02.六つの花弁

「マ、マクスウェル様! それにお三方も。お待たせして申し訳ありませんっ!」

「構わぬ。それより、アルヴィンへの謝礼を用意していると聞いたぞ」

「はい。戦うことは無理でも、マクスウェル様のお力になれるようにと、以前村の皆で出し合ったお金がありましてな」

「……そうか」

「言ったろ?」

「お前達の誇り、有難く受け取るとしよう」

至極嬉しそうに報奨金を差し出す老人を見て、ラスヒィはアルヴィンの判断を邪推したことを反省する。

「私もまだまだですね……」

「お。ちょっとは見直してくれた?」

「ミラ様!」

家で本ばかり読んでいても学べないことがあるのだとラスヒィが自覚したところで、扉を開けてイバルが入ってきた。
ミラの前で減速し、姿勢を正して頭を下げるその慣習には気品もあるのだが、他の面でその気品が削がれていることに彼は気付いているだろうか。

「またいずこかへ赴かれるのですか?」

「ああ、留守を頼む」

「自分もご一緒いたします! こんなどこの誰ともわからんヤツに、ミラ様のお世話を任せられません!」

彼は随分ジュードを目の敵にしている気がするが、歳が近いからなのか他に気に入らない部分があるのか。やっかまれたジュードは困り顔。

「イバル! お前の使命を言ってみろ」

「え、あ、自分の使命は、ミラ様のお世話をすること、です」

「それだけか?」

「……戦えない、ニ・アケリアの者を護ることです……」

「理解したか? 私の旅の共はジュードが果たしてくれる。お前はもう一つの使命を果たすんだ」

「しかしこいつのせいで、ミラ様は精霊たちを!」

「それは私の落ち度だ。それどころか、ジュードがいなければ、私はニ・アケリアに戻れなかったかもしれない」

ミラの言葉に、ジュードが嬉しそうに笑む。
それを見て益々対抗心を膨らませるイバルに、ミラが冷や水の如く冷たい視線と言葉をぶつける。

「成すべきことを持ちながら、それを放棄しようというのか? イバル」

これには流石に萎縮して、イバルは大人しく首を振った。
これだけ慕っているのにこの扱い。ミラの意見はもっともだが、ラスヒィは彼に同情心が湧きそうだった。

「さぁ、出発しよう。海停が封鎖されていなければよいのだが……ラスヒィ、君はまだ共に来るのか? そもそも、君の目的は一体何なのだ」

「私は特にこれといった目的はありません。イル・ファンの外に出たかっただけなので。大義の下に行動するミラさんには不可解に思えるかもしれませんが……ついて行くと、やはりお邪魔でしょうか」

「いや、君がそうしたいと言うのなら、そうすればいい。だが、これまでの君を見る限り、あまりこういった旅は向いていないと思うのだが……そうまでしてイル・ファンを出たかった理由は何だ?」

ミラが、ジュードが、アルヴィンがラスヒィを見る。
言うべきだろうか? それとも、隠しておくべきだろうか。

「……私はただ、鳥籠の外に出てみたかったんです」

悩んで、結果そのどちらでもない答えをラスヒィは返した。
ミラには抽象的な表現は理解できないのか、真顔で「君は人間だろう」と首をひねっている。

「……ラスヒィさんって、どこかの貴族の人?」

「どうでしょう。それより、海停へ向かうんでしたよね?」

「あ、そうだ。海停を通るなら、途中またハ・ミルを通るかな」

「ふむ。では、まずハ・ミルを目指そう」

「え、それでいいの?」

「ア・ジュール内でラ・シュガル軍の動向を探れる貴重な場所だ。もしかしたら、イル・ファンに潜り込む妙案が眠っているかもしれん」

「じゃあ、ハ・ミル経由で海停だね」

「マクスウェル様、いってらっしゃいませ」

長老が膝を折り頭を垂れるのに対し、イバルは両手を大仰に振ってミラを見送った。

そういえば、村の人はマクスウェル様と呼んでいるのに、彼だけはミラ様と呼んでいた。
村の護りを一任されるあたり、世話係の巫子というのはお上の側近のような地位なのかもしれない。

「……で、アルヴィンさんも来るんですか?」

「まぁ、旦那から貰った報酬分にはまだ至ってないしなぁ。じいさんから貰ったこれも結構な額だし、もうちょっとついてってやるよ」

「ふふ、そうか。心強いよ、アルヴィン」

「うん、ありがとう」

「礼なら旦那と村のみんなに。んで? どんなご予定で?」

「とりあえずハ・ミルへ行こう。……あと、これは少し先の話だが、イル・ファンへ船で行けぬ場合はどうすればよいのだろうな」

「山脈越えは難しいから、ア・ジュールからの陸路の線はないだろうなぁ。サマンガン海停から、カラハ・シャール方面になるんじゃないか?」

アルヴィンの口から出た地名を聞いて、何故かラスヒィが嬉しそうに顔を上げる。

「カラハ・シャールへ行くんですか?」

「いや、そのルートが一番いいんじゃないかって提案しただけ。……旦那、目的はないんじゃなかったっけ? カラハ・シャールへ行きたいのか?」

「あ、ええと、そういうわけではないんですが……その、友人が居るんです」

「そうなんだ? なら、会えるといいね」

「ま、とりあえず今はハ・ミルだな。今度は足痛めないように気−つけろよ」

そういえばそうでしたと、目の前に現れた砂と岩と水にラスヒィの気分が降下する。
どこか大きな街についたら靴買い換えようかなぁと思いながら、ラスヒィはさっさと歩くミラに必死で続いた。






「出て行けよ、おら!」

今度は過去の失敗を踏まえて道を選んだおかげで、どこにも傷をつくることなくハ・ミルまで辿り付いた。
しかしそのちょっとした喜びに浸っていたラスヒィの耳に男の罵声が響く。

「疫病神! あんたなんか居るから!」

「きゃっ……やっ……」

「やめて、酷いことしないで、お願いだよー!」

怒鳴りながら石を投げつけるその村人の標的になっていたのは、いつか見た少女だった。
その近くには例の動く人形もいる。

現場を見て真っ先に動いたのはジュードで、第二石を投じようとしていた男の腕を掴み止める。
そのまま周囲には目もくれず、中央にいる少女の前にしゃがんだ。

「大丈夫?」

「お前たちのせいで、こっちは散々な目じゃ!」

人だかりの中には以前部屋を貸してくれたハ・ミルの村長の姿もあった。
ジュードの姿を見るなりそう言い放って、村のあちこちで倒れる人を指す。

「……ラ・シュガル軍にやられたか」

「余所者に関わるとロクなことにならん! すぐに出て行け!」

怒鳴って去っていく村長を見て、ジュードが悲しそうに眉を下げた。
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