07.取捨選択の定義
夕日に照らされる街、ダングレスト。相変わらず賑やかなその街の一角に、異色とも言える一団がやって来る。
「俺はこいつ連れて、ドンのところに顔出してくるわ。長くなりそうだから宿屋で待っててよ、終わったら行くからさ」
「待って! ボクも……行っていい?」
「うん? こりゃユニオンの問題だ、来ても話にゃ混ざれないと思うぜ?」
「あの……その話とは別に聞きたい事があって……」
「あとで聖核渡すとき、皆で聞きゃいいじゃないの」
「皆とは……聞けない……」
俯き黙ってしまうカロルに、ユーリが事情を察して助け舟を出す。
「長い話じゃないんなら行くだけ行ってこいよ」
「ま、ダメもとで良いんなら」
「ありがとう! 行ってくるよ!」
アルノルドは橋に腰掛けてぼんやりとそれらを眺めていたが、レイヴンに腕を回され強制的に立たされる。
「なにぼーっとしてんの、ほれ行くわよ」
「一人で行けます、構わないで下さい」
「だーめだめ、こんな人通りの多い場所で、んなフラフラした人間が歩いてちゃ交通の邪魔よ」
「それにエステリーゼ様が……」
「でしたら、私も一緒に行きます。それならいいですよね?」
レイヴンが支えるのとは逆の位置に立ち、自分の肩に乗せるように体を支えようとするエステリーゼに慌てて腕を上げる。
「いけません、エステリーゼ様にそんなご迷惑をお掛けする訳には……」
「迷惑なんかじゃありません! 私がこうしたいんです、やらせてください」
相変わらずの頑固ぶりを発揮し、小さな歩幅でずんずんと歩き出すエステリーゼに、他の騎士団にバレませんようにと願いながらアルノルドは渋々従う。
連れて来られたのは街の隅にある小さな家だった。
「失礼、悪いんだけど急患だ。ちょっと見てやってくれるか」
「おやまぁ、レイヴンじゃないか。どうしたんだい?」
「こっちのあんちゃんがね、骨をやっちゃったみたいで歩けないんだわ。治癒術が効かないってんで困っててね」
「へぇ、そりゃまた厄介な患者さんだねぇ」
中に居たのは医者、なのだろう老婆だった。
家の中にはベッドや戸棚や器具が所狭しと並んではいるものの、大掛かりな機械は無い。
果たしてこんなところで本当に大丈夫なのかと不安に思いつつも、アルノルドは誘導されたベッドに座る。
「具合はどんなもんだい?」
「ええと……痛みは今はそれほど」
「鎮痛剤飲ませたから、ちょいと感覚が鈍ってるかも。んじゃ俺はドンに会いに行ってくるから、婆さん、あと宜しくね。お代は後でちゃんと払うから」
「はいはい」
ハリーを連れて部屋から出て行くレイヴンに、強張っていたアルノルドの体がほんの少しほぐれた。
医師は患部を触って反応を見て、そのままベッドに寝転ぶように言う。
「時に兄さん、この街の人間には見えないけど……レイヴンとはどういう関係だい?」
数多く並ぶ機材の中から何かを探し出しながら、そんなことを切り出されて返答に困る。
「……知り合い、です。ただの」
「そうかい。あのレイヴンがわざわざ連れてきたもんだから、親戚かとも思ったんだけどねぇ。兄さん、帝都の人間だろう」
「……どうして」
「そっちのお嬢さんもあんたも、動きや口調が随分丁寧だ。ここいらの荒くれ共にはそんな真似は出来ないよ」
背にはもたれずに姿勢を正し、足を揃えて座るエステリーゼは確かに気品に溢れていた。
この空間ではその上品さがかえって浮いている。
「さてと、それじゃ始めようかね。ああ、そんなに緊張しなくても大丈夫さ。お嬢さん、ちょっと時間がかかるから、あんたは出ておいで」
「え? ええと、でも……」
「こいつの裸が見たいってんなら話は別だけどねぇ」
エステリーゼは固まって、「ししし、失礼します!」と叫び、真っ赤になって部屋から飛び出していった。
早送りのように行われたその動作に、アルノルドは「待ってください」という言葉の始めの一言しか言えずに終わる。
「エステリーゼ様……」
「おや、もしかしてあのお嬢さんはどこかのご要人か何かかい? なに、数十分もすりゃ帰してやるよ。ほら服脱いで」
最近ずっと袖を通していない騎士団服に比べて作りの簡単な服を脱がされ、半裸状態にさせられたアルノルドはお姫様を追いかけるのを諦めた。
剥き出しになった手足に、何かの機材が当てられる。
「これは?」
「見たことないかい? 医療用の魔導機だよ。超音波治療ってやつさ、当ててりゃ治る」
機材の冷たさはあったが、痛みや違和感は何も感じない。
本当にこれで治るのだろうかと思いつつも、アルノルドは黙ってされるがままになった。
「ご要人と一緒ってことは、あんた騎士だね」
「……だったら何です?」
「ああ、別にどうにかするつもりはないよ。ここの連中はあまり騎士に良い印象は持っていないけどねぇ。こんな街に何の用なんだい?」
「私の用事ではありませんが、ドン・ホワイトホースに届け物が」
「ははぁ、それでレイヴンと一緒だったのかい」
「……レイヴンさんのことを随分よく知っていらっしゃるんですね?」
「あれがもうちょっと若いころは、ここの常連みたいなもんだったからねぇ」
レイヴンの若い頃、つまりシュヴァーンの若い頃。
なんとなく気になって、アルノルドは老婆の話に耳を傾ける。
「やれ仕事だやれ喧嘩だって、どこかに出かける度に傷だらけで帰ってきてねぇ。でも最近はそれもなくなって、顔も見たのも久しぶりだったけど、なんとかやってるみたいで安心したよ」
「喧嘩……ですか」
「おや、意外そうな顔だね? あんたの前ではもっとしゃきっとしてるのかい? わたしゃそっちの方が見てみたいねぇ」
ケラケラと笑う相手に、アルノルドは喧嘩に明け暮れるレイヴンを想像しようとして――上手くいかなかった。
自分が知るあの人は、ふざけてはいても何かとぶつかるようなことはなかったし、シュヴァーンとしての彼ならそれこそ、冗談でも誰かと喧嘩などしそうにない。
自分の知らない彼の一面がある。
シュヴァーンとしての彼、レイヴンとしての彼、合わせるとそれなりに長い間一緒に居るのに。それでもまだ、他の顔があると言うのか。
「……分かりません。あの人のことは、よく」
「そうかい? あんたが思ってるよりは、簡単な男だと思うけどね」
機材を台の上に置いて、服の一式をひざの上に乗せられる。
老婆は紙とペンを取り出して、何かをさらさらと書き出した。
「……そうは思えませんが」
「まあいいさ。ほれ、請求書だ。レイヴンに渡しといてくれ。見た目ほど酷いもんじゃなかったから、あと数回来てくれりゃ治るよ」
「通院ですか? それはちょっと……」
「無理ってかい? 仕方ないねぇ。ならこれを貸しておいてやるよ、ただし、壊したら承知しないからね」
そういって箱に入れた機材を手渡され、扱い方の説明書と貸し出し料金を上乗せされた請求書を渡される。
一体いくらになるんだと紙を開いて、アルノルドは記された額に身を凍らせる。
「……この支払いはいつでも構わないんですか?」
「そんな訳ないだろう、ちゃーんと街を出てく前に払ってもらうよ。なに、支払いはレイヴンがしてくれるんだろう?」
そうは言っても、この額は、支払ってもらうには高額すぎる。
かといって自分の持ち合わせでは足りないし、預金を下ろすにも帝都に一度戻らなければならない。
どうしようかなぁと悩んでいると、部屋の戸が忙しなく叩かれた。