07.取捨選択の定義

――痛い、熱い、ここはどこだ?

意識が戻って、体中を支配していたのは激しい痛みと、それに伴う熱だった。
焼かれているような感覚に視界が滲む、単純に痛いからなどではない。

その熱に誘われるように、記憶の中の映像が蘇る。
火、悲鳴、血。視界を蔽うのはそれらと、無数の死体のみ。

記憶の中の自分は若く、そして一人だった。
いつも傍に居てくれたはずの両親が居ない。見慣れた街の人も居ない。

宙に舞うこの灰は、元は何だったのだろう。
掴もうと手を伸ばせば、触れた瞬間に散る。

やめてくれ、1人にしないでくれ。
声が出ない。代わりに、瞳から雫が落ちる。

ああ、この水が、この炎を消してくれたらいいのに。


熱い、痛い、嫌だ、嫌だ嫌だいやだ、


「熱――――」


口から零れた声が、何かに遮られて止まる。


一瞬だけ呼吸が出来なくなり、何かが口の中に入ってくる感覚がした。
小さな何かが流されるように喉を通っていき、遠い昔に引っ張られていた意識が現実へと戻される。

滲む視界に前がはっきりと見えない、口を塞いでいた何かがゆっくりと離れた。
黒い髪が眼前で揺れる。懐かしい匂いがした。

「……シュヴァー、ン、隊……長……?」

「……今はレイヴン、でしょ」

左手が伸びてきて、梳くように髪を撫でられる。

何をされているのか分からなかった。けれど傍に人が居てくれることが嬉しくて。
ずっとこうして、誰かが一緒に居てくれればいいのにと思った。

「落ち着いた? 俺ちょっとハリーと話してくるから、ここで寝てて。まだ動いちゃダメよ」

「…………」

「ちゃんと戻ってくるから、そんな情けない顔しなさんな」

緩んだ手からするりと離れ、レイヴンは部屋から出て行く。
不安に落ち着かない心臓は時間が経つにつれその速度を落としていった。

徐々に痛みは引き、熱も冷めていく。そして意識も、

「……………………」

平常心を取り戻した思考が、さっきまでの光景を巻き戻して再生した。
口を塞いだ何か、喉を通った何か、傍には見慣れた男の顔。

しばらく考えて、自分が何をされたのか理解したアルノルドは起き上がり、掌で口を覆った。

「よう、具合どうだ? って何だ起きてんじゃねーか」

扉を開けて入ってきたユーリに、何か言葉を返そうにも震えて声が出ない。患部と同じぐらい顔が熱い。

「おっさんが出てきたから、もういいのかと思ってな。とりあえず今の状況だけでも聞いとくか?」

親切に説明を始めてくれたユーリには申し訳なかったが、その時のアルノルドは話など右から左だった。

ただ頭の中では、次にどんな顔をしてレイヴンに会えばいいんだと、そればかりが巡っていた。






翌日。リタの働きで息を吹き返した魔導機が規則正しい軌道音を鳴らし、その振動でアルノルドは目を覚ます。

結局ろくに眠れはしなかったが、痛みはマシになっていた。
昨日飲まされた薬のおかげだろうと思って、芋蔓式に思い出した出来事に顔の熱が急激に上がる。

起動音に負けず劣らずな心音をなんとか静まらせて、ベッドの縁に手をかけて立ち上がった。
部屋には一人しかおらず、外へ出ると皆の視線が集まる。

「アル! 起きて大丈夫なんです!?」

「まともに歩けるほどでもないですが……、いつまでも横になっている訳にはいきませんので」

「で、でも、ちゃんと治ってないんでしょ? 無理しちゃだめだよ!」

エステリーゼとカロルに引っ張られ、アルノルドは甲板にあった木箱に座らされた。
女子供に看病されるとは、親衛隊長が聞いて呆れる。

「さてと、んじゃあ全員揃ったところで、これからどーすっかって話だけど」

「とりあえず、ダングレストにハリーを連れて行きたいんだけど」

一息ついたところで、左側から聞こえてきた声にアルノルドはギクりとした。
目で確認せずともそれが誰か分かって、逃げるように視線を右に持っていく。

「オレらもダングレストだ」

「ベリウスの聖核を渡すため、だね」

「だったら、おっさんが持っていったげるよ。ほれ」

「レイヴンには頼めないよ」

「おや、悲しいねぇ。一緒に旅してきたってのに、俺って全然信用されてない?」

「正式な依頼じゃないけど、ベリウスの最期の願いだから……。これを果たさないのは、義にもとるでしょ」

「ああ。それにベリウスがああなったのは、俺たちの責任でもあるんだ。俺たちがケツもたなきゃな。それに、ドンならなぜ聖核が色んなヤツらから狙われてるのか知ってるかもしれねぇ。聖核の事がもっとわかれば、フレンの気にいらねぇ動きの理由も少しはわかるかもしれねぇ」

サクサクと話は進み、結局全員がダングレストに向かうことになった。
話の最期にジュディスのことが上がって、そういえば彼女はどこに行ったのかとアルノルドが聞くと、ユーリに呆れられた。

「おいおい、昨日話しただろ? 聞いてなかったのかよ」

「ああ、ごめん。あの時はちょっと……その、まだ寝ぼけてて」

「えっと、ジュディスは……」

何となく重たい沈黙が流れて、ただ単に別行動をという訳ではないのだと察する。
口ごもる面々の中で、リタが苛々とした口調で言った。

「……あいつはね、バカドラだったのよ。あんたも知ってるでしょ、魔導機壊して回ってた、あの竜使いよ。ずっと一緒に旅してたのに、そんな話一っ言も……!」

「リタ、落ち着け。……まぁそういう事だ」

「ねえ、ドンに聖核届けたら、ジュディスに会いにいかない?」

「ああ、そうだな。掟を破った人間を見過ごすわけにもいかねえし。でも、まずはダングレストだ」

「トルビキア大陸の南岸に、船がつけられる砂浜があるよ。そこから上陸した方がダングレストに近いかな」

「それじゃそこを目指すか」

話が纏まると皆は散り散りになり、当然のようにリタは魔導機へ、パティは舵の前へと移動する。
現在ただの怪我人である自分に手伝えることは無さそうなので、アルノルドは邪魔にならぬようにその場から海を眺めていた。

「ちょっとは楽になったみたいね、良かった良かった」

不意に声をかけられて、なるべく考えないようにしていたことが浮き上がり顔の熱が再発する。
視界に入った紫の羽織に、アルノルドは慌てて目線をそらした。

「ダングレストについたら、アルちゃんはまず医者にいかんとな」

「…………」

「あ、心配しなくても、お代なら出したげるから」

そうじゃない、そんなことはどうでもいい。
どうして普通に話せるんだと責めるような言葉を思い浮かべたが、どれもこれも声にならない。

黙りこくったまま海面を見つめていると、レイヴンが隣に腰を下ろした。

「……昨日のこと?」

「っ!!」

「薬飲ませただけでしょ、んな恥ずかしがらなくても」

「……ほ、他に、やり方はなかったんですか……!」

「んー? だって錠剤だったし、アルちゃんはぐったりしてたし、辛そうだったし。……可愛かったし?」

「か……っ」

「おいこら年長者ども、何また揉めてんだ?」

「もめてないもめてない、仲良しでーす」

ぐい、とこちらの肩を引き寄せ、Vサインを送るレイヴンに、ユーリは興味なさげに「そうかい」と返し立ち去る。

抱かれた肩の痛みだとか、相手が誰であるだとか、それすらも気にならないぐらいに、羞恥やら怒りやらが上回る。

「いい加減にしてください……!」

ひっつく体を強く押し返して、アルノルドは痛む体を無理やり動かしながら甲板を移動する。

昨日助けて貰ったことも、看病して貰った事も、感謝すべき事だとは理解している。礼を言うべきだとも。

それでも、こちらにもプライドというものがある。
何より、シュヴァーンに対して自分がずっと抱いてきた様々な感情が軽んじられたような気がして、アルノルドはどうしても今の扱いを笑って流す気にはなれなかった。

その心を知らないレイヴンは、よろめきながら遠ざかっていくアルノルドに、あまり反省の色のない声で「流石にやりすぎたかねぇ」と苦笑した。
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