02.六つの花弁

「魔物が岩に擬態してたのか。よく気づいたな」

魔物を制し、落ち着いたところでアルヴィンが切り出す。
先の一件のせいで何となく気まずくて、ラスヒィは彼の隣ではなくジュードの隣に移動した。

「魔物があの女でなく、真っ直ぐお前たちに向かうとは考えなかったのか?」

「それでもよかったんだ。そうすれば、アルヴィンがあの人の死角に入れる位置だったからね」

「すごいな、あの一瞬でそこまで……」

「大したものだ。誰にでも出来ることではないな」

皆がジュードを称賛する中、このままでは近いうちに自信が奈落の底に落っこちてしまうのではないかとラスヒィは項垂れる。
それどころか次々と功績を挙げるジュードに嫉妬しかけている自分に呆れた。役に立てない上に、心優しい誠実な少年に嫉妬するとは、情けないにも程がある。

そうして負のオーラを発するラスヒィに気づいていたのはアルヴィンだけで、ミラに礼を言われ微笑みまで頂いたジュードは照れくさそうに顔を赤らめ小石を蹴っていた。

「そうだ、さっきの人は?」

「優等生、悪い奴まで気にしてたら日暮れるぞ。ほら、行こうぜ」

「しかし驚いたな、あんなに巨大な魔物が居るとは……」

背を押される形で歩き出した二人に反し、俯いたまま動かないラスヒィにアルヴィンがやれやれと頭を振る。

「旦那、置いてかれちまうぜ」

「…………」

「だーんーな」

ぽんぽんと軽く肩を叩いただけなのに、さっきと同様に体を奮わせて弾かれたように顔を上げる相手に、そのまま首に回そうとしていたアルヴィンの腕は所在を無くして停止した。

「あー……、んなビビられると、心が痛むんですけど。俺そんなに恐かったか?」

「……すみませんでした」

「いや、それはもういいって」

思いつめた顔でさっさとミラ達を追いかけるラスヒィに、仲良くなるどころかどんどん悪化していってるじゃないかと、ジュードとの約束が果たせる気が微塵もしなくなったアルヴィンも同じく歩き出した。






「到着だ」

短くも嶮しかった海曝を乗り越え、砂浜から硬い地面に変わった頃。目的のニ・アケリアがその姿を現した。

「ここが……」

「へえ、意外と普通の村だな」

道端で何かを作っている老人に近づくミラ、そして相変わらず動かないラスヒィにまだ引きずっているのかとアルヴィンが目をやると、相手はこちらではなく景色を見て歓喜していた。

「旦……」

「素晴らしいです! これがミラさんの生まれ故郷のニ・アケリアですか! 想像とはまた少し違いますが、これはこれで長閑で空気もとても澄んでいますね。一見質素なこの風景も、言われてみれば確かに神聖なものに見えなくもありません」

「……あれ、なんか元気?」

「このような建造物も見たことがありません。形は全て統一されているのですね、何か意味があるのでしょうか。建て方もイル・ファンのものとは随分違う様ですし材質も──おや、よくよく見れば遠くに山も見えますね。もしかしてあそこにも何かミラ様に関する何か神秘的なものが祀られていたりするのでしょうか。そういえばあちこちに小さな祠のようなものもありますし、置かれているものは正直私には漬物石にしか見えないんですが何か重要な役目や言い伝えが──」

「駄目だこりゃ」

こちらの声など一切届いていない様子のラスヒィを、とりあえず元気になったのならいいかとアルヴィンは放置する。
一方でミラの方はというと、声をかけた老人を筆頭に集まってきた村人に次々と拝まれていた。

「ミラ、すごいんだね」

「ちょっと疑ってたんだがな」

「緊張するな、普段の通りにしていればいい」

そう促しても全く頭を上げる気配のない村人に、ミラが困ったように、呆れたように目を細める。

「イバルは今居ないと言ったか?」

「は、はい! いつもより戻りが遅いと心配して……」

「そうか、相変わらず短気だな……手を止めさせてすまなかった」

「イバルというのは、どなたかのお名前ですか?」

いつの間に移動したのか、人の群れから離れてどこかに歩き出したミラの隣のラスヒィが問う。
ミラはさながら瞬間移動した相手に驚くこともなく答えた。

「私の世話をしてくれていた巫子の名だ。これからすぐに社で再召喚の儀式を行いたいのだが、生憎その巫子が不在の様だな。悪いが少し手伝ってもらえないか?」

「え? 僕たちで何か手伝えるの?」

「政には縁がないんだがな」

「そんなに難しいことはない。村には四つの祠があり、そこには世精石があるのだ」

「それを全てミラの言ってた社まで運べばいいの?」

「うむ」

なるほど、あの石はそうやって使うのかと、ラスヒィは先ほど漬物石と称してしまったものを思い出す。あの発言が村人に聞かれていなければいいが。

「それなら、村の人に頼んでもいいんじゃないの?」

「さっきのを見たろう? 巫子以外は日頃私とあまり接していないからな。あれでは全く話にならない」

「ふーん。ま、力仕事は男の役目かね」

「そうだよ、アルヴィン」

村の出口だろう門の前まできて、ミラが立ち止まり振り返る。その向こうには例の山が見えた。

「ジュード、すまない。君の件は、儀式のあとで村の者に頼む。もうしばらく待って欲しい」

「あ、うん……」

謝られたジュードは視線を落としたが、話が先延ばしにされてがっかりしたというよりは、すっかり忘れていたその話を思い出して落ち込んだ風に感じられた。

やはり歳の若い少年に見知らぬ土地での生活は不安があるのか、それとも。
さっさと顔を上げて世精石を探そうと言う少年に、ラスヒィは深く追求は出来なかった。

「さてと、四つだよね。手分けして探したほうがいいかな?」

「ああ、その必要はありませんよ。ここに来るまでに見かけましたから。ついて来て貰えますか?」

顔を見合わせる二人をよそに、ラスヒィは来た道を戻って途中途中にある祠に立ち寄る。
あっと言う間に四つが集まり、確認のためにミラに見せた。

「これでお間違いなかったですか?」

「ああ、合っているよ。手間をかけさせたな」

「手間っていう手間でもなかったけどね……」

「旦那のおかげでな。わざわざ祠の位置確認しながら歩いてたのか?」

「いえ、あちこち珍しいものばかりでしたので、自然に目がいくんですよ。その過程でたまたま目についただけです」

たまたま目についただけで、初めて来た土地で言われる前から祠の位置を覚えていたというのは普通ではない気がするのだが。
そんなアルヴィンの思考はラスヒィには伝わらなかった。

ともあれこれで儀式が出来る。四大精霊の召喚の儀とはいったいどのようなものなのだろうと皆が胸を逸らせていると、またあの老人と鉢合わせた。

まるでそうすることが義務付けられているかのように跪く相手に、ジュードがマクスウェル信仰が残っているのは珍しいと話す。

「そうなんですか?」

「うん。古代には盛んだったらしいけど」

「この村に居るとわからないが、世界では精霊信仰自体が衰えているようだな」

「精霊術の技術的研究が進んで、精霊は自然の一部って認識になってきてるからね」

「昔は精霊は人間より偉かった?」

「そうだね。伝説では、リーゼ・マクシアをつくったのはマクスウェルって言われてるし。そのマクスウェルに従った最初の人間が、創世の賢者と呼ばれるクルスニクなんだ」

「そう。この村の者は、そのクルスニクの末裔なのだ」

「田舎にはよくあるよな、そういう荒唐無稽な言い伝え」

小馬鹿にしたように笑いながら言うアルヴィンに、跪いていた老人がいきり立って立ち上がる。

「失敬な! 二十年前、四大精霊様を従えたマクスウェル様がこの村に降臨された。
以来、食事も睡眠も取らずに成長されたのですぞ。この真実こそ、村の伝承が真実だった何よりの証拠!」

「……このじいさんに、ミラが腹を空かして倒れたって教えてやろうか?」

悪い顔で耳打ちするアルヴィンをジュードが小声で諌める。
アルヴィンはジュードを大人だと言っていたが、それを言うならアルヴィンは少々子供じみてはいないだろうか。

「そういえば、ラ・シュガルの名門貴族六家も、クルスニクと一緒にマクスウェルに従った六人の仲間の末裔を名乗っていますよね?」

「ふん、六家の伝承こそ怪しいものだ。奴らには、世界の秘密は伝わっていまい……」

「……世界の秘密?」

ラスヒィはつい気になって疑問を口に出してしまい、それによって我に返った老人が口を閉ざす。
言わなければそのまま喋ってくれただろうかと考えてしまうあたり、自分もアルヴィンのことは悪く言えないかもしれないなとラスヒィは思った。

「なんでもないよ。それより、早く社へ行こう」

あまり聞かれたくないことなのだろうと疼く好奇心を抑えて、再び跪いて拝みだす老人に苦笑しながら、ラスヒィは長い髪を翻して山へと続く道へ向かうミラを追いかけた。
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