02.六つの花弁
「はぁ……なんとかここまで来れましたね……」「ラスヒィ、まだ涙出てる……です」
途中から出てきたケムリダケの胞子をくらう度に流れていた涙を見て、エリーゼが心配そうに下から覗きこんでくる。その姿が愛らしくて、ラスヒィはつい意味もなくその頭を撫でた。
引き取り手がなければ引き取るつもりではあったが、もう本当に連れて帰ってしまいたい。
「旦那、そうしてるとロリコンに見えるな。……冗談だって、睨むなよ」
「こんな小さな子をいやらしい目で見てた人に言われたくありませんね」
「俺は将来性を語っただけだっつーの! ほら、涙拭けよ」
アルヴィンが服の袖で拭いながら、左目にかかるモノクルが邪魔だと外そうとするのを、ラスヒィは振り払って阻止した。
その反応にエリーゼが驚いて半歩下がる。
「す、すみません」
「別に気にしねーけど……大事なもんだったか?」
そういう訳ではないのだが。理由を説明できずに口ごもっていると、ふと木々を分け入る音が全方位から聞こえた。
音を出していたのは入り口で見た魔物で、あっと言う間に周囲を固められる。
「あんたは……!」
「おっきいおじさん……!」
その魔物とともに現れたのはジャオだった。
魔物たちはジャオには危害を加えず、寧ろ服従しているように両脇に立つ。
「おうおう、よう知らせてくれたわ」
「イバルの他に、魔物と対話できるものがいるとはな」
後ろで怯えてティポを抱きしめるエリーゼを背に隠すようにして、ラスヒィは前に立つ。
もっとも、精霊術で彼女に劣る自分が庇っても、あまり意味はないかもしれないが。
「んで? どんなご用で?」
「知れたこと。さぁ娘っ子、村に戻ろう。少し目を離している間にまさか村を出ておるとはのう、心配したぞ」
「いやー! ラスヒィ君たすけてー!」
「貴方が村を去ったあと、この子がどうなっていたか分かっているんですか」
「……すまんとは思っておる」
「お前は、エリーゼとどういう関係なんだ?」
「その子が以前いた場所を知っておる。彼女が育った場所だ」
「なら、彼女を故郷に連れていってくれるんですか?」
ジュードの問いに、男は無言で否定を示した。
「……またハ・ミルに閉じ込めるつもり?」
「お前達には関係ないわい! さぁ、その子を渡してもらおう!」
ならば返す気はないと、ジュードがジャオとエリーゼの間に割って入る。
交渉が成立しないと分かると、ジャオは武器を構えた。ジュード達も同じくそれぞれ武器を握る。
「エリーゼ、わしと一緒に来い!」
「いやです!」
「聞き分けのない子だ……」
「お前こそ聞き分けろ!」
ミラが飛び出して、最初の一撃を振りかざす。それを合図に前衛と後衛に分かれて攻撃を開始した。
ラスヒィは連弩で先に周囲の雑魚の数を減らして、エリーゼと共に詠唱に入る。
「皆に安らぎを……ピクシーサークル!」
「回復は任せてよねー!」
「頼みます。──神の息吹、今剣となりて万物を切り刻め。アリーデヴェルチ!」
「お、今回は上手くいったな」
「同じ失敗は二度犯しません。後ろ来てますよ!」
アルヴィンに迫る魔物に狙いを定めてラスヒィが矢を放つ。
念のためにと魔術と併合して立て続けに連射し、目標の停止を確認して次の相手に連弩を向ける。
今回は一筋縄ではいかないようで、前衛は苦戦している様だった。
ラスヒィはエリーゼと繋いでいた共鳴を一度切り、ミラに声をかけて意識を繋ぐ。
「ラスヒィ! 力を貸りる!」
「お任せください!」
ミラの剣に向かってラスヒィが火の玉を打ち込み、ミラがそれを剣に纏わりつかせて剣風で敵を凪ぐ。
風に乗った炎はジャオに移り、その身を焼いた。
「よし、一気にいくぞ!」
「了解!」
背後に回ったジュードが手足を使い打撃を打ち込み、横からアルヴィンが剣を振るう。
猛攻にジャオの勢いは次第に弱まっていったが、なかなか倒れる気配はない。
「おいおい、どんだけタフなんだよ」
「……何故だ、娘っ子。その者達と居ても、安息はないぞ?」
「……ともだちって、言ってくれたもん!」
「もう淋しいのはイヤだよ!」
ジュードの傍に寄り添うエリーゼに、ジャオの目が悲しげに細められる。
それほど悪い人間では無いのだろうが、事情があるにせよ本人が嫌がっているのに無理に連れ戻すのには賛成できない。それにあの村に居たとして、エリーゼが幸せになれるとも思えなかった。
「……皆聞いて、考えがある」
ジュードがキジル海瀑の時と同じように、頭を働かせて突破口を開く。
指示を受けたアルヴィンは、木とケムリダケの位置を確認して銃を構えた。
「もうやめておけ」
最初はジャオに向けていた銃口を、その後ろの木にずらして引き金を引く。
四発撃って素早く充填を済ませると、木の根元にもう一発撃ち込んだ。
「なんだと!?」
「口を押さえて!」
中心を打ち抜かれ支える力を失った巨木は、そのままジャオに向かって倒れる。
足元に点在していたケムリダケはその衝撃で胞子を撒き散らし、辺りは一瞬で白く濁った。
ジュード達は打ち合わせた通りその隙に森の出口へと走る。
皆なるべく胞子を吸わないようにと息を止めていたが、完全には防ぎきれずに咳き込みながら前へと進んだ。
「げほっ、げほっ……はぁ、うまくいったな」
「ごふっ、ごほっ……っああ、さっすが優等生」
「はぁ……っ、み、みんな大丈夫……?」
「ええ……っ、なん、とか……」
「こうなると、ボクがサイキョーだねー!」
後ろからジャオが追ってきてはいないか確認し、一行は森の出口で足を休める。
元気なのはティポだけで、皆の周りを飛び回っていた。
「反対側まで出れたみたいだね」
「そうだな。これならもう、カラハ・シャールは目と鼻の先だ」
「よし、では行こう」
「……ミラさんの体力が、羨ましいです……」
ラスヒィは溢れる涙をこすって、エリーゼの手をひいて立ち上がる。
せっかくのカラハ・シャールだというのに、この調子では街についてすぐに宿屋になだれ込むことになりそうだ。
「今度はお姫様抱っこにしてやろうか?」
「いりません!」
「じゃ、肩貸してやるよ」
「……どうも」
結局アルヴィンに頼ってしまう自分が不甲斐なくて、ラスヒィは腕は肩に乗せる程度にしてなるべく自分の足で歩くようにした。一体いつになったら一人で行動できるようになるのだろう。
「もし出来ないままだったら、ずっと俺が支えといてやるさ」
「ずっとって……それは無理でしょう」
「アルヴィン君とラスヒィ君はー、ラブラブだねー!」
「…………」
「……あ、おいちょっと旦那! そんな足取りじゃまた転ぶぞ!」
「もうティポ! 余計なこと言っちゃダメです!」
そうして賑やかに騒ぐ後方を楽しげに振り返りながら、ミラとジュードは一足先にカラハ・シャールの土地を跨いだ。