0.いつかの彼の話

次に目を開いた時、アルノルドの瞳には見知らぬ部屋の天井が写った。

炎の中に居た事がまるで悪い夢だったかのように思えたが、僅かに首を動かしただけで激痛が走って、ああ夢ではなかったのだと思い知らされる。

全身痛みと倦怠感で起き上がる気にはなれないので、とりあえず最低限の動きで自分の置かれた状況を確認してみると、どうやらベッドに寝かされているようだった。身体のあちこちに包帯が巻かれているのを見て、自分は誰かに助けられたらしい事を理解し少しだけ安堵する。

だがそれも束の間、すぐに両親の存在を思い出して青冷めた。

(そうだ……父さんと母さんは……テムザはどうなったんだ……!?)

寝ている場合では無いと無理矢理体を起こすと、静かだった部屋にガシャン、という音が響いた。

見れば、部屋の入口に人が立っていた。その足元には替えの包帯や薬がトレーごと散乱してしまっている。
一方、それを持ってきたと思しき人物は、こちらを見て数秒間固まった後、

「だ……っ、団長! アレクセイ騎士団長閣下!」

と叫びながら、慌ただしく去っていった。
何なんだと疑問符を飛ばしているうちに、遠ざかっていった足音が再び戻ってくる。だが、部屋に入ってきたのは先程の人物ではなかった。

「良かった、目を覚ましたのだな……! ああ、だがまだ安静にしていたまえ」

赤いマントの付いた鎧を身にまとった壮年の男性は、アルノルドを見て破顔しながらそう言って、上体を起こしていたアルノルドの体をベッドに押し戻した。

「……誰だか知らないが、あんたが俺を助けてくれたのか?」

「ああ、一人で舞い上がってしまってすまない。私は帝国騎士団団長、アレクセイ・ディノアだ。君の名も聞かせて貰えるだろうか」

帝国騎士団団長? そんな奴がどうして俺を助ける? 何故あの場に?
噴出した疑問を一旦追いやって、アルノルドは答える。

「アルノルド・ブランディーノ」

「……聞いた事の無い名だ、やはり騎士団や評議会の人間では無いな。見たところクリティア族でもない様だが……何故あの場に?」

「何故って……俺は彼処に住んでるから……、それより此処は? 何がどうなってるんだ」

クリティア族しか居ない筈のあの地に、人間が住んで居た事が腑に落ちないのだろう、アレクセイは顎に手をやって神妙な顔をしながら答える。

「……此処は帝国騎士団の宿舎だ。何があったのかについては私の方が聞きたいのだが……。私はテムザに派遣していた騎士達から救援要請を受けてあの地に向かったのだが、辿り着いた時には既に手遅れだった」

「手遅れって……、何だよそれ、テムザはどうなったんだ?」

口に出してから、相手の悲痛な表情を見て、ああ聞かなければ良かったと思った。

「テムザは滅んだ。今あの地は何も無い荒野だ。私が見つけられたのは、部下達と魔物の死体だけ……、だからこそ、君を見つけた時は驚いた。あれだけの惨状の中で君が生き残っていたのは奇跡だ」

「…………」

「此度の件で我が騎士団も壊滅的な打撃を受けた、急ぎ立て直さねばならん。だが、隊を再編しようにも人手が足りん。見たところ君は民間人の様だが、状況が状況だ、出来るのなら今後騎士として――」

「父さんと母さんは?」

アレクセイの言葉は耳に入って来なかった。震える声で何とかそれだけ尋ねると、アレクセイは一度口を閉ざして首を振る。

「……私が見つけられた生存者は君を含めて3人だけ、うち2人は騎士だ。他は辛うじて人だったと分かる程度の死体があっただけで……」

「嘘だ。そんな、そんな筈無い。だって俺は、俺達は、さっきまで普通に……」

うわ言のように呟くアルノルドに、今はまともな話が出来ないと悟ったアレクセイは、

「一先ず今はゆっくり休むといい、続きはその傷が癒えてからにしよう」

と言って踵を返した。
閉じた扉の音も、遠ざかる足音も、アルノルドの耳には入ってこない。

両親が居なくなったという実感がない、故郷が無くなった事も、今自分が帝都に居る事も、今の相手が騎士団長だという事も、全て遠い何処かの誰か知らない人の話のように現実味が無い。

それでも、身体に巻かれた包帯が、自分を取り囲む小綺麗な部屋が、それらが全て現実の事なのだと主張していた。






「君はエアルの影響を受けにくいのだな」

体に巻かれていた包帯が解かれ、漸く己が全てを失ったのだと言うことを頭が受け入れ始めた頃。

暇という訳でも無いだろうに、何故か頻繁に見舞いにやってくるアレクセイにそう言われ、ベッドの上に腰掛けているアルノルドは首を傾げた。

「君の治療にあたった治癒術師によれば、他に比べて術の効きが悪いそうだ。テムザに居てそれだけの怪我で済んだのは、その体質のせいだと考えれば納得も行く」

「……そう言えば、テムザのあれは結局何だったんですか。何が原因であんな事に……」

「覚えていないのか?」

覚えているも何も、寝て起きたらああなっていたのだから知る由もない。
説明してくれたアレクセイ曰く、あれは魔物の仕業だったらしい。実際にその姿を見ていないアルノルドは信じられないと否定した。

「魔物にあんな事が出来る筈が無いでしょう、土地ひとつ無くなったんですよ? それに俺はテムザがああなる直前に、騎士団が兵装魔導器を使って魔物を殲滅していた事を知っています。……あの惨劇は、兵装魔導器の暴走だったんじゃ無いんですか? 貴方達はそれを揉み消すために、居もしない魔物をでっち上げて――!!」

言っているうちにそれが真実に思えてきて、アルノルドは衝動を抑えきれずにアレクセイに掴みかかった。

「何が魔物の仕業だ、あんたらはその魔物を退治する為に来たんじゃ無かったのかよ!? 街の人を巻き込んでまで兵装魔導器なんて使って騒がせておいて、挙句の果てにテムザはもう無いって、どの口が言ってるんだよ!!」

腹から叫んだせいで、まだ治りきっていない傷口が痛んだ。その痛みのせいか、はたまた憤りや悲しみのせいか、顔を歪めて肩を震わせるアルノルドを、アレクセイはじっと見つめる。

「……耳が痛いな。確かに我々の目的は、かの地にあった施設を魔物から護る事だった。それが施設どころか、未来ある数多の人々の命を奪うことになった。それについては幾らでも咎めてくれていい。だが信じてくれ、君の家族を、私の希望たる騎士達を惨たらしく殺したのは兵装魔導器では無いのだ」

アレクセイは己の襟首を掴むアルノルドの手を握り、そっと下ろさせた。

「テムザを襲ったのは普通の魔物では無かった。あんなものが居るとは我々も予想して居なかったのだ。知っていれば、彼らだけを向かわせはしなかった。もっと早くに気付けていれば……多くを喪うことも……」

その声色には悔恨の念が滲んでいた。彼を責め立てる為に喉元までせり上がっていた言葉を、アルノルドは口に出すことが出来ずに俯く。

「……だからこそ、遺された我々は彼らの無念を晴らさなければならない。彼らの意志を継ぎ、騎士団の未来を拓かねばならない。ここで絶望し、道を閉ざす訳にはいかぬのだ。そんな事になれば、彼らの死が無駄になる」

下ろさせたアルノルドの手を、アレクセイは強く握り締めた。真っ直ぐに見つめてくるその双眸には、揺るぎない信念のようなものが宿っている気がした。

「故に私は早急に騎士団を立て直さなければならない。今は1人でも多くの同志が必要なのだ。だからどうか、私に君の力を貸して欲しい」

正直、騎士団がどうなろうが、アルノルドにとってはどうでもよかった。
だがたった一つ、彼の言葉には頷けるものがあった。

"彼らの無念を晴らさなければならない"

アルノルドはアレクセイの手を握り返して微笑んだ。アレクセイは「わかってくれたか」と安堵と喜びの入り交じった顔でそれを受け入れる。

その時、アルノルドの思考は、騎士団の再起を目指すアレクセイと同じだけの熱量を持つ、しかしそれとは全く別の感情が渦巻いていた。

俺から全てを奪った憎き存在に報復を。
それが未知の魔物であれ、騎士団であれ。いずれ必ずこの手で殺してやる。

この時はその意思だけが、彼の生きる原動力となっていた。
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