02.六つの花弁
「村長さん、まるで人が変わっちゃったみたい」「まぁ、この有様では無理もないかもしれませんが……だとしても、私達ではなく村の少女に八つ当たりをするのは頂けませんね」
少女は立ち上がり、何もいわずに村の奥へと走り去る。
ジュードはそれを物言いたげな目で見つめた。
「私たちは村の者から、ラ・シュガル軍の動向を聞くとしよう。……長く留まるつもりはない、それを忘れるな」
ミラの言葉に、その真意を理解してジュードが礼を言う。
そうして一人さっさと少女を追う彼の姿に、ラスヒィは微笑した。
「放っておけないんですね、ジュード君は」
「何でもかんでも首突っ込むのは関心しねーけどな。あれじゃ厄介ごとを自分から拾いに行ってるのと同じだぜ?」
「でも、そこがジュード君の良いところでしょう。──さて、では私はミラさんのお手伝いをしてきますね」
さっきの反応からすれば大した成果は見込めないだろうが、駄目で元々ということで、ラスヒィは村人から情報を集めて回る。
だがやはり予想通りの反応しか貰えず、これといった収穫は得られなかった。
「旦那、顔が死んでるぜ」
「ここまで立て続けに罵声を浴びせられたのは初めてなもので……」
「そりゃご苦労さん。ま、こっちもそんな感じだわ」
「私も同じだ。……ジュードはまだか?」
「さてな……っと、噂をすれば」
帰ってきたジュードの傍らには、先ほどの少女が寄り添っていた。
後方で村人が睨みを効かせているが、ジュードが居るからか手を出そうとする者はいない。
「ジュード、特に有益な情報はなかった。ここにもう用はない、すぐにも発つぞ」
「待って、この子のことで話があるんだ」
ジュードは少女から聞いた話を細かく話してくれた。
自分たちがこの村を出た後、ラ・シュガル軍が村に攻め入り、村人達が傷つけられたこと。それが無くとも、少女は日頃からあの扱いを受けているということ。
少女は名をエリーゼといい、腕に抱えられた人形にもティポという名前があること。
そしてエリーゼは保護を名目に、大男ジャオに村の一角にある家に閉じ込められていたということ。
「一体どうしてそんな目に……」
「さぁな。だが、村民がエリーゼを疎んでることは間違いなさそうだ」
「うむ、村長の態度からもそれはうかがえた。ジャオという男が戻らねば、状況は変わるまい」
「でも、エリーゼはその人も友達じゃないって」
「ジャオがいたら閉じ込められて、いなければ疎まれ迫害される……救われないな」
エリーゼは少し離れた木の下で、ティポを鞠のようにして遊んでいた。
あんな小さな子供が一体何をしたというのか。
「どのような理由であれ、先のような光景は見ていて良い気分にはなりませんね」
「一緒に行けないかな……」
「連れ出してどうする? その先のことを考えているのか? 私の目的は分かっているだろう」
ミラの言うことは至極もっともで、ジュードもそれに言葉を返せずに黙る。
それでも良心が置いていくことを許せないジュードを見て、ラスヒィも黙してしまう。
案が無い訳ではないが、それをするにはある人物の許可が必要だった。そしてその許可を取るためには、イル・ファンに戻らなければならない。
今戻ればどうなるかを考えると、簡単に実行できるものでもなかった。
煮え切らないジュードに、暫くしてミラが折れる。
「……いいだろう」
「ホント?」
「ジュード、キジル海瀑で私が言ったことを覚えているか? 君の成すべきことを、そのままの君でやってみるといい。私はそう言ったと記憶している」
「うん、覚えてる」
「今更撤回するつもりはない。これは、あの時の答えを出すためと捉えていいか?」
「う、うん……」
「エリーゼに話してやれ」
「うん!」
エリーゼに駆け寄り、同行の許可が取れたことを報告するジュード。
これで良かったのかどうかは、今はまだ判断出来なかった。
「優しいんだな」
「途中足手まといになっても、仮に命を落としたとしても捨て置くだけ。私の使命に影響はなかろう。元々一人で完遂するつもりだったのだ」
ジュードとエリーゼに背を向けて歩き出すミラの発言は冷たくも感じたが、それ以上に自分にそう言い聞かせているように思えた。
ミラにとってエリーゼはともかく、ジュードはただの他人ではなくなっている筈だ。
もしジュードが旅の途中居なくなっても、彼女は同じことを言うのだろうか。
「ミラさんも大概無理してるなー=v
「……え?」
「旦那の頭の中を代弁してみた、どう?」
「……読心じゅ」
「そのネタは一回聞いたから無効な。旦那の頭の中は基本他人のことしかねーな。あとは知的好奇心、か。俺としては旦那のことが知りたいんだけど? 今んとこ、一番わけわけんねーのって旦那だぜ?」
「そんなことありませんよ」
「他に誰かいるって? エリーゼは無しな」
「鏡をご覧になれば映るんじゃないですか?」
「……なるほど」
先々行くミラを追って、五人は村を後にした。
イラート海停に向かう道中で、そういえばまだちゃんと紹介していなかったと、ジュードがエリーゼを輪の中心に持ってくる。
「エリーゼ・ルタス……です」
「ふーん、こりゃ五年後にはすっごい美人になるな。俺はアルヴィン、そん時までよろしくな」
「アルヴィンさん、犯罪ですよ」
「五年後っつってんだろ」
「そんな……わたし……」
「あー、これってナンパだー! アルヴィン君はナンパマンー」
「で、このぬいぐるみは何故喋っている?」
「え……? ティポは昔からしゃべってた……です」
「だよねー」
「……私がおかしいのか?」
「ったりまえでしょ〜」
「う〜む、ぬいぐるみに反論されるとは、不可思議なこともあるものだ……」
それをミラが言うのかと、男性一同はその時見事に意識を共有していた。
ラスヒィは行きにアルヴィンに担がれて通った道を苦い顔で進み、今度こそ自分の足でイラート海停にやって来る。
海停にラ・シュガル兵の姿や検問をしている様子は見受けられず、皆は一先ず安心して船着場の受付に声をかける。
「あの、イル・ファンへ行く船はいつ出ますか?」
「すみません、首都圏全域に封鎖令が出たおかげで、全便欠航なんです」
「他の便は?」
「暫くはサマンガン海停行きしか出ませんね」
ならば丁度いいと、アルヴィンが提案したルートで行くことに決まり、その船にお邪魔することになった。
ミラからすれば遠回りになり少し煩わしいかもしれないが、イル・ファン行きの船が出ていたら皆とはここで別れなければならなかった為、ラスヒィはほっと胸を撫で下ろす。
「そういえば、カラハ・シャールに友人が居ると言っていたな」
「ええ。ですがあちらは私と違って忙しい身ですので、会えるかどうか分かりませんが」
「そうか、それは残念だったな」
「仕方ありません。普段は手紙でやり取りしていますので、交流に問題はありませんしね」
「手紙か……あんな風にか?」
ミラが指差した先には、やって来た鳥の足に紙をくくりつけて飛ばすアルヴィンの姿があった。
「いえ、あれは珍しいですよ。私は普通に、配達員や行商人に頼んだりしています」
それにしても、今時わざわざ鳥を使って手紙のやり取りとは。
調教が難しいだろうに、それほど遠方の相手なのだろうか。もしくは人に見られては拙いような内容の──と、そこまで考えて、ラスヒィは途方に暮れた。
「……どうした?」
「いえ……まったく改善されない自身の悪癖に辟易しているだけです……」
首を傾げるミラに、ラスヒィは自嘲の笑いを返した。