07.取捨選択の定義
「ご無事のご帰還何よりです、エステリーゼ様」ドンが戻ってきて暫く、ドンの捜索に出ていたユーリ達も揃って帰ってきた。
街の状態の説明はカロルに任せて、アルノルドは真っ先にエステリーゼの元へ行く。
「勝手に離れてすみませんでした、アル。体は大丈夫です?」
「問題ありません。エステリーゼ様こそ、お怪我等されていらっしゃいませんか?」
「ええ、約束しましたから」
満足気に微笑むエステリーゼに、もうこんな無茶はしないでくれと願う。
こんな風に自分の寿命は縮まっていくのだろう。
「ドンは間に合ったようね。けど、やっぱりか……」
「やっぱりって、どういうことです?」
「じいさん、最初から死ぬつもりだったのよ」
「なんでよ! ワケわかんないんだけど」
「ケジメ……かの?」
「ハリーが先走って、結果ベリウスが死んだ。ノードポリカの統領の命だ、偽情報掴まされて間違えましたで済まされるわきゃない。ベリウスの命に釣り合う代償が必要ってことだ」
「じゃあ背徳の館でドンが言っていた代償って……」
「じいさん自身の命か……。腹切る覚悟決めてたから、掟を破ることになってもイエガーを討ちに行ったってのか」
「そんな! そんなのって!」
今は広場に集合しているドン達の元にカロルは駆け出す。
ドンを崇拝していたカロルにとっては辛いことだろう、だがもう誰が何と言ったところで、それをどうにかすることは出来ない。
エステリーゼは納得できないと首を振った。
「きっと他に方法があるはずです!」
「だがこれ以上どっちも辛抱できない、一触即発ってやつ。このままだとユニオンと戦士の殿堂の全面戦争になっちまう」
「他の方法を探してる時間はもうないってことなのかの……」
パティの言葉にエステリーゼは視線を落とし、ユーリも広場へと去っていく。
パティやエステルも暗い顔で後に続いた。
「少年に聞いたわよ、アルちゃん頑張ってくれたんだって?」
「……余計なことをして混乱を招いただけです、それも含めてドン・ホワイトホースが纏めてくれました。あの方は凄いですね」
「そりゃあ、ギルドのてっぺんに座ってるような男だからねぇ。怪我はどうだって?」
「おかげさまで支障なく。あと、お代のことなんですが……」
エステリーゼの手紙と一緒にしまってあった請求書を手渡すと、レイヴンが苦い顔をした。
「ったくあの婆さん、昔ちょっと代金踏み倒したからって上乗せしてやがるな……」
「今すぐにとはいきませんが、帝都に戻ってから≠ィ返しします。それで構いませんか?」
「いいわよそんなの、払うって言ったでしょ」
「俺が納得できませんから」
アルノルドは請求書に書かれた金額を別の紙に書き写す。
これが自分の預金から差し引かれるのかと思うと胃が痛いが、レイヴンに、シュヴァーンに肩代わりさせることに比べればマシだ。
「……ところで貴方は、俺なんかに構ってないで行くべき場所があるのでは?」
「んー? そうねぇ……、んじゃ、行っときますか」
先に向かったユーリ達と同じように、二人は広場で円状に広がる群れの中に紛れる。
人々の視線の先には、中央で正座するドンの姿があった。
カロルはすぐ傍に居て、ドンに何かを話している。
さっき言っていた聞きたかったことだろうか、ドンも真っ直ぐにカロルに向いて言葉を返している。
そんなカロルとは対照的に、遠くの人影から眺めていたパティにも何かを伝える。
パティは驚いたように目を見開いて、小さく頷いた。
「ドン! 俺も一緒に……!」
「バカ野郎が!!」
傍に居たハリーが飛び出して、心中しようとするのをレイヴンが殴り倒して止める。
「じいさん、あばよ」
「レイヴン、イエガーの後始末頼んだぜ」
「ははっ、俺にゃ荷が重過ぎるって」
「おめぇにしか頼めねぇんだ」
「……ドン」
この言葉を、今彼は、どんな気持ちで聞いているのだろうか。
ドンは彼のもう1つの顔を知っているのだろうか、そもそも彼はなぜドンの傍に居たのか。
何も知らないアルノルドには、レイヴンの気持ちなど分からなかった。
ただ一つ言えたのは、ドンを見るレイヴンの目が、今まで自分が見てきたどれとも違ったということ。
「てめぇら、これからはてめぇの足で歩け! てめぇらの時代を築くんだ! いいな!」
ドンの言葉に、そこに居る誰もが悲しみ、嘆き、涙を流す。
介錯を請け負ったユーリが、愛刀を振りかぶった。
アルノルドはフィクションの映像を見ているような心地でそれらを眺めていた。
自分とはまるで違う、1人の男の人生の最後。
ああはなれない。
誰かの代わりに死ぬことも、これだけ大勢の人物に慕われることも、この先一生、自分は体験することはないのだろう。
短刀を自分の腹に向けて、ドンは穏やかに笑っていた。命を落とす間際にそんな顔が出来る人物を見たのは初めてだった。
ユーリの刀が風を切り、ドンが力の限り両手を引き寄せる。
鮮血が舞った。
騒ぎが片付いて、街には静寂が訪れる。
ユニオン本部の一室で、壁にもたれていたユーリにエステリーゼが報告する。
「街の皆も落ち着いてきたようです」
「この世の終わりみたく沈み込んでるけど」
部屋の中に居るのは、ユーリとエステリーゼ、リタとアルノルドの四人だけだった。
カロルはドンが居なくなったショックでまともに話も出来ず、レイヴンは天を射る矢の一員としてあちこちに連れ回されている。
「パティの姿も、さっきから見えないんですけど……」
「地下水道かもな」
「? どうしてそんな所に……」
「ドンが言ってたろ、アイフリードの名前が掘り込まれた壁があるんだと」
あの時パティに言っていたのはそのことだったのか。
パティもドンの死に際を見てかなりショックを受けていただろうに、1人で歩き回って大丈夫だろうかとアルノルドは外を見る。
いつもは幻想的にも見えていた夕日の赤さが、今は痛々しかった。
「オトシマエをつけるためなら自分の命をも差し出す、か……。ギルドにとって掟はそこまでのもんなのね」
「ギルドの掟に生きることへの誇り……負うべき責任……選んだ道への覚悟……。ドンは見せ付けていきやがった」
「文字通り命をかけて、ね……」
どうやっても重くなる空気の中、突然、小さな振動がアルノルドの体に伝った。
振動の元を辿ると、持っていることも忘れてしまっていた通信機が点滅している。
エステリーゼに一言断りを入れて、アルノルドは部屋の外に移動した。
周囲に人が居ないことを確認して、応答のボタンを押す。
『こちら帝国騎士団本部通信室。アルノルド隊長、聞こえますか? 応答願います』
「こちらアルノルド・ブランディーノ。聞こえている、何だ?」
『任務中失礼致します。アレクセイ・ディノア騎士団長より、言伝を預かっております。今お伝えしても宜しいでしょうか?』
「問題ない、話してくれ」
『了解しました。では、お預かりした通りにお伝えさせて頂きます。――時期は来た。次期皇帝候補エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインを連れ、早急に帝都へ帰還せよ。尚、是の遂行を以って、護衛及び監視の任を完了とする=c…以上です』
ドクン、と、心臓が大きく脈打つ音が聞こえた気がした。
暑いわけでもないのに、通信機を持つ手が汗ばむ。
『……アルノルド隊長? 通信不良でしたら、もう一度繰り返させて頂きますが』
「いや……いい、大丈夫だ。了解した」
『アルノルド隊長からは、騎士団長にお伝えしておく事などはございませんか? 宜しければ承りますが』
「そう、だな……、後程こちらから直接、連絡を入れさせて頂くとだけ伝えてくれ」
『了解しました。それでは失礼します』
プツリ、と電波が途切れる音がして、点灯していた光が消える。
忘れていたわけではないのに、それが突然突きつけられたかのような錯覚がした。
いつかこの時が来ることを、自分は理解していた筈だ。
何もおかしなことはない、それが唯一自分に与えられていた使命だ。
「……んなとこにぼーっと突っ立ってると危ねーぞ。」
部屋から出てきたユーリに声をかけられ、アルノルドは咄嗟に通信機を隠す。
何故か見られてはいけないような、自分が疚しいことをしているような気がした。
「あ、ああ。気をつけるよ」
「あと、エステルが何か話したがってたぞ。俺はちょっくら散歩でも行って来るわ」
そう言って一人外へ出るユーリが開け放したままのドアから、エステリーゼが顔を覗かせる。
「アル、ちょっといいです?」
今自分が騎士団としていた会話の内容など微塵にも知らないだろうお姫様の呼びかけに、アルノルドは無機質な箱をしまっていつもと変わりない笑顔で応えた。