08.風前の灯

「ここがエゴソーの森、クリティア族の聖地よ」

「へえ、思ってたよりのどかで気持ちのいいとこじゃない」

「わ、意外。暗くてじめじめした研究室が好きなんだとばっかり……」

カロルが余計な一言でリタにシメられているのを横目に、他のメンバーは道の先に見える山を見上げる。
そこには、砲台のような形をした巨大な魔導器が幾つか並んでいた。

ミョルゾへの情報を教えてくれたアスピオのクリティア族曰く、あの魔導器は謎の集団が持ち込んだものらしい。

「その謎の集団って何です?」

「それは詳しく聞けなかったけど……、とにかく、ミョルゾへの行き方を教える代わりに、そいつらを何とかしろって」

「何とかするってのは、あれぶっ壊しゃいいってこと?」

「どうなのかしら、それでいいならそうするけど」

「あんたが壊す必要のないよう、あたしがちゃんと処理するわよ」

という事で、魔導器はリタに任せる事にして先へ進んだ所までは良かったのだが、山の麓まで来てその謎の集団と呼ばれていた者達の正体を知ったアルノルドは顔を引き攣らせた。

「止まれ! ここは現在、帝国騎士団が作戦行動中である」

なんでこんな所にコイツらが、と思いつつ、気まずさから皆の背に隠れたアルノルドを、カロルが不思議そうに見る。

「アルの知ってる人?」

「知ってるも何も、ありゃアルちゃんの部下よ。親衛隊っつって、騎士団長直属のエリート部隊」

「レイヴン、よく知ってますね? でも親衛隊の方なら、アルが話せば素直に退いてくれるんじゃ……」

「そうもいかないでしょ。忘れたの? コイツ騎士団とモメてんのよ」

「見つかったら叱られちゃうわね」

「叱られるぐらいで済めばいいですけどね……」

「ならしょうがねぇ。――おいお前ら、こんな森に兵装魔導器持ち込んで、一体何しようってんだ?」

「答える必要は無い。それに法令により、民間人の行動は制限されている」

と言いながら武器を構える相手に、ユーリも愛刀を鞘から引き抜く。

「ふーん、それはいいとしても、その刃どうしてオレ達に向いてるんだ?」

「かかれ!」

問答無用、といった様子で襲いかかってくる相手を、一行は容赦なく叩きのめした。
数名はアルノルドに気付いたが、何を言う暇もなく沈められる。

「……不可抗力とは言え、心が痛いな」

「でも、なんでボク達を襲ってきたのかな?」

「知られたら困るようなことを、ここでやっているからでしょ」

「それがあの魔導器ってこと?」

「だろうな」

そんなやり取りをする一行の中で、尚も思い詰めた様子のパティを心配そうに見ていたエステルは、山の上の魔導器がパティに向けられていることに気付いて、咄嗟に彼女の前に出た。

「危ない……!」

「っ、エステリーゼ様!?」

親衛隊の事に気を取られていたアルノルドは、エステリーゼのその声を聞いて漸く事態に気付く。
だが光弾は彼女を傷つける事無く、まるで見えない壁に阻まれたかのように霧散して消えた。

「ご無事ですか!?」

「……今、何、したの?」

「ヘリオードでやったのと同じ……! エステルの力が、エアルを制御して分解したのよ! あんたまたそんな無理して……!」

「ご、ごめんなさい。皆が危ないと思ったら、力が勝手に……」

「力が無意識に感情と反応するようになり始めてるんだわ……」

エステルの力は世のエアルを乱す――皆の脳裏に、フェローのそんな言葉が蘇る。今のは、その力を制御出来なくなり始めている証拠だった。

「……そんな……わたし、どうしたら……」

「おいおい、お前はオレ達を助けてくれたんだぜ?」

「そうだよ、まともに食らったらイチコロ間違いなかったもん。悪いのは撃ってきた奴らだよ」

「でも、こんなの何度もやってたらフェロー怒るんじゃないの? 魔導器だろうとフェローだろうと、丸焼きにされるのは勘弁よ」

「なに、簡単な話だろ。要するにあの魔導器を何とかすりゃいいってこった」

「あの魔導器使ってる奴ら、ボコッてやる」

エステリーゼを悩ませている事と、魔導器をこんな事に使っているのが許せないのだろう、リタが怒気を滲ませながらズカズカと大股で山道を登っていく。

が、魔導器を護る騎士を蹴散らして操作を始めたリタは、険しい顔で手を止めた。

「この子……ヘルメス式じゃないけど、術式が暗号化されてる……」

「どーいうことよ?」

「早い話、暗号鍵が無いと動力落とすことも出来ないのよ」

「その暗号とやらを解くのは……」

「……そう簡単じゃないわ。解くとしても時間が必要ね」

「それほど時間をかける必要は無さそうよ」

そう言って槍を構えたジュディスに、まさかまた壊す気かとリタは怒りかけたが、彼女の放った槍は頭上の木に吸い込まれていった。

何のつもりかと疑問符を飛ばす皆の前に、どさりと一人の男が落ちてくる。ローブ姿のその男性は、尻餅をついたまま後退り。

「……誰だ?」

「この魔導器の技師、じゃないかしらね」

「ち、違う、違うんだ、いや技師なのはそうなんだけど、ぼ、僕は命令されただけで。だ、だからこんな事に協力するのイヤだったんだ……」

成程事情は理解した。が、同情する気は無いらしいリタが喝を入れる。

「早く暗号を解いて、この子を止めなさい!」

「は、はひ、ただいま……!」

慌てて操作を始める男に、これなら何とかなりそうだと安心したのも束の間、今度はユーリが先のエステリーゼ同様、光弾に気付いて前に飛び出した。

「ちいっ!!

「何です? ――きゃっ!?」

「ユーリ!」

皆を庇ったユーリは無謀にもそれを剣で受け止めたが、逸らし切れなかった衝撃のせいで弾き飛ばされてしまう。――しかも、その先は崖。

一番近くにいたアルノルドは慌ててその腕を掴み、レイヴンとカロルの手伝いもあって無事にユーリを引っ張りあげる事に成功した。

「じ、寿命が縮まった……」

「サンキュ。しかし油断したぜ、もう一台あったとはな」

「まさか……ユーリ、わたしに力を使わせない為に……!?」

「どうしてそんな無茶するかねぇ」

「本当……あなた死ぬ気?」

「これくらいの傷、日常茶飯事だっての」

笑って言うユーリに対し、一歩間違えれば彼を死なせていたという事実に、エステリーゼは青い顔で震える。

「ごめんなさい……わたしのせいで……」

「お互い庇いあったんだ、おあいこだろ?」

「でも……」

「エステル、ここは有難う、じゃないかしら?」

「あ……、ありがとう、ございます」

「それより、あっちの魔導器も何とかしようぜ」

「ふぎゃん!」

突然、パティのそんな悲鳴が聞こえて、今度は何だと皆が見ると、暗号を解除していた筈の技師がそそくさと逃げていくのが見えた。

「リタ姐……すまないのじゃ……逃がしてしまったのじゃ……」

「パティちゃんのせいじゃないだろ。とは言え、どうしたもんかな」

「……いいわ、ここはあたしが何とかするから」

「え……でも簡単じゃないって……」

「あたしを誰だと思ってんの? 天才魔導士リタ・モルディオ様よ? 魔導器相手なら死ぬ気でやるわよ」

そんな頼もしい言葉と共に、リタは手元の捜査盤を弄り始める。パティはそれを至極申し訳なさそうに眺めつつ、

「こんな風に足引っ張るくらいなら、やっぱり……」

と弱音を零した。
操作を終えたリタは、そんなパティに向き直る。

「ここまで来て、ぐじぐじ悩んでんじゃないわよ。もうとっくに仲間なんだから、気にするなって言ったでしょ」

「仲間って……」

「珍しいこと言うわね、リタが」

「う、うるさい! ほら、早く次の兵装魔導器止めに行くわよ!」

と、足早にその場を去るリタに、皆が笑みを交わす。
仲間という言葉を反復したパティも、次第にその顔に笑顔を取り戻していった。先頭を歩く年少組の後を追って、小走りで駆けていく。

「ちょっとは元気になったかな」

「だといいんだけどねぇ。……にしても、なんか皆妙にやる気でコワいわ」

「ユーリの影響ですよ」

と、エステリーゼは嬉しそうにユーリを見たが、相手は勇み足のリタ達に任せるかとその場で一休みしていた。

「……当の本人は至ってクールなんだが」

「……ですね」

「まあ、そこがユーリ君の良い所ですから……多分」

などと言っているうちに次の魔導器に辿り着き、作業を開始したリタを待つこと数十分。
やはり暗号の解読というのはそう簡単には行かないようで、作業が終わるより先に騎士団の第二陣がやって来る。

「……参ったな、正直あんまり戦いたくないんだが」

「そうは言っても、あんたが説得出来る訳でも無いんだろ? なら、やるっきゃねぇさ」

言うが早いかユーリは先陣を切って敵と交戦を始めた。好戦的なジュディスも嬉々としてそれに加勢する。

刃の交わる音を聞いて焦っているリタに、アルノルドが敵の方を向いたまま尋ねる。

「リタ、俺がその魔導器のエアルを抑えるんじゃ駄目なのか?」

「あたしもそれは考えたけど……、フェローの言う通り、あんたのその体質がエアルを抑制してるんじゃなく単に吸収してるってだけなら、こんな大量のエアルを吸わせる訳にはいかないわよ。……ああもうっ!」

リタは忙しなく動かしていた手を魔導器から離して、何を思ったか魔術の詠唱を始めた。その光景に仲間達がギョッとする。

「ちょっ……待て待て、何するつもりだ?」

「もうこいつ壊して……! そいつらぶっ倒す!」

「リタ……そんな、どうして!?」

「もう時間かけていられないでしょ! だってこのままじゃあんたらが……」

それは、魔導器よりも仲間の方が大事だと言っているようなもので。
出逢った当初からは考えられないそんな彼女の発言に、驚きと喜びの混じった顔で仲間達は答える。

「私達が倒される、そう言いたいの? 貴女は私を、私達を信用出来ないの? 死ぬ気でやるんでしょ?」

「わたし達、負けませんから。リタ、その魔導器を助けてあげて下さい」

「ああ、頑張るのじゃ! ここはうちらで絶対守る! だから! がんばれ!」

そんな叱咤激励を受けたリタは、逡巡の後に武器をしまって再び操作盤に向かう。

「分かったわよ、死ぬ気でやってやるわよ! その代わり、あんたらも死ぬ気でやんなさいよ! ――あんたも! こっちはいいから、あっちを何とかして!」

「はいはい、任されました」

随分と懐いたもんだとその変化に微笑みつつ、アルノルドも前線で戦うユーリ達に混ざって剣を振るう。
とは言え親衛隊と戦うことに乗り気ではないアルノルドは、なるべく相手の攻撃を防ぐに留めた。

「命を賭けるものがある若人は輝いてるわね〜」

「一度死にかけた身としては、死ぬ気でってのはシャレにならねぇか」

「ん? 死にかけたって?」

「人魔戦争の時、死にかけたって言ってたろ?」

「ああ、その話したっけか。……まあ……死ぬ気で頑張るのは、生きてる奴の特権だわな。死人にゃ信念も覚悟も……」

「……レイヴンさん?」

――交戦中だと言うのに、不思議とその瞬間だけは、時が止まったようにアルノルドは感じた。

だが直ぐにそれは解けて、いつものように華麗な弓と短剣裁きで敵を仕留めながら、レイヴンはいつもの調子に戻って言う。

「あーいやいや、おっさん、ちょっと昔を思い出しておセンチになっちゃった。気にしないで」

「こんな時にか? 随分と余裕だな」

「いやいや、余裕なんてぜーんぜん。もーさっきから死にそうよ」

「ならここでリタイアしてもいいんだぜ、後はオレ達で行くから」

「勘弁してよ。ここで置いてかれたら、俺様行くとこなくなっちまう」

「ユーリだって本気で置いていく訳無いじゃん。それに行くとこ無いって、天を射る矢があるじゃない」

「んー? まああれはねえ、なんと言うか、ちょっとそういうのと違うのよ」

暫くしてリタが作業が終わった事を告げると、親衛隊の隊員達は引く波のようにすんなりと撤退していった。
その諦めの良さにホッとする反面、得体の知れない不気味さをアルノルドは感じる。

(やけにあっさり退くな。俺の事はともかく、エステリーゼ様を連れ戻そうとするくらいはしそうなもんだけど……戦力的に勝ち目が無いと思ったのか?)

それに。アルノルドはレイヴンの方をちらと見たが、相手は何ら変わった様子もなく仲間の輪に混じって談笑している。

「どしたのアルちゃん、そんなにじっと見つめて。もしかして俺様の戦いぶりを見て惚れちゃった?」

「…………」

「そんな露骨に呆れた顔しなくてもいいじゃないのよ」

何か一人で抱え込んでいるのでは無いだろうかと心配したのだが、これは聞いてもはぐらかされるだけだろうなと悟ったアルノルドは、追求を諦めて別の言葉を投げる。

「レイヴンさん、前に俺が言ったこと、覚えて下さってますか?」

「ん? どれのこと?」

「俺は今でも、貴方の部下のつもりです。いや、部下とは違うかもしれませんけど、恩を返せるのなら返したいとは思っているんです。ですから、力になれる事があるのなら仰って下さいね」

それを聞いたレイヴンは、一度開いた口を閉じてから、

「……何言ってんの、アルちゃんはもうユーリ達の仲間で、俺とは住む世界が違うでしょ」

苦笑混じりにそう言った。

「住む世界って……、そんな、俺は……」

アレクセイの指示に背いたのは、あくまでもエステリーゼを強引に連れ戻す事に賛同出来なかっただけだ。
それで職を失う事になるのは仕方の無い事かもしれないが、エステリーゼの件さえ何とかなるのなら、自分自身はまだ騎士団を辞めたいとまでは思ってはいない。

だがそんな弁解を述べるより先に、

「ま、俺の事は気にしなさんなって。そういうのはユーリ達にしてやんな」

とレイヴンに話を締め括られてしまい、アルノルドは口を噤むしか無かった。

そんな二人を他所に、ジュディスは予定していた通りに山頂で鐘を鳴らす。
すると、上空に巨大な生物――例えるならクラゲ――のようなものが姿を現した。

その威容に圧倒される一行の中で、一人冷静なジュディスが告げる。

「扉が開いた……あれがミョルゾ、クリティア族の故郷よ」
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