02.六つの花弁
社とニ・アケリアのちょうど中間あたり、何も話さず黙々と前を歩き続けていたアルヴィンが、歩調を緩めてラスヒィの隣に並ぶ。一応護衛という意識も持ってくれているのだろうか、襲ってきた魔物のほとんどはアルヴィンが倒してくれていた。
「旦那、俺さ、ジュード君にお願いされてんのよ」
「何をですか?」
「旦那と仲良くしてくれーって。けど、旦那がソレじゃあな」
「私も同じようなことを言われましたよ。そうですね、確かにこれでは当分ジュード君のお願いを叶えてあげられそうにありません。ですがだからといって、貴方の行動全てに目を瞑る訳にもいきませんよ」
ラスヒィが左方から飛び出してきた魔物を矢で殲滅する。
動かなくなったそれを視界の端に捉えながら、残数の少なくなった連弩に矢を装填した。
「事情を説明できないようなことを影でやっている人を信頼出来るほど、私は寛容ではないんです」
「なら、旦那は自分のこと全部、包み隠さず俺に話せるか?」
今度は右方からの敵をアルヴィンの銃が撃ち抜く。
取りこぼした分は大剣で薙ぎ払い、魔物は断末魔の叫びとともに崩れ落ちた。
「それは……」
「秘密があんのはお互い様だろ。俺だってそんな奴は信用出来ないし、全てを話すつもりもない」
「……私が話せば、貴方も話して下さるんですか?」
「それが出来るんならな」
後方からやってきた魔物を、矢と弾が同時に貫く。
無くなった魔物たちの気配に、ラスヒィは連弩を下ろした。
「ずるいです、貴方は」
「それが俺の魅力なんだよ。──ほら着いたぜ、これで護衛は果たしたな」
「…………」
「どこ行くんですかーなんて野暮なこと聞いてくれるなよ? 用が済んだら、ちゃんと戻って来るって」
その用とやらの正体を確かめるためにわざわざ一緒に来たのに、これでは意味がない。
だが去っていくアルヴィンを引き止めることも出来ず、ラスヒィは奥歯を噛んだ。
彼の言うとおり、自分も皆に言っていないことがあるのは確かだ。例え聞かれても、正直に話す事は永遠に出来ないかもしれない。
しかしそれは彼らに何か問題を及ぼすものではないし、アルヴィンのそれとは訳が違う。
(……なんて、自分の都合のいいように考えてしまっているだけですかね)
アルヴィンの隠している事がミラやジュードに害を齎すものだと勝手に推測していたが、本当は自分と同じように、やむを得ない事情があるのかもしれない。
その可能性も無いわけではないのに、疑り深くなってしまうのは、やはり傭兵という先入観があるからだろうか。
当面の目標はこの先入観の払拭からかなぁと思いつつ、ラスヒィは一人ニ・アケリアの門をくぐった。
「おお、お戻りになられましたか」
「? 貴方は先ほどの……」
さて待つのはいいが、部外者である自分がどこで何をして待てばよいのやらと考えていると、本日三度目の対面となる老人に声をかけられた。
「すみません、戻ってきたのは私だけで、ミラさんならまだ社の方ですが」
「いえいえ、マクスウェル様にご用では御座いません。丁度貴方様を探しておりました故」
「私を……ですか?」
「ええ。マクスウェル様をここまで無事にお連れ下さいました件、我ら一同感謝のお心を込めて、少しばかりではありますがお礼の品をご用意させて頂いております。どうぞお受け取り下さい」
跪くまではいかないものの、頭を深々と下げられたラスヒィはギョっとする。
護衛どころか自分は助けられていた側だ、お礼ならアルヴィンにするべきだろう。
そう話すと、相手はどこか躊躇う素振りを見せた。アルヴィンの言動がこの老人にとって良いものではなかったのが大方の原因だろう。
「その、態度はどうあれ、一番の功労者は間違いなく彼ですから」
「そうですか……それで、その方はどちらに……?」
「ええと、そのうち戻ってくるとは思うんですが……」
「では、先に品を持って参りますので、暫くここでお待ち頂けますか」
では、と一礼して去っていく老人に、ラスヒィは仕方なく門の付近に腰を下ろしてアルヴィンの帰りを待つ。
あのまま居なくなる可能性もあったので、戻ってくる確立は五分五分だったのだが、アルヴィンは言っていた通りに戻って来た。
「……この場合、おかえりなさい、でいいんでしょうか?」
「はは、微妙なところだな。じゃあとりあえず、ただいま。二人はまだ来てないか?」
「ええ。ところでアルヴィンさん、貴方にお伝えしておくことが」
「何、さっきのまだ言い足りなかった?」
「その件は、理論武装を済ませてから再度挑戦させて頂きます。──この村の方が、貴方にお礼を用意しているらしいですよ」
「礼って何の」
「ミラさんをお護りいただいて有難う御座います、ということだそうです」
「そういうことになってんのか」
アルヴィンも礼と言われるほどのことではないと思ったのか微妙な顔をしたが、しかし受け取れるものは受け取ることにしたあたり、彼らしいといえばそうだった。
不安定な収入では、金目のものに貪欲になるのは仕方ないかもしれないが。
「旦那、今俺のことがめつい奴だと思っただろ」
「……驚きました、読心術の心得があるのですか?」
「そうじゃないだろ……否定しろ否定」
「ああ、そういうことですか。すみません、本当にそう思っていたので」
「分かった、もういい、それ以上はやめてくれ。……旦那のそれって天然? それともやっぱわざと?」
「天然……? 何の話ですか?」
疑問符を浮かべるラスヒィを見て、アルヴィンが小声で「天然だな」と呟いた。そこにジュードとミラがやって来る。
「よう、遅かったな。ミラも一緒か。……身の振り方、決まったんだな」
「うん、ミラと行くことにしたよ」
「どういう心境の変化だよ……後悔するんじゃないのか?」
「うーん……でも、もう決めたんだ。ミラの手伝いをするって」
ジュードの表情が晴れやかなものになっているのを見て、それがちゃんと本人の意思で導き出された応えなのだと二人は感じる。
ならばきっと、それで間違いではないのだろう。
「そうだ、忘れるところだった。アルヴィン」
「ん? 謝礼か? それなら、村のじいさんが払うって言ってくれてるみたいだぜ」
「村の人が?」
「ああ、マクスウェル様を護ってくれてありがと〜ってな」
「ふむ、長老だろう。要らぬことを……アルヴィン、それは私の謝礼ではない」
「ミラからあのじいさんにサンキュって言えば、それでいいだろ。じいさんもじいさんなりの誇りがあんだよ、断るのも失礼ってもんだ」
成る程そこまで考えていたのかと感動しつつ、いやしかしこれも金品を受け取る名目かもしれないと疑いそうになる自分を、ラスヒィは体の内でタコ殴りにして黙らせた。
どうしてそこで素直にいい人≠ニ思えないのか。
「それで、俺らはいつまでこーしてりゃいーんだ?」
「ここで待っているように言われたのですが……なかなかいらっしゃいませんね」
このまま待っていても拉致があかないと、四人は村の中を探すことにした。
外を見て回った後、村の中でも一際目立っている建物の中に入ってみると、探し人は壁際で何かを漁っていた。