09.愁雲、血涙の雨
戦いを望む者など誰も居なかった。それでも、戦いの火蓋は切って落とされる。ユーリ達の前ではいつも弓を手に戦っていた男が、今はシュヴァーンに与えられた剣を振り回していた。
レイヴンの動きを覚えている者は居ても、隊長首席と斬り結んだ事のある者はこの場にはいない。故にユーリ達は苦戦を強いられていた。
「いつもこの調子でやってくれよ!」
「いつもとは、どのいつもの事だ!?」
ユーリの剣を躱し、シュヴァーンは瞬きの内に彼の背後に回った。あまりの速さに目が追いつかないユーリを、フレンがカバーする。
「隊長……貴方と戦う日が来るなんて……」
「君と戦う機会が出来て、俺は嬉しい」
剣を受け止めたフレンが力に押し負けて吹き飛ばされると同時に、カロルが前に出て大剣を振るった。
「ボク、レイヴンのこと好きだったんだよ!」
「……残念だったな、ここにその本人が居なくて」
地面をも砕くカロルの一撃を軽い身のこなしで避けて、シュヴァーンは舞うように連撃を叩き込む。圧されるカロルとシュヴァーンの間を割くように、足元の地面がせり上がった。
「絶対に許さないわ……許してたまるか……」
「敵対する者に……許されるつもりは無い!」
カロルを蹴り飛ばして術者であるリタに迫ったシュヴァーンの一撃を、ジュディスの槍が弾く。
「あなたと戦わなきゃいけないなんて、とても悲しい宿命ね」
「俺も悲しい。貴女のような美しい方と戦わなければいけないとは」
互いの武器を叩き付け合う二人、そこにラピードとパティが加わる。
「ウチらのことが嫌いになったのか……?」
「好きも嫌いもない、俺は命令に従うまで」
一度全員と距離を取ったシュヴァーンは、レイヴンとは違う簡潔な詠唱で魔術を行使した。風の刃が一行の身体を容赦なく切り刻む。
痛い。痛い。痛い。
誰もがそう感じていた。その痛みは何も怪我のせいだけでは無い。
一人、また一人と脱落していく仲間達。だがユーリだけは、向かい風の中を進んで剣を振りかぶる。
それを見たシュヴァーンは、その攻撃を往なそうとして――やめた。
一閃。ユーリの攻撃が、シュヴァーンを切り裂いた。
突然相手が防御を解いた事への驚きと、自分の剣が相手を殺してしまう予感に動きを止めたユーリは、裂けた服の下から現れた赤い光に目を見張る。
「なっ!?」
「ふ……今の一撃でもまだ死なないとは……因果な体だ……」
自嘲気味に言って、シュヴァーンは全身の力を抜いた。
決着がついたのだと悟った仲間達も、二人の傍に駆け寄る。
「な、なによそれ……魔導器……? 胸に埋め込んであるの!?」
「……心臓ね。魔導器が代わりを果たしてる」
「……自前のは十年前に失くした」
「十年前って……人魔戦争?」
「あの戦争で俺は死んだ筈だった。だが、アレクセイがこれで生き返らせた」
口振りからして、シュヴァーンはそれを望んでいなかったのだろう。
テムザでレイヴンが冗談めかして言った台詞は彼の心からの叫びだったのだと、皆は思い知る。
「あの男、そんなことまでしとったのか……」
「なら、それもヘルメス式ということ? なぜバウルは気付かなかったの……?」
「多分、こいつがエアルの代わりに、俺の生命力で動いているからだろう」
「……生命力で動く魔導器……そんな……」
と、その瞬間、不意に建物が鳴動した。
爆発音と共に地震のような揺れが幾度も部屋を襲い、落ちてきた瓦礫によって出口が塞がれてしまう。
「何!?」
「……アレクセイだな、生き埋めにするつもりだ」
「馬鹿な、貴方が居るのに」
「今や不要になったその剣さえ始末出来ればいい、そういう事だろう」
「それでエステル使ってデュークを誘き寄せたって訳か、つくづくえげつない野郎だぜ」
それなら早く逃げなければと慌てふためく一行とは違い、落ち着いた様子のシュヴァーンはその場に腰を下ろした。
「ちょっとおっさん! なんでそんなに落ち着いてんのよ!」
「俺にとっては、漸く訪れた終わりだ」
「初めから……ここを生きて出るつもりが無かったのね」
「シュヴァーン隊長……」
その胸中を思えばこそ何も言えなかったフレンや皆に代わって、ユーリが項垂れるシュヴァーンの肩を掴む。
「一人で勝手に終わった気になってんじゃねぇ! オレたちとの旅が全部芝居だったとしてもだ。ドンが死んだ時の怒り、あれも演技だったってのか?」
――ドン・ホワイトホースが死んだ時にも、貴方は何も感じなかったんですか?
ユーリの声に重なって、誰かの声が聞こえる。
これは誰の言葉だったか。シュヴァーンは意識の外に追いやった記憶を手繰る。
「最後までケツ持つのがギルド流……ドンの意志じゃねぇのか!」
――天を射る矢のレイヴンさんとしては、他にやるべき事があるのでは無いのですか?
ユーリとは違う、けれどどこか似たところがある男の言葉。
拒絶し、向き合う事をせずに逃げてしまった男の言葉。シュヴァーンが、レイヴンが、"彼が"知っている一人の男の言葉。
「最後までしゃんと生きやがれ!!」
ユーリの叫びが、絶えず響いてくる爆発音と共に部屋に響いた。
シュヴァーンはフッと笑って、ぽつりと呟く。
「……ホント、容赦ないあんちゃんだねぇ」
そう言って、"彼"は弓に矢を番えた。なけなしの力を振り絞り、出口に向けて放つ。
道を塞いでいた瓦礫はそれによって破壊されたが、同時に部屋の天井が崩れ落ちてきた。
「危ない!」
「くっ、間に合わねぇ!」
轟音と共に土煙が上がった。死を覚悟して目を瞑っていた一行は、恐る恐る瞼を上げる。
天井はすぐそこにあった。が、誰一人として潰されてはいなかった。
煙の奥で眩く光る魔導器を見て、皆がハッとする。
「レイヴン!?」
落ちてきた天井を、額から血を流すシュヴァーンが懸命に支えていた。そのお陰で、ギリギリ出口も塞がれずに済んでいる。
「ちょっと! 生命力の落ちてるあんたが今魔導器でそんな事したら!」
「長くは保たない……早く脱出しろ」
言外に「自分を置いていけ」という意味を含んだその発言と行動に、すぐに従える者は居なかった。
泣きそうになっている一行にレイヴンのような顔を向けて、シュヴァーンは更に付け加える。
「アレクセイは帝都に向かった、そこで計画を最終段階に進めるつもりだ。あとは……お前達次第だ」
「レイヴン! レイヴン!!」
「……行くぞ、カロル」
ユーリは一人立ち上がり、シュヴァーンに背を向けて歩き出した。
堪えきれず涙を流し出したカロルは、二人の間で視線を彷徨わせる。
「でも!」
「行くんだ!!」
強く、怒鳴るようなユーリの声は僅かに震えていた。
それを聞いて、仲間達は断腸の思いで出口に向かって走り出す。それでも決断出来ずにいたカロルに、シュヴァーンは優しく微笑んで頷いた。
ラピード、ジュディス、リタ、パティ、フレン、カロル、ユーリ。
順に遠ざかっていく仲間達の背を見送って、シュヴァーンは目を閉じる。
「ふっ、ガラにもなかったか、な……」
限界に達して、シュヴァーンは膝を折る。
支えを失くした天井が、周囲の壁や柱を巻き込んで部屋を押し潰した。