03.その街の別名は

昼間に敵が入り込むとは考えていないからか、はたまた先の戦いで疲れているからか。ガンダラ要塞の周辺警備はそれほど厳しくはなかった。

全く綺麗でもなんでもない、機能性だけを考えて作られたその大きな砦を見て、ジュードが鉄のお城と仮称する。

「交易路の安全を守る、という名目で建設されました。けれど、もうそんな面影はありませんね」

「んで? どうやって内通者と連絡するんだ?」

「こちらへ」

ローエンに導かれて、三人は要塞の入り口の死角にあたる壁際に移動する。
そこには積み上げられた箱があるのみで、ローエンはその上にある通風口に目を向けた。

「ジュードさん、あの通風口の内壁を、一回、二回、二回と叩いてください。その後、三回、一回と返ってきたら、手筈が整っている合図です」

ジュードは箱から通風口の入り口に飛び移り、腕で体を持ち上げて中に入っていった。
普段のラスヒィなら身軽なものだと賞賛の一つでも送っただろうが、今の彼の口からは余計な言葉は出ない。

「返事が返って来たよ」

「行きましょう」

「旦那、登れるか?」

ラスヒィはジュードが行った道を辿って行くが、一番上の箱に乗っても通風口はまだ高い位置にある。
ジャンプをすれば勿論届く距離だが、その後腕力だけで登れるかと言うと微妙なところだ。

ラスヒィが苦い顔のまま立ち往生していると、アルヴィンが隣に来て壁に手をつき、上体を直角に折り曲げた。どうやら踏み台にしろということらしい。

ラスヒィは「どうも」と素っ気無く言って、躊躇い無くその背中に乗り上げた。
その重みがなくなってから、顔を上げてアルヴィンも登る。

「急いで」

通風口は要塞の内部に直通しており、ラ・シュガル兵の鎧に身を包んだシャール兵が出迎えてくれた。
降りるときもこれまたすごい高さで、躊躇するラスヒィをアルヴィンが抱えて着地する。

「…………」

「……ん? なに、余計だった?」

「……いいえ」

「ご苦労様でした、助かりましたよ」

「カラハ・シャールの件は、要塞内でも話に上がっています……こんなことになってしまって……」

「慰めてやりたいが、こっちも急いでてな。中の情報を、掻い摘んで教えてくれないか?」

「はっ、すみません。お嬢様たちは二階の牢です。ですが、問題は別にあります。囚われた者は皆、足に逃走防止用の拘束具をつけられています」

「なんだそれ」

「拘束具をつけたままあの呪帯に踏み込むと、爆発する仕掛けになっているんです」

自分たちのすぐ近くに、地面から天井までをカバーする大きな魔方陣が展開されていた。
そしてそれは要塞内のあちこちに見受けられる。これらが全てそうらしい。

「そんなものを……じゃあ牢から助け出しても、それを何とかしないとここから出られないんだね」

「解除キーを持つ者を探すのは非効率です。全体制御している制御装置を押さえるほうがいいでしょうね」

「制御装置の場所までは調べられていません……申し訳ない」

「いえ、助かりました。ありがとうございます」

「脱出用の足の確保もしておくべきだろうな」

今居る通路の端には、数頭の馬と馬車が並べられてあった。
それらの入手は内偵に任せて、四人はエレベーターの鍵を受け取る。

「それじゃ、お姫様たちを探しますか」

「……私はナハティガルを探します。皆さんは皆さんで頑張ってください」

「え? でも……」

「……旦那、ちょっと落ち着けって。一人じゃ無理だ。見つける前にやられるのが目に見えてるだろ」

「もしミラさん達を探している間に、ナハティガルに逃げられたらどうするんです」

「また追いかければいいじゃねーか」

「そんな簡単に……!」

「ラスヒィさん、お気持ちは分かりますが、気持ちばかり急いては大事なものを見落としてしまいますよ。右も左もわからぬのは皆同じです。この広い要塞を宛もなく歩けば、すぐに迷ってしまいます。……無茶をして貴方にまで何かあれば、クレイン様が悲しまれますよ」

子供を躾けるような優しい口調で言われて、爆発寸前だった怒りがしゅるしゅるとしぼんでいく。
アルヴィンは静かになったラスヒィに苦笑しながら、「行こうぜ」と手を取った。

要塞の中は本当に広くて、一つの通路に部屋が何個も並んでいる。
目印もなにもないので手当たり次第調べていくしかないのだが、行けども行けども同じような景色ばかりで目的地にはたどり着かない。

「道……これで合ってるよね?」

「さあなあ。地図も何もねーんだから、確認のしようがないな」

「あいたた……今の移動は腰にきました」

通風口をくぐって外に出たところで、何度目かも分からない敵との遭遇。
ラスヒィは苛立ちからいつも以上に精霊術を連発していたせいで体力の消耗が激しかったが、湧き上がる憎しみや怒りがその体を突き動かした。

「今の兵が制御室の鍵を持っていました。これで制御室に入れます」

「結局別の鍵を探し回る羽目になったな」

「人生とはそんなものです」

「……口の減らないジイサンだ」

制御室自体は最初のうちに見つけていたので、さっさとそこまで戻って鍵を使い開ける。
すると聞き覚えのある女性の怒声が聞こえた。

「ナハティガル! 貴様のくだらん野望、ここで終わりにさせてもらうぞ!」

「────ッ!!」

「あっ、おい! 旦那!」

その声と、何より彼女が呼んだ名に反応して、ラスヒィはアルヴィンに繋がれていた手を振り解いて走り出す。

そこには壁に叩きつけられてよろけているミラと、ナハティガル、その側近のジランドが居た。
ジュードは階段を駆け下りていたが、途中で面倒になって飛び降りる。

「儂はクルスニクの槍の力をもって、ア・ジュールをも平らげる」

「それでカラハ・シャールを……どうしてこんなヒドイことばかり……」

「下がれ! 貴様のような小僧が出る幕ではないわ!」

「ナハティガル王!」

「では、私ならどうですか?」

ジュードの隣に並んで、ラスヒィは使い慣れた連弩をナハティガルに向ける。
相手は目を僅かに大きくしたが、すぐに普段の通りに戻った。

「……家出したかと思えば、こんな所にまで来ていたとはな。望む答えは見つかったか? ラスハイルト」

「父上、なぜクレインを殺したのですか」

「あの男は儂の命令に従わず、あまつさえ反乱を企てていた。主人に牙を剥くような犬は処分するのが当然だろう」

「それは貴方が、皆の命を勝手な都合で奪っていたからでしょう! クレインの言っていたことの、考えの何が間違っていたと言うのですか!!」

「……お前が儂に口答えとはな。外で要らぬ知恵でも得たか? 屋敷の外に出て大人になったつもりか? 朋輩を得て強くなったつもりか? ……とんだ勘違いだ、目を覚ませ」

「……ッ!!」

何が勘違いなものか。
クレインを殺めたことに関して詫びの一つもない相手に、ラスヒィは矢を連続で放つ。

しかしそれらは掠ることもなく、全て地面に叩き落された。
ナハティガルの目はラスヒィを見てはおらず、ミラに向けられている。

「貴様などに我が野望、阻めるものか!」

まだ伏したままのミラに向けて、ナハティガルが長剣を投げた。
だが三本の小刀と空中で接触して、軌道をそれた剣はミラの顔の横に刺さる。

小刀を投げたのはローエンだった。
クレイン達を救出したときに谷で見せたあの三角の魔方陣に乗って、優雅に皆の元まで降りてくる。
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