0.いつかの彼の話

木箱から突然光が溢れた。同時に、部屋に突風が吹き荒れる。

内圧で木箱は割れ、アルノルド達は四方八方の壁に叩きつけられた。仕上がったばかりの書類は宙を巻い、ひっくり返ったインク瓶から溢れた液が床を汚し、整然としていた部屋の中はどんどんと散らかっていく。

「な……、なんだ、何が起こった!?」

強風に煽られながらシムンデルが叫んだ。誰もそれには答えられないまま、吹き付ける風の出処となっている部屋の中央を見る。

そこにあったのは、恐らく木箱の中に収められていたのであろう魔導器だった。見たことの無い形状をしていたが、煌々と光を放ちながら駆動するそれはとても発掘品とは思えない。

「くそっ、どうなってる!?」

「とりあえずあの魔導器を何とかしないと……!」

とは言うものの、突風に煽られて近づくことすらままならない。
対策を練るべく一旦外に出ると、そこには異様な光景が広がっていた。

まるで街の中と外を隔てる結界のような半透明の壁が、本来無いはずの場所に現れていた。地面から上に向かって伸びるそれを目で辿れば、騎士団本部の敷地を覆う巨大な魔法陣が頭上に展開しているのが見える。

「……何だこれは……、何がどうなっている……?」

「これもあの魔導器の仕業なのか?」

「わからない。だが……あまり良い予感はしないな……」

クオマレ達の言葉に同じく胸騒ぎを覚えたアルノルドは、とりあえず此処を離れてアレクセイに連絡しようと提案する。
が、結界をすり抜けられたのはアルノルドだけで、他は壁にぶつかったかのように弾かれてしまった。

「えっ……!? な、何で……?」

「こっちが聞きたい!」

訳の分からぬままアルノルドはもう一度結界の中に入ってみたが、やはり今度も外に出られたのはアルノルドだけだった。外に出られないのはクオマレ達だけでは無いようで、同じように本部で仕事中だったのだろう他の騎士たちも「閉じ込められた」と騒ぎ立てている。

もしかして。アルノルドの頭に過ぎったのは、かつてアレクセイに言われた言葉。

(エアルの影響を受けにくい体質……、結界も元はエアルを変換したものだから、俺には効果が薄いのか……?)

困惑するアルノルドに、なんとか綻びを作れないかと結界を叩くクオマレが、半透明の壁越しに話す。

「何だか分からんが、出られるのなら助けを呼んできてくれないか? 閣下は今アスピオの魔導士達と一緒に居る筈だ、その人達ならこの状況を何とか出来るかもしれない」

「それは……」

この状況で皆を置いて行くのは気が退けてアルノルドは渋ったが、ここに居ても自分に出来る事は無いかと意を決して頷いた。

「予定通りならそろそろ帝都に到着なさる筈だ、頼んだぞ」

「わかった、行ってくる!」

後ろ髪を引かれながらも、アルノルドは大急ぎで駆け出した。結界の外には人集りが出来ており、その中に紛れていたらしいルブラン達に名を呼ばれる。

どうやら彼らは巻き添えを喰らわずに済んだらしい。それにホッとしつつ、だが今は足を止める訳にもいかないので、何も答えず正門を抜ける。

大通りを全速力で駆け抜ける騎士の姿を、道行く民は不思議そうに眺めていた。いつも補佐官達と飲み交わしている酒場も通り過ぎて、帝都を包む本来の結界の境界線、街の出口を目掛けてひた走る。

クオマレの予想通り、目的の人物は揃って帝都から延びる街道を歩いて来ていた。団体の先頭で資料片手に魔導士と語らっているアレクセイが、向かってくるアルノルドの気配に気づいて顔を上げる。

「アルノルド? ……どうした、何かあったのか」

肺に空気を取り込むのに精一杯で言葉を紡ぐことの出来なくなっているアルノルドに、只事では無いと察したアレクセイが気遣わし気に声をかける。

喋ることの出来ないアルノルドは、呼吸を整える時間も惜しいと、無言で騎士団本部の方角を指し示した。
かなり遠目にだが、その上空に浮かんでいる魔法陣を目で捉えたアレクセイは、表情を険しくする。

「諸君、悪いが少し急いでも構わないだろうか。本部で何かあった様だ」

「ええ、それは構いませんが……」

一体何が、と目で問う魔導士や護衛の騎士達を連れて、アレクセイは先よりも歩調を速めて帝都へと足を踏み入れた。アルノルドもそれを追って、来た道を引き返す。

途中、何かに気づいたアレクセイが足を止めた。
視線の先に居たのは評議会の人間――服装でそれと分かる――だった。
名をフィアレンというその男は、道の真ん中でただじっと騎士団本部の方を凝視している。

今はあんな奴に構っている場合ではないと無礼を承知で腕を引くアルノルドを、アレクセイは制する。

「奇遇だな、監察官」

呼ばれた相手は弾かれたように振り向いたかと思うと、ぎょっとして目を見開いた。

「き、騎士団長!? 今は会議では……」

「まさに今、例の区画調査の件で、こちらの魔導士達と協議していたところだ。――どうした監察官、顔色が悪いようだが?」

アレクセイと騎士団本部の間で視線を往復させて狼狽えるフィアレンに、アレクセイの眉間に深い縦皺が刻まれた。
そのやり取りを見ていたアルノルドも、アレクセイが態々彼に声をかけた理由を理解する。

「直ちに本部に戻る。監察官、貴方も来るのだ」

「い、いや私は……」

「引きずって来い!!」

言うが早いかアレクセイは駆け出した。アルノルドは騎士達が逃げようとするフィアレンを取り押さえたのを確認しつつ、どうすれば良いか分からず右往左往している魔導士達を連れて、疲労困憊の体に鞭打ちながらアレクセイの後を追いかける。

息も絶え絶えになりながら、何とか辿り着いた騎士団本部は騒然となっていた。結界内には未だクオマレ達の姿があり、戻ってきたこちらに気付いて手を振っている。

同じくアルノルドの姿を認めたルブラン達は、その場に膝をつくアルノルドに駆け寄ってきた。体を支えてくれる三人に礼を述べながら、アレクセイに事情を説明する。

「成程、話は分かった。……あれが解読出来るか?」

アレクセイに随行していた魔導士は揃って首を左右に振ったが、たった一人、血の気の引いた顔で固まっていた魔導士が、震える声で答える。

「あれは……とても古い時代の物です。私も一度しか……それも機能不全の状態でしか見たことがありません。騎士団は……騎士団は、あんなものを保有していたのですか!?」

その物言いは、表情は、今目の前で発動している術式が、何がとてつもなく恐ろしいものである事を雄弁に物語っていた。
アレクセイはその肩を掴んで、魔導士を捲し立てる。

「我々は自分達が制御出来ないようなものは何も保有していない。答えろ、あれはなんだ、何をするものなのだ!?」

「……あの輪は力場を展開させる類の術式です。都市結界に似ていますが、作用は内向きです。力場展開後に破壊波を放出、それを内側に押し留め反復する事で範囲内の物体を破壊し……、しかる後、力場を放出して周囲をも巻き込むという複合内破兵器……、つまり……魔導器を使った一種の……爆弾です」

――爆弾。

一同の間に戦慄が走った。
それは結界の内側に閉じ込められた者達も同様で、魔導士の言葉にパニックを起こして叫びながら障壁を叩く。

助けを求める補佐官達に、アレクセイは一歩前へ足を踏み出した。慌てて、魔導士が止めに入る。

「いけません! 入れば貴方も出られなくなります。彼らがあれ以上出てこられないのは、あそこに力場の境界があるからです、近付いてはいけません!」

それを聞かず、尚もアレクセイは部下達の方へと進んでいく。誰か止めてくれと叫ぶ魔導士に応じて、周囲にいた騎士達もアレクセイに群がる。

現場は騒然とし始めた。野次馬で集まっていた人々が避難し始めるのを見て、ルブランもここに居ては危ないとアルノルドや部下二人を連れて撤退しようとしたのだが、

「……あっ!? おい!?」

突然、アルノルドが三人を突き飛ばしたかと思うと、人の波に逆らって結界の方へと走り出した。

「何をやっとる! 戻れ! 戻らんか!」

その声でアルノルドに気づいた魔導士も、アレクセイにしがみつきながら叫ぶ。

「待ちなさい! 中に入ってはいけません! こうなってしまってはもうどうする事も……!」

それらの制止を聞かず、アルノルドは結界の中に飛び込んだが、入ってすぐ内部で吹き荒れる力の奔流に押し戻されてしまう。

それと同時に、上空の術式が変化した。
敷地を取り囲む障壁を撫でるようにして稲妻が走り、内部の光がより一層強くなる。中にある建物の窓ガラスが割れる音と、逆光で影になっている騎士達の悲鳴を聞いて、剣を引き抜いたアルノルドは再び結界に突進した。

この術式が魔導器によるものなら、あれさえ壊せばこの術も止まるはずだ。地面に剣を突き刺し、凄まじい逆風に耐えながら、アルノルドは無理矢理結界の中を突き進んでいく。

友人達が自分を呼ぶ声が聞こえた。彼らは障壁と内側からの力に挟まれて、既に身動きが取れなくなっていた。

自分がやるしかない、自分にしか出来ない。アルノルドは満身創痍の体を奮い立たせて懸命に前に進んだ。


――だが、魔導器はそんな彼の頑張りを待ってはくれなかった。


アルノルドが魔導器の置いてあった部屋に辿り着くより早く、術式は完成してしまった。

結界の内側にあったものは凄まじい光と圧力に押し潰されて本来の形を失くし、一呼吸の後にそれらの力は外にまで広がって全てを破壊し尽くした。

その衝撃と爆発による轟音と共に、諸々の残骸が騎士団領内全域に降り注ぎ、そこら中で火の手が上がった。雲に覆われて元々澱んでいた空は黒煙で更に暗くなり、地上の惨状と相まって地獄の様な空気を醸し出していた。

呆然とそれらを見詰めていた騎士達は、我に返るなり慌てて爆発に巻き込まれたアレクセイを探し始めた。
一方でルブラン達もまた、結界の中に飛び込んで行ったアルノルドを探すべく、燃え盛る炎の中へと駆け出した。
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