08.風前の灯

「こりゃあ驚いた、本当に外から人がやって来たぞ!」

空を漂う先のクラゲ、正しくは始祖の隷長の中に収まっていた街に降り立った一行は、着くなり大勢のクリティア族に取り囲まれた。

まるで玩具を与えられた子供のようなはしゃぎっぷりで、矢継ぎ早に質問してくる彼らはここの住民らしい。長老に会いたいからとジュディスが話を切りあげると、散り散りに去っていく。

「なんか、おかしな連中だな」

「ああいうのは失礼って言うのよ」

「リタが言うんだ」

「まあ、歓迎されてるだけ良かったじゃないですか」

「基本的にクリティア族ってああいう人達なの。明るくて物怖じしない、楽天的で楽観的。良くも悪くも、ね」

そう言われてみれば、父もそんな感じだったような。
アルノルドはここ暫くは思い出すことすらしていなかったかつての光景を思い浮かべながら、独特の意匠の建造物が建ち並ぶ街を闊歩する。

「あたしの知らない魔導器が沢山ある……」

「魔導器を作った民……どうやら本当ってことか」

「……そうね、こんな魔導器見せられれば、その話も信じられるわ」

「でも、動いてないね」

「魔核が無い。筐体だけだわ」

「この街は魔導器を捨てたの。ここにあるのはみんな、大昔のガラクタよ」

「どういうこと?」

「それがワシらの選んだ生き方だからじゃよ」

魔導器をしげしげと眺めていた一行の会話に割り込んだのは、年老いたクリティア族の男性だった。
きょとんとする皆とは違い、ジュディスは柔和な笑みを浮かべて答える。

「お久しぶりね、長老さま」

「外が騒がしいと思えば、お主だったのか。戻ったんじゃの」

「この子達は、私と一緒に旅をしている人達」

ふむ、と長老は皆の身体を見定めるように眺め回して、それぞれが着けている装身具に目を留めた。

「これは……魔導器ですな、もしや使ってなさる?」

「ああ、武醒魔導器を使ってる」

「ふーむ。ワシらと同様、地上の皆ももう魔導器は使うのをやめたのかと思うていたが……」

「ここの魔導器も、特別な術式だから使ってないんです?」

「魔導器に特別も何も無いじゃろ。そもそも魔導器とは、聖核を砕きその欠片に術式を施して魔核とし、エアルを取り込む事により……」

「ちょっ! 魔核が聖核を砕いたものって!?」

「そう言われておる。聖核の力は、そのままでは強すぎたそうな。それでなくても、いかなる宝石よりも貴重な石じゃ。だから砕き術式を刻む事で力を抑え、同時に数を増やしたんじゃな。魔核とはそうして作られたものと伝えられておる」

「……皮肉な話だな」

「うん……、魔導器を嫌う始祖の隷長の生み出す聖核が、魔導器を作り出すのに必要だなんて……」

「フェローが聖核の話をしなかったのは、触れたくなかったから……かもねぇ」

アルノルドは以前から騎士団、というよりアレクセイが聖核を欲している理由について常々疑問に思っていたが、今の話が本当なら……

(団長は聖核を魔核として何らかの魔導器を使おうとしてるのか……? ただの魔導器ならその辺の魔核を使えば良いだけだ、わざわざ聖核を狙うからには、それなりの規模の魔導器って事になる。それこそ、ダングレストで見たあの移動要塞ヘラクレスほどの規模の……。いやでも、聖核を魔核として使うには術式を刻む必要があって……それが出来るのはクリティア族くらいのもんじゃ無かったのか……?)

そもそもそれが可能だとして、その強力な魔導器を、アレクセイは何に使おうと言うのか。

元より魔導器の研究に熱心な人ではあったし、有事の際の備えは多いに越したことはない。人魔戦争で多くの部下を失った彼にとって始祖の隷長は憎き仇でもあるのだろうし、それを殲滅する事で聖核が得られるのなら一石二鳥、とでも考えているのかもしれないが……

「おいあんた、ボーッとしてると置いてっちまうぞ」

「ん? あれ?」

気付けば傍に居たはずのエステリーゼ達の姿は無く、ユーリに呼ばれたアルノルドは思考を中断して慌てて駆け寄る。

どうやら長老が伝承について教えてくれるらしい。彼の家に文献があると言うので、それを見に行くところだと道すがら説明を受けた。

家に着くと奥の部屋に通され、皆そこにある壁の前に立たされる。

「これこそが、ミョルゾに伝わる伝承を表すものなのじゃよ」

「でも、ただの壁だぜ?」

「ジュディスよ、ナギークで壁に触れながらこう唱えるのじゃ。霧のまにまに浮かぶ夢の都、それが現実の続き」

ミョルゾの鍵を隠していたのと似たような仕掛けが施されているのだろう、ジュディスが言われた通りにすると、壁一面に絵が現れた。

それを見たカロルは「なんか不気味な絵だね」と素直な感想を漏らし、ジュディスは続けてナギークで絵に隠された文を読み解く。

「クリティアこそ知恵の民なり。大いなるゲライオスの礎、古の世の賢人なり。されど賢明ならざる知恵は禍なるかな。我らが手になる魔導器、天地に恵みを齎すも、星の血なりしエアルを穢したり」

「やっぱりリタの言った通り、エアルの乱れは過去にも起きていたんですね」

「こいつがエアルの乱れを表してるのか」

「んむ。大量のエアルが世界全体を飲み込むかのようだったという」

壁画には大きな黒い太陽のようなものが描かれていた。エアルの乱れがこんなものを生み出すというのなら、始祖の隷長が魔導器やエステリーゼの力を危惧する気持ちも分かる。

「エアルの穢れ、嵩じて大いなる災いを招き、我ら怖れもてこれを星喰みと名付けたり……。ここに世の尽く一丸となりて星喰みに挑み、忌まわしき力を消さんとす」

「ねえ、ひょっとしてこれ、始祖の隷長を表してるのかな?」

「魔物みたいなのが人と一緒に化け物に挑んでるように見えるねぇ」

「結果、古代ゲライオス文明は滅んでしまったが、星喰みは鎮められたようじゃの。その点はワシらがこうして生きていることからも明らかじゃな」

「これは何じゃ?」

絵の一番端に描かれている巨大な塔のようなものを指してパティが問う。
説明が書いてあるのではないかとカロルはジュディスに続きを促したが、ジュディスは険しい顔で黙り込んでしまった。

「ジュディ?」

皆の視線を浴びながら、暫くしてジュディスは漸く重い口を開く。

「……世の祈りを受け、満月の子らは命燃え果つ。星喰み虚空へと消え去れり」

「……なんだと?」

「かくて世は永らえたり。されど我らは罪を忘れず、ここに世々語り継がん。アズール、240」

ジュディスが全て読み終わり、場に静寂が流れた。
満月の子らは命燃え果つ――素直に受け取れば、その言葉の指すところは満月の子の死だ。

「どういうこと!」

「個々の言葉の全部が全部、何を意味しているのかまでは伝わっておらんのじゃ。とにかく魔導器を生み出し、一つの文明を滅びに導く事となった我らの祖先は、魔導器を捨て外界と関わりを断つ道を選んだとされておる」

誰もが何も言えなくなってしまっている中で、渦中のエステリーゼは部屋を飛び出して行ってしまった。

「エステリーゼ様!」

「ほっといてやれ。……ありがとな、じいさん。参考になった」

「ふむ。もっと参考になる、どんな料理も美味しくなる幻のキュウリの話もあるのじゃが……」

「結構よ。それより、どこか休める所を借りても良いかしら? 仲間が落ち着くまで、暫くお世話になりたいのだけれど」

「む。ならば隣の家を使うと良い。今は誰も使っておらんでの」

「助かるわ。行きましょ」

ジュディスに連れられて皆は長老の家を後にしたが、隣の空き家へ移動する最中、アルノルドが足を止める。

「……ごめん、やっぱり放っておけない。皆は先に行って休んでてくれ」

言うなり踵を返して走り去るアルノルドを、ユーリはやれやれといった顔で見送った。

「一人になりたい時もあると思うんだけどな……。ま、いいか。それより、さっきの伝承についてもう一度整理したい」

「およ、アルちゃんと嬢ちゃんを二人きりにしちゃっていいの?」

「ん? 何か問題あるか?」

「アルちゃんのお仕事は嬢ちゃんをお城に連れ戻す事だったでしょ、目を離した隙に攫われちゃうかもよん」

「何言ってんだ今更。その気があるなら、とっくにそうしてるだろ」

「そうだよ、ギルドのメンバーじゃなくても、アルはもうボクらの仲間だし。第一、こんな状況でエステルを連れていくような人じゃないよ」

「へぇ、アルちゃんも随分信用されたもんだなぁ」

「あら、貴方は信じて無いのかしら?」

「そういう訳じゃあ無いんだけどね」

「リタ姐、元気無いのう……」

エステルに負けず劣らず傷心している様子のリタに仲間たちが連れ添って、空き家に入っていく。

「連れて行くような人じゃない、か。……それじゃ、俺がやるしかないんだよねぇ」

ポケットに押し込んだままのアレクセイからの書状を握り締めて、レイヴンは誰にも聞こえない声で呟いた。
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