02.六つの花弁
サマンガン海停の警備は想像よりは手薄だったが、それでも兵士が居ないわけではないので気は抜けない。間違っても前に飛び出すような事のないように、一行は通行人や物影に隠れるように移動する。
「妙だな……一時はア・ジュールにまで兵を出していたというのに」
「君らを追うよりも重要なことが出来たかな」
「好都合だ。気付かれぬうちにイル・ファンへ向かおう」
「ごめんね、エリーゼ。大きな街に着くまで、もう少し待ってね。そしたら、きっと引き取ってくれるいい人がいると思うんだ。」
突然その話をされたエリーゼは、一体どういうことなのかと戸惑う。
あの歳の少女にその話を直接するのはあまり得策とは言えない。
見ず知らずの他人の家にいきなり住めと言われても、はい分かりましたと頷く子は少ないだろうに。
気遣いが足りないと、最近それを覚えたらしいミラは得意気に笑った。
「ただガキなんだよ……」
「ん?」
「おっとぉ!」
「まぁ、いざとなれば、私が引き取りますから」
「へぇ? なら安心だな」
「本気ですよ? とは言え、やはりジュード君が自ら決めたことですから、なるべく手は出さないほうがいいんでしょうね。エリーゼちゃんの気持ちもありますし……」
それはともかく、まずはここを離れたほうがいいと海停から街道に出る。
ここからカラハ・シャールまでの道はそれほど複雑ではないので手間取ることもないかと思ったが、そう簡単にはいかない様だった。道の途中で、辻馬車が兵に足止めをくらっている。
「検問か」
「ま、当然だな。そんなにうまい話はないって」
「困りましたね、私はこの道の他は知らないんですが……」
「あっちには何があるのー?」
エリーゼの腕の中のティポが言うあっち≠フ方向にあったのは、高く聳え立つ岸壁だった。その先には樹海が広がっている。
「上手く抜けると、カラハ・シャールの街に出られるが……」
「迷う必要はないな」
「……樹海を通るんですか?」
「旦那は俺が引っ張ってってやるって」
「滅多に人が立ち入らないんだよ? エリーゼには……」
「こうなることは予期出来ただろう」
他の進路を選ぶ気はないミラと、エリーゼに無理はさせたくないジュードの間に不穏な空気が流れ出した。
ジュードから見た自分とアルヴィンはもしかするとこんな感じなのだろうか、なるほどこれは少し疲れるなとラスヒィは苦笑する。
「……わたし……あの、だいじょうぶ……です。だから……」
「ケンカしないでー、友達でしょー?」
「エリーゼ……」
「エリーゼも了解した、これで文句はあるまい」
蔦を掴み崖を上り出すミラに、ジュードは何も言えずについて行った。
その後ろをエリーゼも小走りに追いかける。
「樹海って、一度入ったら出られないんじゃありませんでしたっけ?」
「そういうのもあるらしいな。怖い?」
「……不安、ですけど」
「素直でよろしい。ま、なんとかなるだろ。何事も経験だぜ、旦那」
先の見えない薄暗い森に、ラスヒィは深呼吸してから突撃した。
前を行くミラは淡々と「深そうな森だな」と呟いており、その顔に恐怖は微塵も浮かんでいない。
「はぐれないように気をつけなきゃ」
「……あ」
行き止まりになっている道の前で、エリーゼが上を見上げて声を漏らす。
見れば木の上から一匹の魔物がこちらを凝視したいた。
いつでも応戦できるように皆は武器に手をかけたが、魔物は何をするでもなく森の中へと消える。
「何だ? ありゃ……」
「警告かな……これ以上立ち入るなって」
「その警告も、ミラには効果がないみたいだな」
「ここからいけるみたいー! 三人ともはやくー」
「臆病なのは男性陣だけのようで」
およそ道とは言い難い、抜け穴のような空間をミラとエリーゼは躊躇なく進む。あの長い髪で引っかからずにすいすい進めるのが不思議だ。
狭い通路がずっと続くかと危惧していたが、それはすぐに終わり広い空間に出た。辺りを見回してみると木と崖しかなく、ここで魔物に襲撃されると厄介だなぁと考えていると、案の定その通りになる。
「こいつ、攻撃範囲が広い……全員がダメージをくらっちまうぞ」
「厄介だな」
「出来る限りサポートします。エリーゼちゃんは離れていて下さいね」
「お前を庇いながらでは戦えない、邪魔だ!」
それでも心配なのかこちらに来ようとするエリーゼに気をとられたジュードが跳ね飛ばされる。
エリーゼは青くなって駆け寄りその手を握った。
するとジュードを中心に大規模な陣が展開され、近くに居たジュードとミラだけでなく、アルヴィンやラスヒィの傷も癒える。
「これは、みんな一斉に……!?」
「元気出して! ぼくたちがいるよー!」
「エリーゼちゃんがやったんですか!?」
治癒術ならジュードも使っていたが、これはその比にはならない。
後ろで控えていたエリーゼはそれを機に前に進み出て、戦闘は無事に勝利を収めた。
「大勝利ー!」
「すごいよエリーゼ!」
「まだ震えが止まりません……」
「まさかこの歳で、こんな術が使えるとはね」
「エリーゼに救われたな」
恐かったのか泣きじゃくるエリーゼに、ジュードがもう大丈夫だと優しく語り掛ける。
しかしエリーゼはそうじゃないと首を振った。
「仲良くしてよー、友達は仲良しがいいんだよー!」
ティポの言葉に、ミラとジュードがはっとする。
幼い少女は途切れ途切れに自分の思いを伝えた。
「わたし……邪魔にならないようにするから……だから……」
「エリーゼちゃん……」
「……だってさ。エリーゼに免じて許してやれば?」
「免じるも何も、私は別に怒ってなどいないが……」
「ウソーん、ミラ君とジュード君は、もっと仲良しだったもんねー!」
「わたし……がんばるから……!」
「いつの間にか私が悪者か……ふふ、わかったよ」
「ほれ、エリーゼに言うことあるだろ?」
「心配かけちゃってたんだね、エリーゼ、ありがとう」
ジュードの言葉に、ティポが嬉しそうに体を伸縮させる。
ミラもジュードに倣い、これからはアテにするぞと笑みを溢した。エリーゼは大きく目を見開いて、それから嬉しそうに満面の笑みを見せる。
エリーゼやジュードくらいの子にとって、人と人との関係というのはそれだけ重要なものなのだろう。
今回のミラとジュードの件は他人事ではないなと、ラスヒィは今までの自分を省みた。
「アルヴィンさん」
「ん?」
「その、今まで色々と……きつく当たってしまって、すみませんでした。これからはもっと、打ち解けられるよう努力します」
「いきなりどうした? つーかそういうのって、努力するもんだっけ」
「そ、それもそうですね。ええと、じゃあ、もっと思いやりの気持ちを持って接します」
「それって俺と仲良くしようとしてる? エリーゼの言葉に胸打たれちゃったか」
「あんな風に泣かせたくはありませんから」
「そうかい。んじゃーまずはそうだな……その呼び方から改善したらどーよ?」
「呼び方……ですか?」
「アルヴィンさん≠ネんて、明らかに距離感じるだろーが」
「ですが、それは貴方に対してだけではありませんよ?」
「なら、俺は特別ってことにしてくれよ」
それはそれで、逆に不自然というか、変に浮いてしまうのではないだろうか。
アルヴィンは今までのことを踏まえると多少やり過ぎたぐらいで丁度いいと言うが、では一体なんと呼べばいいのか。
「何でもいいさ、旦那の好きなように──って言って、じゃあアルヴィンさんで、とか言うなよ」
「分かってますよ。えーと……」
「…………」
「…………」
「……あだ名が思いつかねーんなら、普通に呼び捨てでいいぞ」
日が暮れると苦笑され、ならそれでと返す。
しかしいざそれで呼ぶとなるとなかなか口に出なかった。
「んな難しいことでもないって。それとも、それすら出来ないくらい俺のことキライ?」
「そ、そんなことありません。ただ、そういう風に呼ぶのに慣れていないだけです」
「考えすぎ。アルヴィン、はい復唱」
「……あ、アルヴィンさ」
「さんはいらないって」
「……アル、ヴィン」
「そんなぎこちなく呼ばれたの初めてだわ。ほれもう一回」
「そんなに何度も言う必要は……」
「聞きたいから」
面白がっているのは顔を見れば明らかで、ラスヒィは自棄になって何度も繰り返す。
相手にOKを出された頃には、そう呼ぶことに抵抗もなくなっていた。