0.いつかの彼の話
その日は、生憎の曇り空だった。「シュヴァーン隊長、次はいつ帰ってくるんですかね」
騎士団本部の一室で、不在の隊長に代わって処理すべき雑務を片付けていたアルノルドは、今にも降り出しそうな暗雲を窓越しに眺めながら、同じ作業に従事しているルブランに尋ねた。
「お忙しい方だからな、まだ数日はかかるだろう。戻っていらした時に少しでも休んで頂けるよう、この書類の山を減らしておかねば。――そこ! 手が止まっとるぞ!」
随分とやつれて机に突っ伏しているボッコスとアデコールに、ルブランが喝を飛ばす。
アルノルドは手元の書類に必要な記入を終えると、紙束から新しい書類を抜いて再びペンを走らせた。
「お二人は何でそんなに憔悴してるんですか?」
「下町に厄介な小悪党が居るのであ〜る!」
「おのれユーリ・ローウェル……次こそは牢にぶち込んでやるのだ……」
ブツブツと何やら恨み言を吐いている同僚に首を捻りつつ、まあ下町の小悪党――聞くところによるとただの悪童――ならそれほど大したものでも無いのだろうと結論付けて、適当に「お疲れ様です」とだけ返す。
丁度そこで正午を告げる鐘が響き、ルブランの号令で皆は書類とにらめっこする時間から解放された。
アルノルドは午後からは別の任務があるので残りはルブラン達に任せ、昼食を取りに先んじて部屋を出る。
そう言えば、クオマレ達はまだ仕事中だろうか。せっかくなら一緒に昼食でもどうかと誘いに、彼らが詰めているであろう騎士団本部の執務室の戸を叩いた。
「あれ、アルノルドじゃないか。どうしたんだ?」
扉を開けてくれたのはアレクセイの補佐官の一人であるドレムだった。その奥にはクオマレ、リアゴン、シムンデル等いつもの顔ぶれが揃っている。
「いや、今から昼食べに行くんだけど、まだだったら一緒に行けないかなって」
「ああ、それならあと少しで一段落付きそうだから、少しだけ待ってくれるか?」
見れば、皆は先程までのシュヴァーン隊と同様に書類と格闘しているところらしかった。
どこも同じかと苦笑しつつ、「なら手伝うよ」と言って空いた椅子に腰掛ける。
「アレクセイ団長も今日は不在なのか?」
「"も"って事はシュヴァーン隊長もか。閣下は今日は会議に出席なさる予定でな、今はそのお客人を直々に出迎えに行かれてるんだ」
「へぇ、余程の上客なんだな」
「と言うより、早く調査の報告を聞きたいって感じだったよ。なんでもすごい発見があったとかで」
「調査? 発見?」
「多分あれだろ、例の古代文明に絡んだ研究。閣下の趣味みたいなもんだよ、随分熱心に取り組んでいらっしゃるみたいだ」
「ここの所予算案の話なんかで大変そうでしたから、気晴らしもあるんじゃないですかね」
「実際あれだけ揉めていたのに、よくまあ承認されたもんだと思うよ。閣下は何も仰らないが、裏で相当な駆け引きがあった筈だ」
「審議の様子は凄かったらしいね」
「いや毎回毎回、酷いものだった。居合わせなくて正解さ。アレクセイ閣下はよく耐えられるもんだと思うよ」
それに毎度付き添っていたのだろう、リアゴンがげんなりした様子で言った。
曰く、アレクセイの成そうとしている改革――身分に拘りなく、帝都を守り導く者として在るべき姿を取り戻す事――は、貴族という身分に依存した評議会の重鎮達にとっては、自分達の価値を下げる行為にしか見えていないのだろう、との事だった。
「でも、ここに居る皆はそうは思ってないんだろ?」
「当然。だからこそ俺達は閣下に着いて来たんだ。長く続いてきた慣習を変えるのはそう簡単では無いだろうし、時間もかかる。けれど閣下の頑張りのお陰で、今の帝都は少しずつ変わってきているんだ。せっかく生まれつつある流れを止めないようにしなきゃな、我々の手で」
ドレムの言葉に、若き補佐官達は頷きあった。
アルノルドにはその光景がとても眩しく、好ましく写った。アレクセイやシュヴァーン隊にも言えることだが、足の引っ張り合いに精を出すばかりの多くの騎士や評議会員達の中で、正しく「騎士たらん」とする彼らはとても貴重な存在だと思う。そんな彼らとこうして共に居られている自分はとても幸運なのだとも。
自分もそうあろうと改めて思いつつ、終わったー! と伸びをする皆を労いながら席を立ったアルノルドは、ふと部屋の片隅に置かれている木箱に目を留めた。
「これは?」
「発掘された魔導器って荷札には書いてあるけどね」
調べると確かにその通り記載されていたが、何かと規制の多い魔導器を騎士団本部に持ち込む事はそうあることでは無い筈だ。
補佐官の間ではよくある話なのかと尋ねると、皆は揃って首を振るった。
「まあ任務の傍ら魔導器を探す事はよくあるけれどね、流石に持ち帰ってくる事は滅多に無いよ」
「これ誰が持ってきたんだ?」
「僕が来た時にはもうあった」
「私もてっきり、君らの誰かが受け取ったものだと」
「おいおい、ここに居る全員が知らないなんて事が――」
あーだこーだと言い合う皆を後目に、座り込んでじっと木箱を眺めるアルノルドにリアゴンが「どうした?」と歩み寄る。
「……持ち込まれるとすれば発掘品なんだよな?」
「そうだぞ? でなきゃこんな所にある筈が無い」
「発掘品って事はもう動いてないんだよな?」
「当然だな」
「でもなんか、この中から動いてる音が――」
アルノルドはその言葉を最後まで言い切る事が出来なかった。