07.取捨選択の定義
「レイヴン! どこ行ってたのさ!」全員がフィエルティア号になんとか逃げ込み、動き出したところでカロルが姿の見えなくなっていたレイヴンを見つける。
「っていうか、アルそれ、だ、大丈夫なの!?」
レイヴンの両腕に抱かれている青年は顔面蒼白でぐったりと倒れ、体中に痛々しい痣が浮かび上がっていた。
「生きちゃーいるんだけどね、ちょいとヤバめよ」
「船室があんだろ、一先ずそこで寝かせてといてやれ」
「そうさせてもらうわ。あと、こいつも一緒に乗せてやってくれ」
レイヴンの後ろに隠れていたハリーを見て、皆がハッとする。
ともあれ今は街から離れなければと、パティが船の舵を握った。
「全速前進で行くのじゃ!」
「これは……」
「ジュディ?」
「何この出力! この駆動魔導機のせい?」
船はありえないスピードで発進し、港を包囲していた騎士団の船の間を難なく切り抜ける。
子供二人はその威力におおはしゃぎしているが、リタは険しい顔でまじまじと魔導機を見る。
「何よ、この術式……初めて見るものだわ」
「なに……?」
エステリーゼの手に抱えられていた蒼穹の水玉も、その魔導機に共鳴するように赤く光り始めた。
それを見たジュディスが槍を構えて二人に歩み寄る。
そして、
「なにするんです!」
「な――、やめてぇっ!!」
爆発音。
ジュディスは無言のまま魔導機に刺さった槍を引き抜いた。
リタは信じられない顔でジュディスを見る。
「……どうして?」
「……私の道だから」
空から咆哮が聞こえ、皆が見上げると、久しく見ていなかった青い竜が居た。
竜はゆるやかに旋回して船に近づき、甲板の端に移動したジュディスがそれに飛び移る。
「あいつ、バカドラ!」
「ジュディ! 待て!」
「……さようなら」
ユーリの言葉も聞かずに、一気に上昇してそのまま船から離れる。
ジュディスは小さくなっていく仲間達を悲しげに見つめながら、相棒である龍の頭を撫でた。
「……ねぇバウル、あの子は貴方たちの仲間ではないの?」
唯一今自分が離れていっていることを知らないアルノルドを見つめながらジュディスが問うと、考える間をおいて龍は一鳴きした。
「そう……ならいいの。それだけが気がかりだったから」
フェローの言葉、ベリウスの言葉、そして彼自身の力。それらから予想されていた存在なのであれば、手を差し伸べるつもりでもあったのだが。
ジュディスは怒っているか、はたまた呆れているか、そんな少女たちの顔を思い浮かべながら、夜の空へと消えていった。
魔導機が壊されてしまったことで可動することの出来なくなってしまった船の上で、一行はなす術もなくただ漂流していた。
リタは何とか動かせないかと古い方の駆動魔導機の修理に励み、パティは船が妙な方向に流されてしまわないようにと舵を取り続けている。
「レイヴン、氷持ってきました。これで大丈夫です?」
「悪いね嬢ちゃん。しっかし、よく氷なんてあったなあ」
「リタが手伝ってくれたんです。海水を汲んで、術で凍らせて貰いました」
「なるほど」
レイヴンは布で包まれた袋入りのそれを受け取って、ベッドに寝かせているアルノルドの患部に当てる。
これで悪化や痛みはほんの僅かに抑えられはするものの、それぐらいでは状態がよくなる訳もなく。アルノルドはしきりに苦しそうに呻いていた。
「……すみません、私の治癒術で治すことができれば……アルもこんな風には……」
「嬢ちゃんのせいじゃないって。こればっかりはどうしよーもないでしょ」
「私、アルに助けてもらってばかりで……私からは何もしてあげられてない。元々私について来たのだって、私がフレンに会いたいと我侭を言ったからなんです。フレンの部屋までっていう約束だったのに……こんなところまで……」
「それがアルちゃんの仕事だからねぇ」
「でも、それでも、仕事だからってこんなに辛い目に遭う必要なんて、きっとありません……私が……」
今にも泣き出しそうなエステリーゼに、レイヴンは今このお姫様の姿を見たら彼はなんと言うだろうかと考えた。
「……んなら、城に戻る?」
「……そ、れは……」
「アルちゃんを楽にしてあげたいってんなら簡単なのよ、嬢ちゃんが城に戻るって、一言そう言ってあげればいい。そしたらアルちゃんはこの仕事から解放されて、こんな危険な旅を続けることも、夜寝ないで番をすることもしないで済む。嬢ちゃんもそれは分かってるんじゃないの?」
「…………」
返す言葉もなく俯く相手に、今眠っている彼はこんな会話や葛藤を何度してきたのだろうと思う。そしてその度に、何度我慢してきたのだろう。
「それも全部分かってて、旅を続けることを選んだんじゃないの? なら、これぐらいでいちいちめげてちゃ駄目でしょ。嬢ちゃんがそうやって揺らいでる分だけ、アルちゃんは振り回されてるんよ」
「……でも、私、どうすれば……。旅は続けたいです。でも、それでこれから先もっと、アルが私のせいで傷つくのは……怖いです。私がアルを護ることができればいいのに……私には、その力もありません」
「……俺が思うにね、アルちゃんはそんなこと、嬢ちゃんに望んでないよ」
「……アルが望むことって、何なんです? 私がお城に帰ることです?」
「そーね。嬢ちゃんが自分で納得して、無傷で、早いとこお城に帰ってくれることじゃないかね」
無理やり連れ帰すことくらい、彼の力を考えればいつだって出来るはずだ。
でもそれをしないのは、彼がそれをしたくないから。無意識にでも、彼女が悲しむことを避けようとしているから。
「優しいのよ、このおにーちゃんは」
「……知ってます、ずっと前から。……有難う御座います、レイヴン」
「お礼を言われるようなこと、おっさんはなーんにもしてないよ」
「ふふ、そうです? ……アルのこと、宜しくお願いしますね」
アルノルドの手を優しく握り締めて、祈るように額に当てる。
それからエステリーゼは一礼すると、船室から出て行った。
彼女の考えが変わったかどうかは分からないが、それはまたアルノルドが元気になってからの話だ。
「ん…………」
「お、起きた?」
落ちそうになる氷袋を支えていたレイヴンの手を、アルノルドが力なく握る。
「……熱、い……」
「熱い? ……氷足りなかったかね」
もうちょっとだけ増やしておくかと席を離れようとすると、手を握る力が強くなった。
行かないで、と言いたげなその行動に、レイヴンは中腰の状態で固まる。
「どしたの。すぐ戻ってくるから、ちょっと待ってて」
「……い、やだ……」
「やだって……」
離れそうにない手に一度席に戻って、寝かしつけるように髪を撫でる。
こうしていると歳よりもずっと幼く見えた。
「……痛……い、熱……」
「うん、わかってるよ」
「……熱……い……、嫌……」
「……おいおい、どーしたの」
いつかの時と同じように、閉じた両目から熱い水滴が零れる。
いくら重症と言っても大人が、しかも騎士隊長が泣いてしまうほどのものでもない筈なのだが、何をこんなに苦しんでいるのか。
アルノルドはうわ言のように「熱い」「痛い」「嫌だ」を繰り返す。
「熱いのが苦手なんです」
そういえば前に、そんなことを言っていた気がする。
何かトラウマでもあるのだろうか。とりあえず熱を冷ましてやりたいが、氷を取りに行こうにもアルノルドの手の拘束は外れない。
とりあえず痛みを和らげればいいのだろうが、治癒術も効かない、グミも数少ないとなると打つ手も無い。
何かないかと視線を彷徨わせ、ふとベッドの脇にあった台に目が留まった。
何本か小さなビンやケースが置いてあり、レイヴンはそのうちの1つを手に取ってみる。ラベルには小さく鎮痛剤と書かれていた。
いつから置かれていたものなのか、不安になってビンの底を見てみると、思っていたよりは月日も経っていないようだった。
カウフマンが気を利かせて用意しておいてくれたのだろうか。とりあえず二錠だけ取り出して、元の場所に戻す。
問題はこれをどうやって飲ませるかということだが……自力で飲むのは、まぁ言うまでも無く無理だろう。粉末ではないので水に溶かすこともできない。
他にやり方がないわけではない、が。
渋っている間も泣きながら頭を小さく左右に揺するアルノルドに、レイヴンは覚悟を決めて薬を自分の口に放り込んだ。
続けて水を含んで、ゆっくりとアルノルドの上体を抱き起こす。
そして痛みに顔を歪めながら呻く相手を黙らせるように、レイヴンは唇を重ね合わせた。