09.愁雲、血涙の雨

間一髪。無事に倒壊する部屋から脱出出来たユーリ達は、今出てきたばかりの部屋を振り返った。

そこにもう部屋と呼べるものは無く、無数の瓦礫が堆く積もっているだけ。

「うぅぅ……レイヴン……」

「バカよ……やっぱり仲間だったんじゃない……、バカ……バカ……」

「なんでじゃ……なんでこんな……」

満月の子の真実からこっち、度重なる悲劇の連続に、一行の精神ももう限界だった。
歩みを止めてしまう皆を、ユーリが叱りつける。

「ぐずぐずすんな! エステルを助けるんだろうが! とっとと走れ!」

フレンは泣き崩れているカロルを助け起こし、ラピードと共に皆を先導し始めた。殿を務めるユーリに、その心を慮ったジュディスが声を掛ける。

「損な役回りね、ユーリ」

「……別に。実際ぐずぐすしてられねぇだろ」

爆発は治まったようだが、脆くなった神殿はまたいつ崩れ始めるかわからない。
駆け足で地上まで引き返した一行は、陽の下に出て漸く一息ついた。

「ヘラクレスがいない……」

「レイヴンの言った通り、ザーフィアスに向かったんだろうな」

「ゆ、ユーリ・ローウェル!? 何故ここに居る!? それにフレン殿も!?」

素っ頓狂な声を上げたのは、いつの間にやらここへ来ていたらしいシュヴァーン隊のルブランだった。その両脇には、彼の部下であるボッコスとアデコールが控えている。

「ルブラン!? それに、デコとボコもか」

「デコと言うなであ〜る!」

「ボコじゃないのだ!」

「ばかも〜ん! そんなこと言っている場合か! ――丁度良かった、フレン殿、我らがシュヴァーン隊長を見ませんでしたかな? 単身騎士団長閣下と共に行動されたきり、まるで連絡がつかんのです」

その問いに、フレンは悲痛な顔で押し黙ってしまった。
せっかく泣き止んたカロルの眦に、再び涙が溜まり始める。

「どうも最近の団長閣下は何をお考えなのか……親衛隊は何も教えてくれんし、アルノルドにも繋がらん。あちこちあたってみて、やっとここまで来たんでありますが……」

一行の様子に気付いていないらしいルブランが、それ以上知らずと皆の心を傷つける前に、ユーリが口を開いた。

「アレクセイは帝都に向かった、ヘラクレスでな」

「なんと、入れ違いか!? それでシュヴァーン隊長は……」

「レ……シュヴァーンは、ボクたちを助けてくれたんだ」

「おお、そうか! で、今はヘラクレスか?」

「……神殿の中よ、一番奥」

神殿から轟音が鳴り響いた。建物が崩れ落ちるその音とジュディスの言葉に、シュヴァーンを敬愛する三人の顔がみるみ青ざめていく。

「え……?」

「ちょ……お……」

「……まさか、おい、そうなのか。そんな! どういう事なんです、フレン殿、答えて下さい、フレン殿!!」

「アレクセイのせいで、あたし達死にそうになったのよ! それを助けてくれたのが、あんたらのシュヴァーンよ!」

「あの人は……本当の騎士だった」

「アレクセイは帝国にも内緒でなんかヤバい事をしようとしているらしい、オレ達はそれを止めに行く。あんたらも騎士の端くれなら、頼むから邪魔しないでくれ」

「そんな……なにがどうして……」

呆然とするルブラン達を置いて、ユーリ達はヘラクレスを追うべく空飛ぶ船へと戻った。
傷心しているのはユーリ達も同じ。慰めや励ましの言葉などかけられる筈もないし、そんな言葉で片付けていいものでもない。

「レイヴン……」

「……シュヴァーン隊長はずっと、騎士団長の懐刀と言われてきた。騎士団でもその姿を見ることは滅多に無かったし、その任務は極秘のものばかりという噂だった」

「レイヴンとして活動していたからだったんだな」

「その懐刀すら、アレクセイは捨て駒にしたのね」

「魚が腐ったような奴じゃの、アレクセイ」

「……ねぇ、アレクセイはああ言ってたけど、アルは無事だよね? あんなに強いんだもん、死んじゃったりしてないよね……?」

「……エステルを見捨ててさっさと逃げたんなら、助かってるでしょうね。でもあいつは……あいつがそんな簡単にエステルの傍を離れるとは思えない」

「おっさんもエステルも大きな怪我はして無かった。だからミョルゾで見たあの血は、多分あいつのだろ。きっとエステルを連れて行こうとするおっさんに抵抗して、斬られたんだ」

「いくらアルノルド隊長でも、手負いの身でアレクセイに勝てるとは……」

これ以上ない程に、船上の空気は重くなった。
それを無理矢理吹き飛ばそうと、リタが声を張り上げる。

「なんでもいいわ。今はエステルを助けるのが先、いいわね!?」

「ああ」

「勿論だ」

そんな一行を乗せた船を連れて、バウルは空の海を帝都目指して泳いで行った。
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