0.いつかの彼の話

世界が赤く染まっていた。

燃え盛る炎の爆ぜる音と、泣き叫ぶ人の声、崩れ落ちる家屋の音が、騒音としてアルノルドの鼓膜を揺らす。

立ち上がろうとすれば全身が痛み、息を吸い込めば喉が焼けるようだった。腕の力だけで無理矢理這って進めば、炭と化した人骨が手に触れる。草木は枯れ、地面は誰かの血で赤黒く染まっていた。

この光景を知っている。
耳をつんざくような音も、噎せ返るような臭いも、全身に走る痛みも、込み上げる感情も。

長らく思い出すことすらしなくなっていた故郷の終わりの瞬間が、再び彼の記憶の奥底から浮かび上がってくる。

掠れた声で、アルノルドは友の名を順に呼んだ。故郷を出て三年、生まれて初めて出来た、互いに友と呼び合える数少ない人達の名を。

だがどこからも応えは無かった。やがて声を出す体力さえ尽きて、アルノルドは炎の中でか細い呼吸を繰り返す。

――熱い、痛い、怖い。
誰か、誰でもいいから、返事をしてくれ。姿を見せてくれ。

意識を失うその瞬間まで、アルノルドは祈り続けた。
だがやはり今回も、それに応えてくれる誰かが現れることは無かった。






次に目を覚ました時、彼の目に写ったのは、いつかと同じ部屋の天井だった。

痛む体を強引に動かして己の姿を確認して見れば、やはり全身に包帯が巻かれていた。アルノルドは静かに持ち上げた腕を下ろして、大人しくベッドに横たわる。

前回と違ったことと言えば、最初に部屋に入ってきたのが治癒術士でもアレクセイでもなく、ルブラン達だった事くらいだ。
泣きながら縋り付いてきた三人にどんな顔をすればいいのか分からず、それを誤魔化す為にあの後どうなったのかの説明を求める。

あの爆発の被害は、当然ながら深刻なものだった。
騎士団領内の施設はその殆どが跡形もなく消し飛んでしまったらしい。残ったのは今アルノルドが寝かされている部屋のある騎士宿舎だけで、臨時の死傷者収容所兼本部として使われている。

だがアルノルドが一番知りたいのはそんな事ではなかった。ルブランもそれを分かっているのだろう、話の最後に沈痛な面持ちで告げる。

「……結界の内側に居た者の中で、助かったのは貴様だけだ」

アルノルドは何も言わなかった。否、何も言えなかった。

ただ、聞くまでもなくそれを覚悟していた己に気が付いて、そんな自分に嫌気が差した。

――また、自分だけが助かったのか。

止められた筈だった。自分は魔導器が作動するよりも前にあの場に居たのだ。もっと早くにあの木箱に気付けていれば、或いは早い段階で破壊出来ていれば、こんな事にはならなかったのに。

後悔と罪悪感と喪失感が一気に押し寄せてきて、両目からは勝手に涙が溢れ出して零れた。
声もなく泣き続けるアルノルドに、ルブラン達もまた掛けるべき言葉を見失って立ち尽くしていた。






「つくづく便利だな、君のその体質は」

不幸中の幸いと言うべきか、爆発をもろに受けたアレクセイは、奇跡的に一命を取りとめていた。

本来であれば彼よりも重傷であった筈のアルノルドが自分よりも先に仕事に復帰しているのを見て、アレクセイはそんな皮肉めいたことを言う。

「怪我の具合はもう良いのかね?」

「……万全ではありませんが、任務に支障が出る程ではありません。それに、私には果たすべき責務があります。……生き残った者としての」

一人振るっていた剣を収め、アルノルドはアレクセイに向き直った。
その言葉の意味するところを――彼がかつての補佐官の意志を継がんとしている事を――理解して、アレクセイは頷く。

「結構。では、早速だが君には今この時より親衛隊として働いてもらう」

「親衛隊……? 皇帝陛下を守護する近衛兵の、ですか?」

先代が崩御して以降、今に至るまで親衛隊が仕えるべき皇帝は不在だ。そんな状況で何故という疑問を含めての問いに、アレクセイは辞令を記した紙を取り出しながら答える。

「彼らは今は私の補佐官のようなものだ、私が親衛隊の隊長でもあるのでな」

「ああ……、成程、よく分かりました」

要は隊長不在で碌に仕事の来ないシュヴァーン隊に胡座をかいていないで、自分の下に就いて影に日向に馬車馬の如く働け、という事らしい。
だが特にそれを嫌だとも思わないアルノルドは、拒むこと無く受け入れる。

「ですが私で宜しいのですか? 皇帝陛下が不在とは言え、名誉ある役職には違いないでしょう、もっと相応しい方が他に居らっしゃるのでは?」

「寧ろ君以上の適任は居まい。君が亡くなった者達の代わりになろうと考えているのなら尚更な」

差し出された書状を、アレクセイの言葉を、アルノルドは黙って受け取った。

――死んだ者の意志を継いで、その夢を果たすために生きる。

それは生きる理由としては、復讐よりも清く正しく思えたが、復讐よりも遥かに重い責任となって、アルノルドに伸し掛った。
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