07.取捨選択の定義

「アル! 大変だよ! ……あ、治療中?」

「いや、もう終わったよ。どうした?」

「戦士の殿堂の人たちが、ヘリオードの辺りまで来てるらしいんだ! それでユニオンの皆が、街を護るって橋で待ち構えてて……このままじゃ戦争になっちゃうよ!」

「な……っ!? ドン・ホワイトホースが居るだろ、それでも収まってないのか?」

「それがレイヴンの話聞いて出ていっちゃったらしくて、海凶の爪の根城に行っちゃったかもしれないって……! ユーリ達もそれ追っかけて行っちゃって……」

「ユーリ君達もって、まさかエステリーゼ様もか!?」

アルノルドは慌てて立ち上がって、足に痛みが走ると同時に膝をつく。

「こら! まだ完治してないって言ってるじゃないかい! そんな体で何しようってんだい!?」

「エステリーゼ様を放っておく訳には……!」

「あっそうだ! エステルがね、これアルにって」

カロルが大きなカバンから折りたたまれた紙を取り出して掌に載せる。
宿屋の印がプリントされたそれを開けると、中には綺麗な筆跡で短い文章が綴られていた。

−−−−−−−−−−−−

アルへ

カロルからお話は伺っていると思いますが、私はユーリ達と一緒に、ドン・ホワイトホースを追って背徳の館という場所に行って来ます。
勝手に出て行ってしまってすみません、アルに迷惑をかけてしまうことも分かっています。
きっとアルは私が行ったと聞いたら、追いかけて来ようとするのでしょう。

でも、アルはここで待っていてください。絶対にです。
代わりに、私は誓います。
危険だと思ったら、無理はせずに退きます。
必ず無事に、貴方の元に帰ります。

ですからアルも、私が帰るまで、私を信じて待っていてください。
もし帰ったときに貴方の怪我が増えていたり、ダングレストを出ていたりしたら、私は今後一切、貴方の言うことをききません。

エステリーゼより

−−−−−−−−−−−−

「…………」

「それ、なんて書いてあるの?」

いつの間にこんな脅迫紛いの文章を書くようになったのか、というかあのお姫様が自分のいうことを素直に聞き入れてくれたことが今までにあっただろうか。

お姫様からの伝言を綺麗に折りたたんで、アルノルドは盛大にため息をついた。

「え、なになに?」

「……忠犬なら大人しくお家で待ってなさいってさ」

「忠犬?」

「冗談だよ。大丈夫だから待ってて下さいってことらしい。――治療有難うございました、これ、有難くお借りします」

「行くの?」

「行かないよ、行けないし」

しばらくは思い通りに動いてくれそうにもない四肢を引きずって出ようとすると、医師から松葉杖を渡された。

「そんなフラついた足取りじゃ、どこにも行けやしないだろう。無茶だけはするんじゃないよ、もし1ヶ月経ってもその機材が返ってこなかったら、追加料金払わせるからね」

「有難う御座います、お世話になりました」

機材の入った箱は邪魔なのでカロルに頼んで鞄に入れておいてもらい、アルノルドは松葉杖をついて部屋から出る。

街の中ではユニオンの者だろう人々があちこち走り回り、橋の方角からは男達の雄叫びのようなものが聞こえる。

「やる気満々じゃないか……全く、ギルド同士の抗争は上が黙っちゃいないぞ……」

「とりあえず皆を落ち着かせないと……! 僕、話してくるよ!」

たったか走って群れの中に突っ込んでいく少年に、とりあえず自分も近くまで寄ってみる。
男達の何人かは兵装魔導機を持っており、それはどう見ても戦士の殿堂に対抗するために使われると思われた。

「おいあんたら、首領が居ないのに勝手に開戦する気か?」

「なんだ兄ちゃん、余所者は黙ってな。俺らはドンの代わりにダングレストを護らなきゃならねぇんだ」

「悪気がなかったとはいえ、元はといえばユニオンの非だろ。あっちが怒ってやってきたからってこっちまで武器構えてどうする」

「じゃあ他にどうするってんだ? 奴らが暴走したら誰が止めるってんだ!」

「丸腰で黙ってやられろってのか? 冗談じゃねぇ!」

「そうは言ってない、そんな物騒なもん向けられたら、あっちだって警戒して攻撃してくる。最初から敵意剥き出しじゃ、話し合いも出来ないだろ」

「統領が殺されたんだ、話し合いなんかで済むわけねぇだろ!」

それもまぁ、そうなのだが。
だからと言って戦いになれば、その護ろうとしている街の人間に被害が及ぶとは考えないのだろうか。

ああもう面倒臭い、そもそもこんなことは自分の仕事じゃない。
自分がやるべきはエステリーゼの護衛、そして無事に連れ戻すこと、ただそれだけだ。他のことにまで首を突っ込む必要はない。ないのに。

そうこうしているうちに、最前列に居た男が戦士の殿堂の到着を告げた。
ユニオンの人間は皆武器に手をかけ、前へと進み出ていく。人ごみの中から半分パニック状態のカロルが出てきた。

街を守る、何のためにだ。
ドンの為? 民の為?

――――ふざけるな。

「お前らいい加減にしろ!!!!」

ざわめき立っていた橋の一帯が、一瞬だけ静かになる。
駆け寄ってきたカロルは、声に驚き足を止めた。

「非があるのはユニオンだっつってんだろ! 戦士の殿堂が話つけにくんのは当たり前だろーが! それに対して詫びも入れずに力で抵抗なんざしてどーなるってんだ! こんな街中で兵装魔導器なんざ使ったらどうなるかくらい分かんだろ! 本気で街を守りたいならもっとちゃんと考えて行動しろ!!」

ああ、エステリーゼ様のおせっかい癖がうつったのだろうか。

腹の底から叫んだアルノルドは、荒い息を吐きながらそんなことを考えた。
静まり返っていた橋が、また序所に騒がしくなっていく。

「……何が詫びだ、詫びて済む問題じゃねーからこうしてんだろーが!」

「どこの誰だか知らねーけど、ユニオンの問題に部外者が口挟むんじゃねーよ!!」

「ドンが帝国の支配から守ってくれたこの街を、どんな理由だろうが他所に潰されるわけにはいかねぇ!!」

戦士の殿堂に向いていたユニオンの敵意が、一斉にこちらに向く。

だからおせっかいは良くないんですよと、ここには居ない少女に言いたかった。
なだめるつもりが余計に煽る結果になったようで、アルノルドは完全に興奮状態になってしまった男に跳ね除けられる。

いつもならそれぐらいどうということはないのだが、患部にモロに喰らってしまっては流石に平気ということはなかった。
後ろに倒れる体を支えようにも足に力は入らない。

早速言いつけを破ってしまうのかと、こちらに手を伸ばすカロルを視界に納めながらアルノルドは思ったが、背中は地面につく前に硬い何かに当たって静止した。

壁? こんなところに壁なんてあっただろうかと振り返ると、いつか見た目とかち合った。
周囲にいた全員がそれを見て固まる。

「ド、ドン!!」

「おいてめぇら、怪我人突き飛ばすたぁどういう了見だ?」

アルノルドは傾いた姿勢から直立に正され、背を二、三度叩かれる。
そこに悪意はないのだろうが、彼はもう少し自分の力の強さを把握して欲しい。危険を免れたと油断しきっていた四肢が悲鳴を上げた。

「こいつが言った事の何が間違ってる? 周り見てみろ、ガキがビビって泣いてるじゃねぇか」

あれだけ騒いでいた男達が、ドンの一言で口を閉ざす。誰一人として意見する者はいなかった。

「おい若ぇの。……ん? どっかで見た顔だな」

「……あまり良い出会い方ではなかった気がするので、思い出していただかなくて結構です」

「はっ、そうかい。何にせよ、うちのもんが迷惑かけちまったみてぇだな。その怪我であの啖呵たぁいい度胸じゃねぇか」

「すみません、関係のない人間がしゃしゃり出て」

「寧ろ礼を言いてぇところだ。後は俺がやらねぇとな、お前ぇはしっかり休んで早くその怪我でも治せ」

対面する二つの軍団の間に立って話し始めるドンに、疲れたアルノルドはその場に腰を下ろす。

皆の中心に立って指揮を執るその姿に自分はまだまだなのだと感じて、少し悔しいと同時にカロルと同様憧れの眼差しを向けた。
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