0.いつかの彼の話

結局、シュヴァーンとの手合わせはそれきりで、アルノルドはそれ以降、彼の姿を見かけることすら無かった。

聞けば騎士団長の密命やら任務やらで忙しなく各地を飛び回っているらしい。よってシュヴァーンが居ない間はこれまでと同じように他の騎士に稽古を付けてもらっていた。

だが、一度シュヴァーンの相手をしたアルノルドにとって、他の騎士の剣戟は子供のお遊戯のようにしか見えなくなってしまっていた。そんな事に時間を費やすのが馬鹿らしくなって、アルノルドはいつしか一人で剣を振り回すようになった。

たまにその姿を見かけては声を掛けるアレクセイや、相変わらず彼の世話係を任されているルブラン以外は、彼の傍に寄り付こうとはしなかった。その様は見るものが見れば高慢に写ったらしく、アルノルドはそういった一部の騎士から程度の低い嫌がらせを受けるようにもなっていった。

だがアルノルドの意識はそれよりも、この場にいないシュヴァーンに向けられていた。
アルノルドは事ここにいたって、シュヴァーンが英雄であるという話を信じ始めていた。何せあの強さだ、未曾有の魔物を倒せたとて不思議ではない。

だとすれば、一応自分は彼に命を助けられた事になるのだろうか。
そう考えると、無愛想で何を考えているのかもわからないシュヴァーンにも、僅かながらに好感を抱ける気がした。

(……でも、あの人は俺を嫌ってる)

カサブタになった耳の裂傷を指でなぞりながら、アルノルドは彼と斬り結んだ時の事を思い返す。

あの時、彼を駆り立てた感情は何だったのだろう。
どうして、それが自分に向けられていたのだろう。

多くの人々の間では、英雄シュヴァーン・オルトレインは寡黙で何事にも動じないクールな人間だと思われているらしい。一方で騎士団に属する彼が褒めそやされるのを良しとしない評議会の人間には、人の感情を持たない兵器だと揶揄されている様だ。

だがアルノルドには、そのどちらとも思えなかった。

それらの評価が間違っていると言いたい訳では無い。実際、普段のシュヴァーンはその噂通りの人物だと思う。
だがそれが彼の全てでは無く、表層に浮き出ているそれらの顔の奥に、自分たちと変わらない人間らしい感情が隠れているような気がした。

それはその片鱗を見た事によって生じた純粋な興味だったが、その好奇心は日増しに募り、やがては彼に殺されかけたという恐怖を凌駕した。

(もう一度、あの人と打ち合いたい)

アルノルドは、いつしかそう思うようになっていた。






更に月日は流れ、アルノルドは以前にも言われていた通り、新たに組織されたシュヴァーン隊の一員となった。

とは言え肝心の隊長は相変わらず騎士団本部には殆ど姿を見せなかったが、アルノルドはシュヴァーンが本部に居るその僅かな時間に、何度も彼を訪ねては指導という名の手合わせを頼み込んだ。

アレクセイにアルノルドの指導を任されている手前、断ることも出来ないシュヴァーンは、本人も無自覚のうちにそれを嫌だと思いつつも、アルノルドと何度も剣を交えた。シュヴァーンはその度に発露しそうになる感情に苦しめられたが、その甲斐あってアルノルドはめきめきと剣の腕を上げていった。

アルノルドが強くなり、活躍する機会が増える程に、他の騎士達は羨望やら嫉妬やらの感情を膨らませていった。目立ち具合で言えばシュヴァーンの方が遥かに上だったが、周囲は騎士団本部に殆ど居ないシュヴァーンよりも、常駐しているアルノルドにこそその感情をぶつけた。

そんな中でも、アルノルドを対等な同僚として見てくれる騎士も僅かながらに存在した。
ルブランをはじめ、同じシュヴァーン隊に配属されたボッコスとアデコール、アレクセイの補佐官達などはその筆頭だった。

「実力がある奴はやっかまれて大変だなぁ、大丈夫か?」

帝都の一角にある酒場で、補佐官の一人であるクオマレという名の騎士が、料理を口に運びながらそう呟く。

「俺は別に気にしてない、興味も無い」

「そういう態度が余計に鼻につくんじゃないかな? もう少し愛想良くしてみたら?」

同じく補佐官のリアゴンが、グラスに入った氷を酒に溶かしながら言った。
同じテーブルを囲んでいる彼の仲間達も、それを聞いてうんうんと頷く。

「無名の平民騎士が貴族そっちのけであちこちで功績を上げてるだけでも悪目立ちしてるのに、シュヴァーン隊長に個別指導を受けるわ、アレクセイ閣下に気に入られてるわ、そりゃあ反感も買うよ。本人はそれに萎縮するどころか平然としてるんじゃあ余計にね」

「でも、別に俺は間違った事はしてない」

「だからこそだよ。お前は完璧過ぎるんだ、お前を妬んでる奴らはそういう姿に劣等感を抱いて、それを解消する為にお前につまらない嫌がらせをしてるんだからな」

「……人付き合いって面倒だな。故郷に居た頃は楽で良かったのに」

懐かしむようにどこか遠くを見るアルノルドに、事情を知る一同は慰めるように優しくその肩や背を叩く。

「俺達も面倒か?」

「まさか、それは例外。皆と居るのは楽しいよ。俺と居たら色々言われるだろうに、仲良くしてくれて感謝してる」

「その素直さと可愛げを他の奴らにも少しは見せられればなぁ」

「嫌がらせをするようなつまらない奴らには、アルノルドのこういう面は見せたくない気もするけどな。友人の特権みたいなもんだし」

「確かに。でも閣下やシュヴァーン隊長と親しくしてるのは、正直俺も羨ましいと思う時がある」

「おっと、嫌がらせ予備軍が居るぞ」

「誰がそんな恥ずかしい真似するか!」

「まあとにかく、騎士団で上手くやっていくには、そういう処世術も身につけた方がいいって話だよ。今後昇進すればもっと敵は増えるだろうからね」

「昇進の話なんて来てないぞ?」

「そのうち来るだろ。閣下がお前をそのままにしておく筈が無い」

「うーん……、まあ本当に必要になったら、その時に覚えるよ」

世渡りの仕方なんかはルブランさんが得意だろうなぁ、今度聞いてみるか。そんな事も知らんのか! これだからお前は! とかネチネチ言われるだろうけど。
アルノルドは仲間達の賑やかな話し声と美味しい料理に幸せを感じながら、その姿を想像して微笑した。

人魔戦争で負った心の傷は、そんな日々のお陰で殆ど癒えかけていた。かつて炎の海の中で感じた孤独感はなりを潜め、アルノルドは決して多くはない、けれど心強い仲間達に囲まれながら、騎士として与えられる任務を着実にこなしていった。

騎士としての暮らしは、既に復讐の為の土台というだけでは無くなっていた。人々の為に働き、その分だけ感謝される騎士の仕事そのものを、アルノルドは好きになっていった。
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