08.風前の灯
翌朝。無事に目を覚ましたジュディスは、甲板に集まった皆に改めてこれまでの自分の行動の理由――始祖の隷長が世のエアルの調整役である事や、ヘルメス式魔導器のせいで彼らが抑制し切れない程のエアルが溢れて世界に悪影響が出てしまっている事、それを何とかするためにヘルメス式魔導器を壊していたことなどを説明した。「最近は聖核を求めて始祖の隷長に挑む人さえ居る。始祖の隷長はその役目を果たす事がより難しくなっているわ」
「どいつもこいつも聖核を狙う理由は何なんだ?」
「私にはわからないわ。聖核は始祖の隷長が体内に取り込んだエアルを長い年月をかけて凝縮し、始祖の隷長が命を落とした時に結晶となって生まれるもの……私が知っているのはこれぐらい。フェローならもっと詳しいと思うけれど」
「……聖核は高密度エアルの結晶……、それが本当なら、もし聖核のエネルギーを上手く引き出すことが出来れば、凄まじいパワーを得ることが出来るわよ、きっと」
「そんな方法があるんです?」
「少なくともあたしは知らない」
「それが出来るなら、欲しがる奴は沢山いそうじゃの」
「でも……どうして最初に話してくれなかったの?」
「まったくだ。話してくれれば、こんなややこしい事にはならなかった、違うか?」
責めるような、諭すようなユーリの言葉に、ジュディスは視線を逸らす。
「知っても……貴方たちには無理なことがあるから」
「どういう事ですか?」
「あの時私たちがヘリオードへ向かったのは、バウルがエアルの乱れを感じたから。エアルの乱れがあるところにヘルメス式魔導器はある……。でも、そこに居たのは魔導器ではなく人間だった。そんなこと今まで無かったのに」
ヘリオードと言えば、結界魔導器が暴発してリタと自分が無様に吹き飛ばされたあの時の事か。ベッドに伏していた自分達の前に現れて、しかし何もせずに去っていった竜使いの姿を思い出して、少し懐かしい気持ちになる。
「何故、バウルがエステルをエアルの乱れと感じたか、私は知る必要があったの、私の道を歩む為に。そんな時、フェローが現れた」
次いで、皆の脳裏にダングレストでの騒動が浮かぶ。エステリーゼを執拗に狙うフェローの姿と、彼が告げた"忌まわしき世界の毒"という言葉。
(……そう言えば、狭間の者っていうのは何だったんだ?)
状況が状況だったせいで当時は聞き流していたが、今更ながらに気になって心中で首を傾げる。
確かベリウスや白髪の青年にも自分の力がどうのと言われていたのだったか。彼らは自分が知らない自分の事を知っているのだろうか?
「彼はエステルが何者なのか知っているようだった。私の役目はヘルメス式魔導器を破壊する事、だけどエステルは魔導器じゃない。だから見極めさせて欲しい……私は彼にある約束を持ちかけた、彼は私に時間をくれた」
「その約束って……」
「もし消さなければならない存在なら、私が……殺す」
「あんた!」
激昂したリタがジュディスに掴みかかろうとするが、他の仲間がそれを抑える。
「落ち着けって。ジュディスちゃん、結局手を下して無いっしょ」
「ベリウスは言ってたわね、貴女には心があると。フェローにも貴女の心が伝われば、これからどうするべきか分かるかもしれない」
「話はわかった。――フェローに会いに行こう。オレ達の旅の最初の目的、それをこなしちまおう。後のことはそれからだ」
リタは未だエステリーゼがフェローに会うことに納得し切れていない様だったが、結局他のメンバーやエステリーゼ本人に押し切られる形で、フェローの居るコゴール砂漠の岩山へと向かうことになった。
バウルのお陰で長い砂の道程を歩かされることも無く、フェローの住処に到着した一行は、岩山の頂上まで登って周囲を見渡す。
「フェロー居ないね。お、お休みなんじゃない……なんて」
「フェロー、居るんでしょう?」
カロルの期待を裏切り、ジュディスの呼び掛けに応じたフェローが、鳴き声と共にその姿を現す。
一段高い岩の先に降り立ったフェローのその両目は、以前と違わずエステリーゼに向けられていた。
「忌まわしき毒よ、遂に我が元に来たか!」
「お出ましか。現れるなり毒呼ばわりとはご挨拶だな、フェロー!」
「何故我に会いに来た? 我にとってお前たちを消すことなぞ造作も無いことは分かっておろう」
「お願いですフェロー、話をさせて下さい!」
今にも襲いかかってきそうな相手を警戒し武器に手をかける皆を制して、エステリーゼが歩み出る。
「死を恐れぬのか、小さき者よ。そなたの死なる我を?」
「怖いです。でも、自分が何者なのか知らないまま死ぬのはもっと怖いです。ベリウスは貴方に会って運命を確かめろと言いました、わたしは自分の運命が知りたいんです」
その真摯な態度に、切実な呼び掛けに、フェローの敵意がほんの僅かに和らぐのを感じて、アルノルドは少しだけ肩の力を抜いた。どうやら対話する程度の余地はあるらしい。
「わたしが始祖の隷長にとって危険だと言うのはわかりました。でも貴方は世界の毒と……、わたしの力は何? 満月の子とは何なんです? 本当にわたしが生きている事が許されないのなら……死んだっていい」
その言葉に、隣に立っていたユーリの表情が強ばるのをアルノルドは見た。
エステリーゼはそれに気付かず、フェローに訴え続ける。
「でも! せめてどうして死ななければならないのか……教えて下さい! お願いです!」
フェローは逡巡するように間を置いて、静かに語り始める。
「かつてはここも、エアルクレーネの恵みを受けた豊かな土地であった。だが、エアルの暴走により大地は枯渇し、このような有り様になった。何故エアルが暴走したか……それこそが満月の子が世界の毒たる所以よ」
「え……」
「満月の子の力は、どの魔導器にも増してエアルクレーネを刺激する」
「どういう事だ?」
「……魔導器は術式によってエアルを活動力に変えるもの。なら、その魔導器を使わずに治癒術が使えるエステルは、エアルを力に変える術式をその身に持ってるって事……、ジュディスが狙ってるのは特殊な術式の魔導器……、つまりエステルはその身に持つ特殊な術式で、大量のエアルを消費する……」
「その者の言う通りだ。満月の子は力を使う度に世界のエアルを乱す。世界にとって、毒以外の何物でもない」
「だから消すってか? そりゃ随分と気が短いな。え? フェローよ」
「これは世界全体の問題なのだ。そしてその者はその原因、座視する訳には行かぬ」
「けれどエステリーゼ様の力によって救われる人が居るのも事実でしょう。他にエアルを乱す要因があるのなら、先ずはそちらを何とかすべきでは?」
単に問題の先送りでしかないと理解していたが、この場でエステリーゼを消されるよりはマシだろうとアルノルドが口を挟むと、フェローはそれが全く理解出来ないといった様子で答える。
「お前がそれを言うのか、その娘の存在によって苦しめられているであろうお前が……」
「え、どういう事です……?」
「……騎士としての役割の事を言ってる訳じゃあ無さそうね」
「もしかして、こいつの体質のことを言ってるの?」
「左様。その者は我ら始祖の隷長と同じく、多くのエアルをその身に宿しておる」
「でも、彼は貴方たちの仲間では無いのでしょう? バウルはそう言っていたわ」
「そもそもアルノルドはどこからどう見ても人間なのじゃ」
「然り。だが単なる人の子とは違う。いかなる経緯でその特異な体質に生まれたのかは我の知るところでは無いが、その様子では遠からず身を滅ぼす事になるであろう」
「身を滅ぼすって……、アルどうなっちゃうの!?」
「……まさか死ぬって事か? そりゃ笑えねぇな」
そうは言われても全く実感の湧かないアルノルドは、青くなっているエステリーゼを宥めて脱線した話を元に戻した。
「とにかく、エステリーゼ様を犠牲にしなければならないような選択には賛同出来ません」
「より大きなものを守る為には、切り捨てることも必要なのだ」
「クソ喰らえだな。その何かを切り捨てるかを決められるほど、お前は偉いのかよ?」
「我はお前達の想像も及ばぬほどの長きに渡り、忍耐と心労を重ねて来たのだ。僅かな時間でしか世界を捉えることの出来ぬ身で何を言うか!」
「フェロー、聞いて。要するにエアルの暴走を抑える方法があればいいのでしょう? まだそれを探す時間くらいはあるはずよ。それにもし、エステルの力の影響が本当の限界に来たら……約束通り私が殺すわ。それなら文句ないでしょう?」
「ちょちょっとジュディス、本気で言ってるの!?」
「あら、そうならないように凜々の明星が何とかするでしょ?」
不敵に笑うジュディスに、カロルがその真意を理解して頷き、フェローが呟く。
「……そなた変わったな。かつてのそなたなら……」
「さあ、どうなのかしら? でもそう言われて悪い気はしないわね」
「……良かろう。だが忘れるな、時は尽きつつあるという事を!」
「待って!」
両翼を羽ばたかせて宙に浮かび上がるフェローを、リタが呼び止めた。
「術式がエアルの暴走の原因って言うのなら、昔にも暴走した事がある筈でしょ、魔導器は古代文明で生み出された技術なんだから」
「罪を受け継ぐ者達が居る、そやつらを探すが良い。彼の者どもなら、過去に何が起こったのか伝えているであろう」
それだけ答えると、今度こそフェローは飛び去って行った。
当面の危機が去って、漸く皆がほっと息を吐く。
「えっと、あの……有難う御座います、ユーリ。それに……ジュディスも」
「それは良いんだけどな」
と言って近づくユーリが怒っている事に気付いて、理由がわからないエステリーゼは戸惑った。
「死んだっていい? ふざけてんのか?」
そう言われて漸く理解したエステリーゼは、しゅんとした顔で謝る。
「……ごめんなさい」
「二度と言うなよ」
「ごめんなさい……」
エステリーゼも決して軽い気持ちで言った訳では無いのだろう。ユーリもそれを解っていて、それでもああやって言うのは彼なりの優しさなのだろうとアルノルドは思った。