02.六つの花弁
社までの道はそれほど長くはなく、敵の数も多くはなかったので、さしたる問題もなく通り抜けることが出来た。道の先にあったのは長く続く階段で、上りきればそこは村よりも一層静かで神秘的な場所で、ラスヒィはその光景を惚れ惚れと眺める。
辺りは木々に囲まれ、うっすらと広がる霧が、此処が現とは別の場所のように思わせる。
「この奥だ」
「これが社ですか……造りは村のものと同じなのですね」
「ミラはここに住んでるの?」
「住んでいる、か。そう考えたことはないが、そういうことになるか」
「何もないところだなぁ。退屈じゃなかったのか?」
「私の使命においては何の問題もない。人の記した書物などを読んだりもしたがな」
アルヴィンは聞いておいて「ふーん」とどうでもよさそうな返事をしていたが、ラスヒィとしてはそのミラの読んだという書物ですら興味の対象だった。
マクスウェルと呼ばれ崇められる女性が、人間の書物を読むとは面白いではないか。
「旦那、楽しそうだな」
「ええ、どれもこれも未知のものばかりですから。私としては、ミラさんの読んだ本もですが、彼女が書いた本というのを読んでみたいですね」
「……ミラって本書けるの?」
「試したことはないな。しかし、それも面白そうだ。──さぁ、儀式を済ませよう」
ミラを先頭に社の中に入り、運んできた世精石を指示通り部屋の中央を囲むように四方に並べる。
ミラはその真ん中に胡座をかく姿勢で座った。
「これでいいの?」
「うむ、助かった」
三人は静かに傍を離れ、部屋の隅で儀式を見守る。
ミラは目を閉じ、両手に収まるサイズの小さな陣を描き始めた。
そこから腕を上下に伸ばし左右へと移動、掌から溢れる光がそれに従って円状に陣を広げていく。
陣は大きな円になり、上下左右にその半分ほどの小さな円が出来る。
真ん中が空いたその四つの光の輪にミラが手を翳すと、火、水、風、土と、四大精霊の紋が浮かび上がった。
ミラの上空にもそれと同じ陣が天井と対面する形で浮かび上がっており、ミラが両腕を上へと伸ばすと、それぞれの紋から光が下り世精石へ降り注ぐ。
しかし光を受けた世精石に亀裂が走り、陣は全て消え去った。
静かになった室内で、ミラが苦しそうに腕をつく。
「ミラ!」
「ミラ様!」
駆け寄ってよいものかと躊躇うジュードの脇を何かが横切り、ミラの前で静止し膝をついた。
気付いたミラが顔を上げる。
「……イバルか」
「ミラ様、心配いたしました」
ジュードと同い歳ぐらいあろうその青年はゆっくりと視線を持ち上げ、それから辺りに散らばる世精石の破片を見た。
「これは四元精来還の儀? 何故今このような儀式を……しかしこれは……イフリート様、ウンディーネ様!」
イバルの呼び声に返事はどこからも訪れず、一体これはどうしたことだと戸惑う。
その様を見ていたアルヴィン、ラスヒィ、ジュードは、各々の感想を漏らした。
「……巫子って男かよ」
「村の人とは違いますが、あれはあれでまた風変わりな服装ですね。巫子の装束でしょうか」
「それより、なんだか僕たち蚊帳の外にされてない?」
イバルは三人には一切目もくれず、その瞳には事情を説明するミラしか映っていなかった。
待っていても招かれそうになかったので、三人は勝手に移動して、ミラの近くで車座になった。
片膝をつく姿勢から正座へと移行していたイバルがそこでようやく三人の方を向き、全力で嫌そうな顔をする。どうやら存在に気付いて居なかった訳では無いらしい。
「んで、精霊が召還できないのって、そいつらが死んだってこと?」
「バカが、大精霊が死ぬものか」
「あれ、常識?」
「大精霊も微精霊と同様、死ねば化石となる。だが、力は次の大精霊へと受け継がれる!」
「……って、言われてるね。見た人はいないけど」
「あー、それね」
「ふん、存在は決して死なない幽世の住人。それが精霊だ」
ふんぞり返る勢いで鼻高々に言う青年を見て、彼の名前はもしかしてそういう性格から来ているのだろうかと、手持ち無沙汰のラスヒィはそんなどうでもいいことに思考を巡らせる。
「だったら、四大精霊はあの装置に捕まったのかも」
「バカが! 人間が四大様を捕らえられる筈がない!」
「けど、その四大精霊が主の召還に応じないんでしょ? ありえないことでも他に可能性がないなら、真実になり得るんだよ」
「何も無い空間で卵がひとりでに潰れた場合、その原因は卵の中にある……」
「ハオの卵理論、ですね」
ジュードの論理に悔しそうに拳を奮わせるイバルの前で、ミラが暗い顔で顔を伏せる。
ジュードが声をかけると、彼女は何も言わずに立ち上がり、皆に背を向けた。
「ミラさん?」
「さぁ! 貴様たちは去れ! ここは神聖な場所だぞ! ミラ様のお世話をするのは、巫子である俺だ!」
「イバル、お前もだ。もう帰るがいい」
「……は?」
「そうだな、有体に言うぞ──うるさい」
番犬さながらにミラの前に出てジュード達を威嚇していたイバルに、ミラがハッキリと言い放つ。
主人に拒絶されたかわいそうな犬、もとい巫子は意気消沈しふらつきながら、三人と一緒に外へ追い出された。
「ええと……何と言えばいいか」
「うるさい! 何だその可哀想なものを見るような目つきは! そもそも、貴様らがしっかりしていないおかげでミラ様があんなことに……! くそっ、俺がついて行ってれば!」
「マジで短気なヤツだなぁ」
「貴様! 聞いてるのか!」
「あ、ごめん。何?」
思考に耽りながらスタスタと歩いていくジュードの肩を掴み無理やり半回転させ自分の方に向けたイバルの怒声に、ジュードは悪びれもなく答える。
「いいか、これからもミラ様のお世話は俺がする。余計なことはするなよ!」
「ジュード君はお世話をしているつもりではないと思うんですけどね……」
本人に聞こえるとまた怒らせてしまいそうなので、ラスヒィは小声で隣のアルヴィンに笑いかけると、相手は木々の向こう側に顔を向けていた。
何かあるのかと視線を辿ろうとしたがアルヴィンが視線を戻すほうが早く、振り向いた相手と目が合う。
「なに、そんなに見つめちゃうほど格好良かった?」
「そうですね、顔立ちは整っていらっしゃると思いますよ。あちらに何かあるんですか?」
「とんだボケ殺しだな……何もないと見てちゃ駄目?」
「そうではないですが、何もないただの木々を見るにしては、随分真剣な顔つきでしたので」
「俺はいつもこういう顔なの」
話を打ち切ってジュードの方へ行くアルヴィンに、ラスヒィはもう一度木々の向こうを見てみる。だがそこには何もなかった。
「もう少しここに居るか?」
「うん」
「んじゃ、俺は先に戻ってるわ。旦那も後で来……」
「いえ、私も戻ります」
ミラが心配なのだろう、残ると言ったジュードの隣を通過して、ラスヒィはアルヴィンの後ろに並ぶ。
「あれ、ミラ様は放っといていーの?」
「気にはなりますが、ジュード君が居ますし」
「別に急いで来なくてもいーんだぜ?」
「短い距離とはいえ、魔物が出る道を一人で無事に通り抜けられる自信はまだ無いもので」
「一人じゃないだろ」
「女性と少年を盾にして進めというんですか? それに貴方は私の護衛をして下さるんでしたよね?」
「はっはーん、そんなに俺の傍に居たいのか」
「そうだと言ったらどうします?」
間を置かずに発せられたラスヒィのその言葉に、アルヴィンの笑顔が引きつった。
幸運なことにジュードはまた思考に没頭して聴覚は作動していないらしい。
勿論本心で言ったのではないし、帰り道にそれほど不安がある訳でもない。
相手がジュードであれば今ので上手く躱せただろうが、自分を同じだと思ってもらっては困ると、ラスヒィは眼光鋭くアルヴィンを見遣る。
「私が一緒だと何か不都合でも?」
「……いんや? そこまで言うなら、手ぇつないで仲良く一緒に帰りますか」
「それは流石に遠慮しておきます」
今声をかけても邪魔をしてしまうだけだろうとあえてジュードには何も言わずに、アルヴィンから目を離さないようにしてラスヒィは階段を下り始めた。