02.六つの花弁
切り立った崖から水が流れ落ち、滝壺に混じる際に水飛沫を上げる。夏場にここを通ればそれは快適なのだろうと、ラスヒィは襲い来る魔物をものともせず軽快に進むミラの後を歩きながら思った。
「もうすぐニ・アケリアか〜、どんなところなんだろう。良いところなの?」
「うむ、私は気に入っている。瞑想すると力が研ぎ澄まされる気がする、落ち着けるところだ」
「へぇ〜」
この先にあるその地にそれぞれ思いを馳せるミラとジュードに、ラスヒィの斜め後ろに続くアルヴィンが立ち止まる。
「ちょっと休憩、岩場歩きで足痛ぇ」
「到着してから休めばいいだろう」
「そう言うなって、ニ・アケリアは逃げやしないさ。な? 休もうぜ?」
「え、うん。じゃあそうしようか」
いつの間に主導権はジュードに移ったのやら、アルヴィンに肩を抱かれるジュードにこの光景も早くも見慣れてきたなと感じながら、ラスヒィは近くの岩場に腰を下ろした。
「どう旦那、まだ行けそう?」
「お気遣い有難う御座います、大丈夫ですよ」
と言っても、実際そうハッキリ言えるほど、足の調子は思わしくないのだが。
これほど遠くまで自分の足で歩いて来た事はなかったせいか、それとも履きなれていない靴のせいか、道程のせいか定かではないが、足首が靴擦れを起こして痛んでいた。重症ではないが皮が剥がれ血が滲んでいる。
だがこの程度で音を上げて皆の足を引っ張るわけにもいかないと奮起していると、無意識に患部を凝視してしまっていたのだろう、アルヴィンがそれに気づいて足をすくい上げた。
「痛っ」
「あちゃー、こりゃまた地味に痛そうな……」
「だ、大丈夫ですから」
「? どうしたの二人とも」
「いえ、何でもありませ──」
「旦那が靴擦れ起こしちゃって」
手を煩わせまいと誤魔化そうとした声を遮って、真実を伝えるアルヴィンにラスヒィが溜息を吐く。
ジュードはラスヒィの足元に屈んで、その傷口に手を翳し治癒を始めた。
「ジュード君、これぐらいの怪我ならわざわざ治癒術をかけるほどのものでも……」
「駄目だよ。雑菌が入って悪化しちゃうかもしれないし、まだこの先どれくらい道があるかわからないんだから」
「こんな軽症まで気にしていたら、君の体力が持たないかもしれないよ?」
「これくらいじゃ倒れないよ」
子供は元気というか、医学生の割りに活発というか、なんにせよ自分とは大違いだ。
ジュード君を見ているとどんどん卑屈になるなぁと、ラスヒィは綺麗になった足を擦る。
「これもそうだけど、アルヴィンって結構、あちこちに気を配ってるんだね」
「ま、無理に気持ちを切り替えようとしてるお前さんが気になったのは確かだ」
「……無理してるように見えちゃったんだ。でもホントに大丈夫だよ。僕、難しく考えないようにするの得意な方だから」
アルヴィンが「だってさ」と言いたげにラスヒィに視線を向ける。
難しく考えないようにするのが得意ということは、難しく考えようとするのを我慢しているという事だ。
つまり結局は無理をしていることになると思うのだが、ジュードはこれ以上心配をかけたくないと考えて言っているのだろう。
ならその気持ちを汲んでやるのも、年上の役目ではないだろうか。
アルヴィンも同じように思ったのか、納得したようにそっかと返した。
「────、────!」
「……なに?」
突然奥から聞こえてきたうめき声のようなものに、3人は立ち上がり岩場の向こうを覗く。
その声の主はミラで、光の帯に拘束され宙吊りになっていた。
それを眺める見ず知らずの女性が手に持っている分厚い本は、恐らく魔導書だろう。
ミラを捕えているのは彼女かと推察しながら、3人は武器に手をかける。
「誰?」
「今はこの娘にご執心なのかしら?」
「離してくれよ。どんな用かは知らないが……彼女、俺の大事な人なんだ」
女性の問いかけに答えたのはアルヴィンだった。
やり取りからして二人は顔見知りなのだろう。前に出たアルヴィンを女が制する。
「近づかないで。どうなるかわからないわよ」
「……アルヴィン、そのまま聞いて。右上の岩、撃てる? もしかしたら、ミラを助けられるかもしれない」
頭に手を当てて考え込んでいたジュードが、味方だけに聞こえる声量で話す。
目だけを動かして右上を見れば、確かに壁から突き出ているような岩があった。
「落石を狙うつもりですか? 銃では威力が足りないのでは……」
「ううん、弾を当てるだけでいいから」
「?」
ならば跳弾狙いかと思ったが、位置関係からしてミラに当たる可能性のほうが高い。何が目的かは分からなかったが、アルヴィンは何も聞かず銃を構えた。
一発、続けて二発、三発。弾は狙いを違わず全て岩に当たった。しかし、煙が昇っただけで何も起こらない。
何だ何だと敵と一緒に首を傾げていると、岩が小さく動いた。
見間違いかと目をこすってもう一度よく見てみる。
動かない。やはり錯覚かと視線を外そうとしたその時、岩の下から毛の生えた蜘蛛の足のようなものが伸び出した。
「なっ……!?」
ソレはそのまま一度下に落下し、その振動と驚きで女の術が解けミラも地面に落ちる。
不気味な岩の化け物は、困惑し動けないでいる女性に突進した。
女が水の中に落ちる光景を背に、解放されたミラが戻ってくる。
「大丈夫ですか?」
「大事ないよ。まったく、乱暴だな」
「そう言うなって。とにかくこいつを片付けようぜ」
女性が居なくなり、魔物のターゲットが4人に移る。
前衛と後衛に分かれて、敵との間合いを測りながらミラとジュードが攻撃を仕掛ける。ラスヒィは術で全員の攻撃力、防御力、回避力を高めつつ、隙を見て攻撃に切り替える。
「こいつ火に弱いよ!」
「分かりました。──陽の加護を受けし聖なる焔よ、我が身を介し今ここに発現せよ。バーンスプレッド!」
「ぅおっ!? 熱っ! 熱っつ! ちょっと旦那!」
この手の術は久しぶりに扱ったのだが、上手く発動してくれて良かったとラスヒィが安心と喜びに浸っていると、敵の悲鳴とともにアルヴィンの悲鳴も上がった。
「はい?」
「俺まで焼いてるから! 位置関係、ちゃんと把握してくれよ!」
「あ。すみません、そっちにまで意識が……」
ラスヒィの周り半径2,3メートルを焼いていた炎が消える。
巻き添えを食らったアルヴィンは、服に飛び移った火を慌てて吹き消した。
「敵は俺じゃなくてあっちだから!」
「分かってますよ、わざとじゃないんですって」
今度は同じ失敗はせぬようにと、ラスヒィは敵に術が届く範囲でなるべく皆から離れる。
四方を確認し、きちんと全員が攻撃判定外なのを確認してから詠唱に入った。
すると今度はそちらに気をとられ過ぎて、敵への注意が殺がれる。
長い触手のようなものが振り下ろされんとしているのに気づかず、ラスヒィは自分に向かって猛ダッシュして来るアルヴィンを見て詠唱を中断する。
「何でこっちに……」
「危ねぇっ!!」
飛びつかれてそのままの勢いで後ろへ退き、スレスレで攻撃を回避する。
自分を抱いて地面に肩からスライディングしたアルヴィン越しに、空を切った触腕を見て漸くラスヒィは事態を理解した。
「す、すみませ……」
「ふざけてんのか!!」
謝ろうとした矢先に怒鳴られて、ビクりと体が跳ねる。
怯えるラスヒィを見たアルヴィンが、しまったと思いつつ手を離した。
「や、だからその……気をつけてくれ。な?」
「……はい、すみません……」
「アルヴィン! ラスヒィ! 何をしている! そっちへ行ったぞ!」
ミラの鋭い声に、2人は交戦中だということを思い出して慌てて立ち上がる。
そうして、敵を倒すまでなるべく何も考えないようにと無心で戦った。