01.始まりの鐘は帝都より
西に進むこと数十分。雨の降り注ぐ港街に着いて、アルノルドはすぐに聞き込みを始めるつもりだったのだが、
(……これはまた、どうしたもんかね)
家の戸を叩いても無反応、名前と用件を告げてもほとんどの人は知らぬ存ぜぬ、それどころか話している間、何かに怯えるようにキョロキョロと視線をさ迷わせる始末。
仕方がないので民家は諦め、明かりの点っている店に入って話を聞くと、ここの役人が暴力にものを言わせて税金の取り立てをしているらしく、払えない者には売れば高値がつくという角をもつ魔物を捕まえてこいと命令しているそうだった。
いかにもフレンが黙っていなさそうな話だが、まだこの街には来て居ないのだろうか。
「その魔物って、この辺に住んでるんですか?」
「ええ、雨の日に出ると聞いた事があります」
「ってことは今ならいるって事ですね」
まだ降り止まぬ雨を窓の外に確認し、礼を言うと街を出た。そして適当に草の生い茂る道を歩き回る。
目的は噂の魔物の角だった。ただし税金に苦しむ街の人を助ける為などではない。
ここで彼の性格を確認して頂きたい、彼は金の為なら何でもする男だ。
つまり、
(売り飛ばしてやる……!!)
アルノルドはこの上ないマネーチャンスを逃すまいと目を光らせていた。
もし部下や友人が読心術などを体得していたならば呆れていただろうが、残念ながらそんな超人は居ないので彼に対する周りの認識は今日もカリスマ隊長≠フままである。
現在彼の脳内の優先事項は角>フレンだった。だから自分が不在の時にフレンやエステリーゼが街に来たらどうするつもりだとは考えなかったし、今の姿を知人に見られたらどうするんだとも思わなかった。
そんなわけで職務放棄してしまった隊長殿の目の前に、お目当てのものらしき魔物が現れた。額に立派な長い角をもつそれを逃がすまいと剣を抜き構える。
そして間合いを詰め一気に落とそうとして、その体についた生々しい無数の傷痕に手を止めた。
切り傷が大半を占めていて、古いものから新しいものまで体のあちこちに点在していた。
(……そうか、街の人に……)
この魔物を求めていたのは自分だけではない、つまりそれだけ狙われてきたという事で、こいつはその中でなんとか生き永らえて来たのだろう。
アルノルドは首筋にあてていた剣先を離して、片手で角を掴むとその根本近くに剣を振り上げた。
バキ、と鈍い音と共に角が持ち主から離れる。それを懐に納め、代わりに黄色いグミを魔物の口に放り込んだ。一瞬魔物の体が光って、痛々しい傷痕が消える。
「それと交換で」
魔物は元気に鳴くと、茂みの中に消えていった。
もしかしたら今まで痛め付けた街人に復讐でも仕掛けるかもしれないが、せっかく癒えた傷をまた自ら拾いに行くような事はしないだろう。仮に街を襲っても自分には関係の無い事だが。
無責任と言われそうな行いだが、自分はあくまで傷付いた魔物を助けただけであり、それによって街人が襲われてもそれは彼らの自業自得だ。「税金を取り立てる奴等が悪いんだ」と言うなら執政官に直接言えばいい、誰かの言いなりになったままではろくな生き方など出来ないのだから。
(……なんて、それは俺も同じか)
アレクセイや帝国の言いなりになって働く自分も似たようなものかと思った。
ただ違う点があるとすれば、自分は今の生き方に不満など無いという事だ。俺は自分でこの生き方を選んだ、誰に強制されるでもなく、自分で。
という事で、見事お宝を手に入れることが出来たアルノルドは上機嫌で街に戻ったのだが、楽しい夢は残念ながら宿屋に入ったところで終了した。
「……!? アルノルド隊長!」
騎士団服に金髪という組み合わせの青年フレンが、こちらを見て驚きと喜びの入り交じる表情になる。
アルノルドも最初は探し人が見つかって喜んだのだが、フレンが手に持っていた角に気付き、尚且つ彼は今のこの街の状態と角の話を聞いたばかりだった為、当然相手の考えなど知らぬ純粋な青年はこう言った。
「それはリブガロの……アルノルド隊長、この街の為にわざわざ1人で……?」
しまった、早い段階で懐から出すんじゃなかった……!
浮かれていた彼はこの残念な状況を想定して居なかった。故に打開策も用意しておらず、フレンの騎士隊長=正義フィルターは更に加速していく。
「視界や足場も悪くなっているというのに、ましてや部下の一人も居ない状態で、人知れず民の為に動くなんて……やはり貴方は、私の理想の騎士です!!」
「いや……そんな、俺はお前に尊敬されるような人間じゃ……」
「いいえ、貴方は騎士の誇りのような方です! 謙遜なさらないで下さい」
謙遜じゃなくて事実だよ。
何を言っても全て良い方向に持っていく正義翻訳機フレン・シーフォは曇りの無い瞳で喋り続ける。
しかも店の人間までその正義オーラに感化されてしまい、頼んでも居ないのに街人を連れてきてしまった。
フレンに見つかった時点で結末は決まっていたが、ここまでくると抵抗の術はなく、アルノルドは泣く泣く、本当に瞳に涙を溜めながら角を無償で譲った。
「有難う御座います! いくら感謝しても足りません……!」
「これで私達家族は救われます、このご恩は忘れません!」
感謝もご恩もいらないからその角返してくれ。もう一度取りに行こうにもフレンが居る限り同じことの繰り返しだ。
そんな事とは露知らず、青年は涙を見て「皆さんの喜びに共感していらっしゃるんですね…」と呟いていた。泣かしてるのはお前だぞ、悪い意味で。
「ところで、何故アルノルド隊長がここに?」
感動の拍手が巻き起こった店を出て、完全に無駄な体力を使ってしまい身も心もぐったりとしていた自分の隣で、ようやく話を切り替えたフレンが一番最初に聞くべきだった事を今さら浮上させる。
「お前を探してたんだよ」
「私を……ですか?」
「二人なんだから、畏まった喋り方しなくていいぞ」
そういう性格なのか、ある程度親しくなった今でもずっとアルノルド隊長≠ニ呼ぶ相手に、せめて一人称くらい崩して言えと促す。
「まぁお前をって言うか、エステリーゼ様を探してるんだけどな」
「エステリーゼ様……? お城から出れない筈では……まさか本当にユーリが?」
「何だ、知ってるのか?」
えらく情報が早いなと思えば、フレンは店の壁に張り出されていた手配書を指差した。
そこにはかなり下手ではあるもののユーリらしき人物の絵が描かれている。
成る程、こんな街にまで伝わってきてるのか。ますます大事になってきたなと、唯一騒ぎの真相を知るアルノルドは頭を抱えた。
「確かにエステリーゼ様を連れ出したのは彼なんだがな、多分それはエステリーゼ様が……」
せめて彼の友人にくらいは真実を話しておいてもいいか。それに元々この事件の原因はフレンなのだ、自分がユーリを庇えば共犯者にさせられるかもしれないが、フレンから話せば事は収まるかもしれない。
だがそう上手くはいかないのが現実であり、残念ながら事情を説明する前に邪魔が入った。
「フレン隊長、こちらに居られましたか」
騎士団服を身に纏った女性と、大きな丸眼鏡をかけた少年の登場により、真実を話すタイミングは流されてしまった。
「そちらは……アルノルド隊長?」
「悪いね、君達の隊長独占しちゃってて。確かソディアさんと、ウィチル君だったかな?」
任務に行くフレンと会った時、常に傍らに居た2人の部下。何度か会いに行く度に覚えてしまった名前を述べると、2人は足を揃えて敬礼した。
「すみません、僕はこれで……」
「ああ、仕事中に悪かったな。しばらくはこの街に居るのか?」
「ええ、そのつもりですが……」
「そうか。じゃ、お勤め頑張ってな」
ひらひらと手を振って見送ると、フレンは一礼して店を出ていった。
これで後はエステリーゼ達が来るのを待つだけだなと直ぐに兵士に連絡を入れる。
「フレン・シーフォを見つけた、ハルルから西に行った先の港町だ。全員速やかに向かうよう伝えてくれ」
『はっ、その事なのですが……、東に向かっていた班から先程連絡がありまして』
「どうした?」
二言三言で終わるだろうと思っていた会話は兵士の発言で継続される。
『アスピオでエステリーゼ様らしき人物を見た、と』
「……それで、そのエステリーゼ様らしき人はどうしたんだ?」
『何やらアスピオの魔導士と話し込んだ後、また西に引き返したとの事です。誘拐の疑いがかかっているユーリ・ローウェルと思われる人物も確認されています』
それなら本人で間違いないだろう、あんな珍しい髪色と服装の男女などそうそう居ないのだから。
西に引き返したのならじきに此所にたどり着くかもしれない、途中で方向を変えたりしなければだが。
「わかった、その二人組を見つけた班はそのまま監視を続け、もし標的が進路を変えたらすぐに連絡してくれ。それ以外は先に言った通りだ」
『了解しました』
通信が切れて、店には雨が窓を叩く音が響く。普段人前では吸わない煙草に火を点けて、椅子の背凭れに重心を預けて煙を上に向けて吐き出した。
同時刻、店の外では3つの人影が雨の中を動き回っていた。
1つは、街の不正を暴き出し、探し人を救出する為に。
1つは、金色のお下げを揺らし、まだ見ぬ宝を探し出す為に。
1つは、道化として上司の指示に従い、聖核を手に入れる為に。
それぞれが各々の思惑を抱いて、流れる時の中を進んでいた。
そしてその街に、新たに踏み入る1つの人影が――――