07.取捨選択の定義
<<ならぬ!それ以上はそなたが……>>それはベリウスの声だった。
言葉につられて目を開けると、横から明らかに自分を狙って振り払われる手が見えた。
避けることも出来ずに直撃し、アルノルドは遥か先の壁に吹き飛ばされる。
あまりの衝撃に一瞬意識が飛びかけ、それをなんとか歯を食いしばって堪えた。
「ッ……!」
「アル! すぐに治癒を……!」
「やめとけエステル! そいつは効かねーんだろ」
手を翳したエステリーゼに、ユーリが剣を鞘から出しつつ言う。
エステリーゼは言われて思い出した様で、何もせず手を下ろした。
「そ、そうでした。ええと、じゃあせめてグミを……」
「……大丈夫、必要、ありません……、それより……」
ベリウスを見ると、さっきと何ら変わった様子はなく、光も暴れ方も収まってはいなかった。
自分の力は何の効果もなかったのかとアルノルドが落胆する。
「駄目、か……」
「もうやるしかなさそうなのじゃ!」
「ベリウス……」
「来るぜ!」
意を決してベリウスに武器を向けて、皆が攻撃を開始する。
アルノルドも加勢しようと立ち上がりかけたが、痛みの走る節々は言うことを聞いてくれなかった。
骨の何本かが駄目になったかもしれない、先走って何の役にも立てていないとは情けない。
結局力でしか騒ぎを収めることが出来ず、なんとか戦いを制したユーリ達の表情には喜びなど微塵にも無かった。
落ち着きを取り戻し青い光を湛えているベリウスを前に、エステリーゼが涙を流す。
「こんな結果になるなんて……」
「ごめんなさい……わたし……わたし……」
「気に……病むでない……。そなたは……わらわを救おうとしてくれたのであろう……」
「でも、ごめんなさい。わたし……」
「力は己を傲慢にする……だが、そなたは違うようじゃな。他者を慈しむ優しき心を……大切にするのじゃ……。フェローに会うがよい……、己の運命を確かめたいのであれば……」
ベリウスは謝り続けるエステリーゼに微笑みかけ、次いでアルノルドを見た。
「……狭間の者よ、そなたの力は身を滅ぼす。先のような無理を続ければ……遠からず手遅れになるぞ……。その身の穢れ……引き受けてやれればよいのじゃが……、わらわももう限界のようじゃ……」
「……身の、穢れ……?」
何の話なのかさっぱり分からないまま、ただ心配そうに見つめてくるベリウスの視線を受け止める。
前にも同じような事を誰かに言われたような気がしたが、それを思い出す余力はなかった。
「ナッツ、世話になったのう。この者たちを恨むでないぞ……」
「ベリウス様!」
「ま、待ってください! だめ、お願いです! 行かないで!!」
エステリーゼの悲痛な叫びも虚しく、ベリウスの体は薄れていき、眩い光が視界を蔽った。
次に目を開けたときにはもうそこに戦士の殿堂の統領の姿はなく、代わりに青く輝く石が浮かんでいた。
「これは……幽霊船の箱に入ってたのと同じ……?」
「聖核だ……」
「どういう……ことなのじゃ……?」
<<わらわの魂、蒼穹の水玉を我が友、ドン・ホワイトホースに>>
石から聞こえた声に、事態を理解したエステリーゼは崩れ落ちる。
支えようとアルノルドが伸ばした手は届くには足りない。
「ハリーが言ってたのはこういうわけか」
「人間……その石を渡せ」
「こいつがてめえらの狙いか。素直に渡すと思うか?」
「では素直に……させるまでのこと」
「そこまでだ! 全員武器を置け!」
再び戦闘に入ろうとしている二人を割くように、ソディアの声が響いた。
続けて騎士団員がぞろぞろと闘技場を取り囲んでいく。
「フレン隊、か……!?」
「ちっ、来ちまいやがった」
「貴様……。……闘技場に居る者をすべて捕らえろ!」
「さっさと逃げないと、俺らも捕まっちゃうよ?」
「あたしら、捕まるようなこと何もしてないわよ!」
「きっと何か捕まえる理由こじつけられちゃうに決まってるよ!」
「そうね、逃げたほうがよさそう」
逃げるったって。立つことも這って動くことも出来ないアルノルドはお手上げ状態だった。
いくら何でも自分をとっつかまえるなんて真似はしないと信じたいところだが、ここ最近の行いを考えると絶対安全とは言いがたい。
それに自分がどうであれ、エステリーゼと離れるわけにはいかない。だがエステリーゼはここで大人しく騎士団に捕まってくれはしないだろう。
どうすれば。
パティが目くらましのために煙球を投げ皆が移動を始めても何も出来ずに座り込んでいるアルノルドに、手が差し伸べられた。
「……レイヴンさん」
「体どんなもん? 全く動けない?」
「……すみません。骨が、ちょっと……」
だらけて青じんでいる体を見て、レイヴンが深刻な顔で黙り込む。
少し考えてから、懐から何かを取り出した。
「あんまり効果ないかもしんないけど、これ食べて。……痛いだろうけど我慢な」
そう言ってレイヴンはグミを数個口に放り、足の関節と脇下に腕を入れられてそのまま持ち上げる。
アルノルドは激痛に思わず相手を跳ね除けそうになる腕を抑え付けた。
「〜〜〜〜ッ!!」
「少しの辛抱だ、服掴んどけ」
なるべく衝撃が少なくて済むようにという配慮なのか、競歩のような形で出口へと走る。
それでも動くたびに患部は痛んで、声にならない悲鳴が上がった。
「ハリー! お前も来い! 話は移動しながら聞いてやる」
「レイヴン、俺は……俺は……」
「分かってる、いいから来い。こっちは重症患者連れてんだ、早いとこ安静にしてやらんと」
ユーリ達の行ったルートとは別の道から船へと向かう。
その間レイヴンとハリーは喋り通しだったが、アルノルドは痛みのせいでその会話の内容まで記憶できるほどの余裕もなく、最終的には痛みに負けて意識を手放した。