年は、その敬称に気恥ずかしさやら畏れ多さを感じて訂正を求めた。
「普段の話し方になさって下さい。貴方にその様な態度をとられるのはどうも……その、慣れません」
「……そうか? でもお前ももう隊長なんだから、いつまでも俺だけ馴れ馴れしく話すのはまずいだろ」
お前もユーリ君と話す時みたいにしてくれるなら対等だがなと言うと、フレンは滅相もないと拒絶した。同じ立場になるにはまだ時間が要るらしい。
「で、お前に頼みたいのは前に話した通りだ。事情は分かってくれてるか?」
「圧政を受けている民の保護、首謀者と共犯者の捕縛……、ここに来るまでに既に何人かは取り抑えました」
「仕事が早くて助かる。お前はお前で仕事があるだろうに悪いな」
「……いえ、民の為とあれば」
いつも通り、昔から変わらぬ志高き騎士の言葉。
なのにフレンの表情に影が落ちたように見えて、アルノルドはそう感じた自分に疑問を抱いた。
「……ところで、エステリーゼ様はどちらに?」
「え? ああ、今はユーリ君たちと中で休んでいらっしゃるけど……」
「まだ、帝都へはお戻りになられないのですか」
何度もされた問い掛け。しかしそれに今までとは何か違う、寒気のようなものを感じて、アルノルドはますます疑問を膨らませる。
否、これは違和感か。
目の前に居るのがフレンではない“誰か”に思えて、アルノルドは目を擦った。
だがやはりそこに居るのは自分の知る騎士の仲間。
「フレン隊長、街の人間の避難及び安全の確保、全て完了しました」
「わかった」
フレンはもう一度こちらに敬礼して、まだ新しいマントを翻し街の奥へ入っていった。
アルノルドはまだ違和感の残ったままだったが、それを確認するタイミングは訪れなかった。
フレンの働きは見事なものだった。
街をあっと言う間に制圧し、キュモール隊は皆連行され、街には本来の賑わいが戻る。街の声に起きてきたエステリーゼ達も、心からそれを喜んだ。
しかし肝心のキュモールだけは逃げ仰せたようで、街をいくら探し回ろうとも見つけることは出来なかった。
アルノルドがそのことをフレンに確認すると、彼は何かを言おうとしたのだが、
「……いえ。すみません、私の失態です」
と、頭を下げただけで、それ以上は何も話そうとしなかった。
自分はフレンの上司でもないのだから失態も何も無い、だからそれは良かったが、フレンが言いかけた何かを隠したことはどうにも気になった。
「アル? どうしました?」
「…………」
「……アル?」
「……へ? あ、はい、何でしょう?」
小さなお姫様が不思議そうにこちらを見上げてくる。毎度身長差のせいで相手を見下す形になってしまうが、エステリーゼはそれを気にしない。
「浮かない顔してます、嬉しくないんです?」
「いえ、嬉しいですよ。……あれ、リタ達は?」
「皆に混じって踊ってます、楽しそうですよ。アルもどうです?」
天然というか無邪気というかなんというか、相変わらずなエステリーゼの誘いを丁重にお断りして、まだ気分の高揚しているお姫様を仕方なく置いて先に宿に入る。
カウンターの下で眠りこけている情けない紫羽織の中年に呆れつつ、アルノルドは外が見えるその位置に腰を下ろした。
フレンがどうもおかしい。いや、おかしいのは自分か?
このお祭り騒ぎの中姿を見せない青年に、普段ならあり得ない不安が過る。
別にエステリーゼを連れ戻したがっているのも、仕事に全力で取り組むのも、自分の地位や力を驕らない謙虚な姿勢もいつも通りではないか。なにを不思議に思うことがあるのか。
そこで一つ、違和感の正体に気付いた。
(……あの隊って……)
フレンと共に街にやってきたあの兵士たち。フレンの指示を仰いでいたのだから彼らはフレンの部下なのだということは目に見えて分かる。
だがいつからだ、いつからフレンにあんな部下が出来た? いつからフレンが彼らを率いるようになった? 隊長に昇格したのだから、部下の数が増えるのは当然といえばそうだが……
フレンの部下と聞いて、浮かぶのはフレンに陶酔している栗色の髪の女性と、リタと張り合っているアスピオの小さな魔導士だ。そう、主にその二人だけ。
あの隊員たちはどこから来た?
「…………!?」
自分の中に浮かんだ疑念。
それに直面した途端、何か大きなことを見落としている気がして、アルノルドは知らず知らず手を握りしめた。
何かはわからない、だが何かが警告を鳴らしている気がしてならない。このまま知らぬフリをして進めば何か大変なことになるのではないかと危惧してしまうほどに。
だがそれが何かもわからぬせいで手の討ちようがない、正体のわからぬ不安は初めてだった。
アルノルドは暗闇の中、その恐怖に堪えることしか出来なかった。
「……そういえばアル、なんだか様子がおかしくなかったです?」
同刻。街の端にある湖の水際で、そんなことを言い出したのはエステリーゼだった。
彼女は今しがたユーリから、キュモールの最期を聞いたばかりだ。
ユーリの罪を知っても、彼女はユーリを仲間として受け入れていた。ユーリもまた、そんなエステリーゼが差し出した手を握り返す。そして今の質問だ。
「おかしかったって?」
「上手く説明出来ないんですけど……、上の空っていうか、何か考え込んでるみたいでした」
「そんなの、いつものことじゃねぇか? 騎士隊長にも色々あるんだろうよ」
例えばエステリーゼのことについても彼は日々頭を悩ませていることだろう。だからといってエステリーゼを引き渡すようなことはしないが。
「それに、アルが私から目を離すなんてこと、今までありませんでしたし」
「ん? ……そういえば、今は近くに居ねぇな」
騒ぐ民は居ても、その中にアルノルドの姿は無い。
ノードポリカでのことや、幽霊船の時のあれは、本人の意識が無かったり、傍を離れるのを黙認していただけだ。例え仲間であれ、アルノルドはエステリーゼを誰かに預けておくような事はしない。
「出かけてくるって言ったのか?」
「いえ、ちょっと様子を見に来るだけのつもりでしたし、街から出るわけでもないから大丈夫だと思って……」
ならエステリーゼは黙って彼の前から消えたことになる。
エステリーゼが来てからもう数十分にはなるし、少し目を離していたのだとしても、そろそろ気付いて走ってくる頃なのだが。
「そりゃ、確かにおかしいな」
「何かあったんでしょうか……」
「案外、また先に寝ちまってるだけかもな。心配なら戻るか?」
「そう……ですね、ちょっと見てきます。ユーリは?」
ユーリももう自分の用事は終わったと、エステリーゼと一緒に舞い踊る民の群を抜け宿を目指した。
(しっかし、フレンにしろあいつにしろ、近頃の騎士団はどーなってんだか……)
その心中で渦巻く小さな不安を、エステリーゼに告げることはなく。
「ユーリ、なんか変だったよね」
更に同刻。外で騒いでいたカロルとリタ、それを微笑ましく見守っていたジュディスが、流石に体力の限界を見て宿に引き上げる。
「変って、どんな風にかしら?」
「うーん、なんか、隠してるっていうか……」
「何よ、ハッキリしないわね」
あいつが変なのはいつものことでしょと、リタは人々の間を縫って進む。
小さなカロルが人の波に押し流される度に、最後尾に居たジュディスがその背を押した。
「気になるなら本人に聞けば?」
「そうなんだけど……、なんか聞いちゃいけない気がするんだ」
「難しいわね」
宿に到着し、半開きになったままの戸を開け放つ。
薄暗いカウンターに店主は居らず、代わりにアルノルドとレイヴンが居た。
「あれ? アルずっとここに居たの?」
「って、おっさん寝てるし……」
アルノルドは数秒してから、ゆっくりと顔を上げた。
数度瞬きして、それからやっと、
「……ああ、カロル君達か」
とだけ発した。
その鈍い反応にカロルが首を横に倒す。
「疲れてる? 今日ずっとしんどそうだったもんね」
「いや、大丈夫だけど?」
「その割には顔色が優れないわね」
「そういえばあんた、エステルは?」
「え? エステリーゼ様ならそこに居……」
居るじゃないか。そう言って指差した先にエステリーゼの姿はなかった。
するとさっきとはうってかわって、アルノルドはスイッチが入ったように俊敏な動作で立ち上がり、宿を飛び出していった。
「……何あいつ、まさか気付いてなかったの? ドア開けっ放しといて?」
「相当疲れてるのね」
街の喜びの声に混じってエステリーゼの名を呼ぶ声が聞こえ、カロルは苦笑した。
ユーリもおかしいけど、アルもなんだかおかしい。
きっと皆今日は疲れてたんだねと、少年は半ば無理矢理納得した。