09.愁雲、血涙の雨

エステリーゼ達の足跡を辿ってヨームゲンに向かい、そこでイエガーから情報を得たユーリ達は、フレンも加えてバクティオン神殿にまで来ていた。

入り組んだ道を進み最奥まで辿り着いたところで、道を阻む結界と騎士達の姿を見かける。

「親衛隊だ」

「ってことは道は間違ってないって事だよね」

「カロル先生冴えてるな、あの奥にエステルが居んだろ」

「あんた隊長なんでしょ? あいつらにどけって言えないの?」

リタの問いに、フレンは首を左右に振って答えた。

「今の親衛隊は騎士団長の命令にしか従わない」

「今のって? 前は違ったの?」

続けてカロルが質問したが、今度は直ぐには答えられず、フレンは憂いを帯びた目を伏せる。

「……少し前までは、アルノルド隊長が陣頭指揮を執っていらっしゃったから」

エステリーゼやレイヴンと共に姿を消してしまった仲間の名を挙げられて、皆も揃って顔を伏せた。

「アル、大丈夫かの……」

「……親衛隊の隊長ってからには、そう簡単にやられたりはしないだろ。それに、あいつがアレクセイとグルって可能性もまだ残ってる、元々そういう任務だった訳だしな」

「あの人に限ってそれは無い!」

「お前のその信頼はアテにならないっていい加減学べよ、フレン。あのアレクセイでさえ、お前の目には正義の騎士団長に見えてたんだろ」

アレクセイがこれまでの騒動の全ての黒幕であった事を知ってしまったユーリの言葉に、同じくそれを知ったばかりのフレンは口を閉ざす。

「ま、行きゃあ分かるさ。とりあえず、あの邪魔な騎士を片付けるか」

立ち塞がる騎士達を蹴散らして、一行は結界の近くに集まった。

リタの見立てによると、この封印は古代の技術によるものらしい。解除するのも強引に突破するのも難しいと聞いて、立ち往生する彼らの前にデュークが現れる。

「デューク……なんでここに」

「この地のエアルクレーネが急速に乱れつつある、私はそれを収めに来た」

「……収めにって、あんた具体的に何するつもりよ」

「エアルクレーネを鎮め、その原因を取り除く」

ジュディスはデュークに以前の自分を重ねながら、その考えを代弁。

「ハッキリ言ったらどう? エステルを殺すって」

「何だって!?」

「ったくどいつもこいつも、よってたかって小娘一人に背負い込ませやがって」

「暴走した満月の子を放置してはおけん」

「あんたもフェローと同じ石頭かよ。同じ人間同士、もう少し話が通じるかと思ったんだけどな」

「人間同士であることに意味など無い、一人の命は世界に優越しない」

「その世界ってのも、バラしゃ全部一人一人の命だろうが。いいか、あの馬鹿で世間知らずのお嬢様は、オレたちの仲間なんだよ。部外者はすっこんでろ!」

声を荒らげたユーリに、デュークは冷ややかな目を向ける。

「あの娘がどれほど危険な存在か、知った上で言っているのか?」

「知ろうが知るまいが、義をもって事を成せってのがウチのモットーなんでな。どうしてもってなら、悪いが相手になるぜ」

「……いいだろう。ならばフェローが認めたその覚悟のほど、見せてもらおう」

デュークはそう言って、ユーリの足元に剣を投げ渡した。
ユーリはその意図が分からず、転がってきたそれを不思議そうに見下ろす。

「宙の戒典だ。エアルを鎮める事が出来るのはその剣だけ。掲げて念じろ、そうすれば後は剣がやる」

「待てよデューク! 宙の戒典といや、行方知れずの皇帝の証の名だ。なんであんたがそれを持ってる? なんでそれがエアルを制御出来る? あんた一体何者だ?」

「その問いの答えを得ることが、今のお前たちの願いではあるまい。――行け、手遅れになる前に。始祖の隷長が背負う重荷、それがどれほどのものか身をもって知るがいい」

それだけ言って、デュークは去っていった。
ユーリは足元の剣を拾って、言われた通りに掲げてみせる。すると光の奔流が渦となって立ち昇り、結界が静かに消えた。

「失われた皇位継承の証……。帝位を巡る争いも、元はと言えばその剣が行方不明になったからだ。まさかあのデュークが盗み出したんだろうか」

「その剣、エステルと同じことをやってのけた。リゾマータの公式は既に一度確立されてた? でもそれならなんで失われたの? 魔導器が失われたように災厄と関係してる? どうしてそれが帝国の宝物に?」

「剣のことはあとで好きなだけ調べればいいさ、今はエステルを助けるのが先だ」

「ええ、急ぎましょ!」

障害物の無くなった通路を走り抜けて、ユーリ達は広い空間に出た。
部屋の中心には祭壇があり、そこに傷だらけの始祖の隷長とアレクセイ、光球の中に囚われたエステルが並んでいる。

「エステル、無事か!」

「また君達か、どこまでも分を弁えない連中だな」

宙に浮かび身動きが取れない様子のエステルは、それでも意識だけはハッキリしているようで、泣き腫らした目を仲間達に向けた。

「ユーリ! フレン! みんな!」

「エステル、今助けてあげる!」

「ふん、お前達に姫は救えぬ。救えるのはこの私だけ」

「ふざけろ!」

「道具は使われてこそ、その本懐を遂げるのだよ。世界の毒も正しく使えば、それは得難い福音となる」

アレクセイが聖核を掲げると、それに呼応するかの如く光球が煌めき、エステリーゼが悲鳴を上げる。

アレクセイを止めるために前に出たジュディスは、強制的に引き出されたエステリーゼの力によって吹き飛ばされた。近くに居た始祖の隷長も巻き込まれ、それがトドメとなり消えてしまう。

「ははは! なにが始祖の隷長か、なにが世界の支配者か!」

「やめろ! エステルを放せ!!」

ユーリの怒声も意に介さず、アレクセイは始祖の隷長が残した聖核を掌に乗せる。

「思ったより小ぶりだな、まあ使い道はいくらでもある」

「そんな……」

「アレクセイ!!」

「そうだ、せっかく来たのだ、諸君も洗礼を受けるがいい、姫が手ずから刺激したエアルのな」

再びエステリーゼの力が吹き荒れて、仲間達を傷付けていく。
だがユーリは、宙の戒典の力でそれを打ち消した。

「なんだと? なぜ貴様がその剣を持っている? デュークはどうした?」

「あいつならこの剣寄越してどっか行っちまったぜ、てめえなんぞに用は無いそうだ」

「……皮肉なものだな。長年追い求めたものが、不要になった途端転がり込んでくるとは。そう、満月の子と聖核、それに我が知識があれば、最早宙の戒典など不要」

「なに寝言言ってやがる、つべこべ言わずエステル返しな」

「ふん、姫がそれを望まれるかな?」

そんなの当然だ。皆はそう思ってエステリーゼを見たが、当の本人は黙って俯くだけ。

「エステル!?」

「……わからない」

「何言ってるんだよ!」

「一緒に居たらわたし、皆を傷つけてしまう。でも……一緒に居たい! わたし、どうしたらいいのかわからない!」

「四の五の言うな! 来い、エステル! わかんねぇ事はみんなで考えりゃいいんだ!」

弱気になるエステリーゼを救い出そうと皆は駆け寄ったが、彼女の意志を離れて暴走する彼女の力によって、三度吹き飛ばされてしまう。

「もう……イヤ……」

「いかんな、ローウェル君。ご婦人のエスコートとしては些か強引過ぎやしないかね、紳士的ではないな」

「生憎どこかの騎士様と違って、オレは紳士と無縁の下町育ちでな。……そういや、その護衛騎士はどうしたよ?」

「護衛騎士? ああ、アルノルドか。あれなら既に処分した。団長の命令に従わぬ騎士など邪魔にしかならんのでな」

「しょ、処分ってなにさ!?」

「そのままの意味だが、悔しく知りたければ姫に聞くといい」

「あ……ああ……!」

頭を抱えて震え出すエステリーゼの反応に、彼女が見たのであろう光景を想像したユーリは歯を食いしばった。

「今となってはその剣も邪魔以外の何物でもない、ここで消えてもらう」

「待て、アレクセイ!」

「あんた達、そこをどきなさい!」

その場から退場したアレクセイ達と入れ替わる形で、再び親衛隊が一行の行く手を阻む。
そしてアレクセイ達の姿が完全に見えなくなると、親衛隊達は後からやってきた男に敬礼して、後は任せたと言わんばかりに速やかに立ち去った。

親衛隊とは違う橙色の団服を着た男は、黒い髪の隙間から覗く瞳をユーリ達に向ける。この場に居る何人かは、その姿に見覚えがあった。

「シュヴァーン隊長……!」

「いつも部下に任せきりで顔見せなかったクセに、どういう風の吹き回しだ?」

その男、シュヴァーンは、その問いに答えることも動くこともせずにじっとしていたが、いつも静かなラピードが彼に向かって吠え始めた事で、やっとその口を開く。

「……やはり犬の鼻はごまかせんか」

「!?」

今度は皆が反応した。シュヴァーンを知らないパティ達も含め、その声は聞いたことがある。

「……この声……まさか……レイヴン?」

「はえ? おっさん!? どういうことじゃ!?」

「冗談……って訳じゃなさそうね」

「ギルドユニオンの幹部が、騎士団の隊長!?」

「初めて会った時、まさかとは思ったが……」

「成程な、そういう事かよ」

皆がそれぞれに驚きを口にして、最後にユーリが吐き捨てるように言った。納得と共に、ミョルゾで立てた最悪の予想が的中した事を彼は理解する。
アルノルドが処分された上で、シュヴァーンが無事で居るという事は、彼がアレクセイの側に付いたという事に他ならない。

「そんな! だってドンは……ねえレイヴン!」

「騎士団長だけでなく貴方まで……何故です!」

動揺を隠せない仲間達とは裏腹に、シュヴァーンは眉ひとつ動かさず淡々と告げる。

「俺の任務はお前達とお喋りする事では無い」

「レイヴン……!」

「……こっちは急いでんだ、通してくんねぇか。それとも本気でやり合うつもりか?」

ユーリのその問いに、シュヴァーンは鞘から剣を抜く事で答えた。

「バッカ野郎が!!」

吼えながら、ユーリも剣を抜いた。仲間達も、各々の武器を手に取る。
悲しみと絶望で満ち満ちた部屋に、シュヴァーンの声が響いた。

「帝国騎士団隊長首席、シュヴァーン・オルトレイン……参る」
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