02.六つの花弁

「やっとカラハ・シャールに着いたね」

「えらく遠回りしちまったな」

「もうでっかいおじさん来ないかなー?」

「この雰囲気の中までは追ってこれまい」

カラハ・シャールの街は出店が多く、その分観光客や商人などでごった返していた。

街の入り口には兵士も居たが、騒ぎでもしない限りこの人混みの中で気付かれることはないだろう。

「おっ、この店、なかなかいい品がそろってるな」

「いらっしゃい! どうぞ見ていって下さいよ」

アルヴィンが兵の目から隠れるのも兼ねて、前にあった露店に立ち止まる。
棚の上にはコップや皿などの陶器が綺麗に陳列されていた。

それらの骨董品をミラは興味深げに眺め、エリーゼはあちこちに目移り。

「なんだか、街のあちこちが物騒だな?」

「ええ、なんでも首都の軍研究所にスパイが入ったらしくてね。王の親衛隊が直々に出張ってきて、怪しい奴らを検問してるんですよ。まったく迷惑な話で……」

「……それは大変ですね」

親衛隊か。一般兵ならまだしも、親衛隊となると少し面倒だ。
特に自分は顔を見られればオシマイだと、ラスヒィは背の高いアルヴィンを密かに盾にする。

「……旦那、俺だって顔見られてるかもしれねーんだから、自分だけ助かろうとするなよ」

「何かあったときはちゃんと一緒に逃げますよ。貴方こそ置いていかないで下さいね」

「? どうかしましたか?」

「ああいえ! あ、このカップの紋様は素敵ですね!」

「そりゃあそいつは、イフリート紋が浮かぶ逸品ですからねぇ」

陶器の柄などほとんど興味はないのだが、店主は機嫌を良くして自慢げに商品の説明を始める。
エリーゼはいつの間に仲良くなったのか、自分とよく似たカップを手にしている女性と談笑。

するとミラがその女性の手にあったカップを取り上げて、指の先でくるくると回した。

「ふむ、それは無かろう。彼は秩序を重んじる生真面目な奴だ。こんな奔放な模様は好まない」

「ほっほっほ、面白いですね。四大精霊をまるで知人のように。──確かに、本物のイフリート紋はもっと幾何学的な法則性を持つものです」

ミラの意見を賞賛したのは、女性の傍に立っていた老人だった。

その顔を見てラスヒィがコップから手を離してしまい、アルヴィンが慌ててキャッチする。
老人はそれらに気付かずに、女性が手にしたものとセットになっていたソーサーを手に取って裏面を見た。

「おや、このカップが作られたのは十八年前のようですね?」

「それが……何か?」

「おかしいですね。イフリートの召還は、二十年前から不可能になっていませんか?」

老人の言葉に、店主が自分のミスに気付き狼狽する。
女性はそれを聞いて落ち込みつつ、ミラからカップを受け取った。

「残念、イフリートさんがつくったんじゃないのね……。でもいただくわ、このカップが素敵なことに変わりないもの」

「は、はい……お値段の方は勉強させていただきます……」

店主が表示していた価格を修正し女性に見せると、かなり下がったのだろう、女性は得をしたとにこやかにお代を払った。
渡されたそれを大事に抱えて、そしてようやくラスヒィ達に気付く。

「……あら? そこに居るのは……まさか、ラスヒィ?」

「なんだ、知り合いだったのか?」

二人はお互いに信じられないものを見たような目つきで見つめあい、次に笑顔を浮かべ同時に歩み寄った。

「ドロッセル!」

「お久しぶり! 吃驚したわ。ねぇ見てローエン! ラスヒィよ!」

「おや、これはこれは……ご無沙汰しております、ラスヒィさん」

きちんと足を揃えて礼をするその老人と、手を取り合って喜ぶドロッセルとラスヒィを見て、他の面々は唖然とした。

「……もしかして、例のラスヒィさんの友達、かな?」

「女だったのか……意外だな」

「そちらの方たちはラスヒィのお友達?」

「訳あって一緒に旅をさせて貰ってるんだ。……ああ、それから……」

ラスヒィはドロッセルとローエンに何やら耳打ちをして、二人は頷いてジュード達を見る。
一体何を話したのか、ともあれ随分仲が良さそうだと皆は感じた。

「さっきは有難う! あなたたちのおかげで、いい買い物が出来ちゃった。ドロッセル・K・シャールよ、よろしくね」

「執事のローエンと申します。どうぞお見知りおきを」

「お礼に、お茶にご招待させて頂けないかしら?」

「お、いいねぇ。じゃあ後でお邪魔するとしますか」

「私の家は街の南西地区です。すぐに分かるとは思いますが、もし見つからなければラスヒィに案内して頂いて下さい。──ラスヒィ、お願いね。まさか忘れたりはしてないでしょう?」

「そこまで忘れっぽくなったつもりはないよ。それじゃあ、後で」

去っていく二人を笑顔で見送っていると、やはりというかまぁお約束というか、ラスヒィはジュード達に取り囲まれた。

「執事着きの人が友達だなんて……ラスヒィさんって、やっぱりどこかの名家の人なんだね」

「ラスヒィ君すごーい! お金持ちー!」

「あの人、ドロッセルっていうんですか……? ラスヒィと、どういう関係なんです?」

「私の身分云々はともかく、あの二人とは古くからの付き合いがあるんです。普段なかなか会うことも出来ないので、歳柄もなくはしゃいでしまってすみませんでした」

「あれが旦那の言ってた友達ってやつ?」

「まぁ彼女もそうですが、特に良く話すのは彼女の兄です。家に行った時に会えると思いますよ」

「なるほど、妹か。もしかして旦那とデキてんの?」

「はい?」

「なんだハズレか」

「しかし、お茶などしている暇はないのだがな」

「ま、この街に居る間は利用──失礼。厄介になった方が色々好都合だろ」

「確かにそうかも。こんなに警備が厳重じゃ、宿にも泊まれなさそうだし」

「ふむ。では街の様子を伺ってから、お茶にするとするか」

なんだかんだでミラ自身も楽しみにしているんじゃないかと、皆が笑い合う。
そりゃあ精霊様は人間とお茶などしたことはないだろう、これでまた一つ彼女の初体験が増える訳だ。

「エリー、あっちにキレイなお花があるよー!」

「わぁ……!」

「エリーゼ、あんまり遠くに行っちゃ駄目だよ」

「何やら美味そうな匂いがするな……あっちか?」

「ったく自由だねぇ。旦那はどうする?」

「皆さんそれぞれで行動したいでしょうし……私はここで待っていますので、用が済んだら声をかけて下さい。──あ、でもその前に私も買いたいものがあるので、少しの間だけ失礼しますね」

この街なら売っているだろうと、ラスヒィが立ち並ぶ店の看板を見ながら目当てのものを探していると、アルヴィンが隣に並んだ。

「俺も付き合うよ」

「こんな街中でまで護衛してくださらなくても良いんですよ?」

「護衛のつもりじゃねーが、別に見たいもんもねーし。それにこういう時こそ、親睦を深めるチャンスだろ?」

「成程。そういう事なら、喜んで」

「で、何買うって?」

「靴です。動きやすいものに変えようかと」

防具屋と書かれた看板を見つけ、店主に靴はあるかと尋ねると、店にあるものを並べてくれた。
どれもこれも綺麗で出来のいいものばかりだが、長時間歩くには適していない。

「これなんかいいんじゃないかい? あんたに似合いそうだ」

「申し訳ないんですが、山道や岩場を楽に登れるようなデザインのものは無いでしょうか」

「なんだ、お兄さん旅の人か。そうだねぇ……うちにあるのじゃ、一番動きやすいのでもこれくらいかな」

店主が出したのは、ヒールの低いショートブーツだった。
これも運動にはあまり適しているとは言い難いが、今履いているものよりはマシだろうと、ラスヒィは代金を支払ってその場で履き替える。

「すみません、これ、そちらで処分しておいて頂けますか?」

「え、捨てんの?」

「持っていても邪魔になるでしょう」

了承した店主はそのほとんど汚れていない靴を受け取って、靴底にあるロゴを見て目を飛び出させていた。
恐らくまた高価なものなのだろう。それを易々と手放すとはと、新しい靴の履き心地を確かめているラスヒィにアルヴィンは恐れ戦く。

「さて、私の用事はこれで終わりなんですが……アルヴィンは本当に見て回らなくていいんですか?」

「ああ、ジュード達も戻ってきたしな」

満喫できたのか幸せそうな顔で戻ってくる皆に、ならばお茶にしようかとドロッセルの家へ向かった。
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