03.その街の別名は
「イルベルト、貴様か……!?」「イルベルト……? 歴史で習った、あの指揮者イルベルト!?」
「ただのじいさんじゃないと思ってたが……」
ラ・シュガル兵も、ジュードも、未だ二階で待機しているアルヴィンも、その場に居た誰もが彼の名を聞いて驚いていた。
それもそのはず、指揮者イルベルトと言えば、こと戦場において、ラ・シュガルを幾度も勝利に導いた優れた軍師として、あちこちに名を残しているからだ。
ローエンはナハティガル達には向かわずに、ドロッセルとエリーゼの傍に降り立つ。
二人と話すローエンを見て、ナハティガルは鼻で笑った。
「ふん、落ちぶれたなイルベルト。今の貴様にはそれが相応だ」
「陛下、こちらへ! このような者共に、これ以上構う必要はありません」
「……ラスハイルトを連れて来い」
「は? しかし……、……かしこまりました」
ナハティガルに睨まれたジランドは、乱暴にラスヒィの腕を掴んだ。
そのまま引っ張っていこうとするジランドに、ラスヒィは抵抗する。
「ラスヒィさん!」
「この……っ、離せ!」
「暴れるな」
首元に刃先を当てられて、その冷たい感触に動きが鈍る。
反抗の術を失ったラスヒィは悔しさに奥歯を噛んだ。
「旦那!」
「ミラ!」
ナハティガルに連れて行かれたラスヒィと、それを追いかけて行ったミラ。
その二人だけを通して閉じてしまった扉を、ジュードとアルヴィンが何度も叩く。
「くそっ、無理か……」
「扉が開かないんだ! ミラが!」
「皆さん!こちらへ! 時間がありません。今から施設内の全制御を行っている術式を焼き切ります。そうすればこの扉も開き、呪環も解除されるはずです」
「だけど、こんな大きな要塞の制御術式を……出来るの?」
「私一人では……ですから、私が魔方陣を展開します。皆さんはそこにマナを注いでください。いきますよ!」
ローエンの作り出した魔方陣に、それを囲んでいる五人がマナを注ぐ。
しかし魔方陣は発動してはくれない。
「くっ、五人もいてマナが足りないなんて……」
ドォォンという地響きと共に、要塞全体がぐらぐらと揺れる。
どこかで爆発か何かがあったのだろうが、その音は閉ざされた扉の向こうから聞こえた。
扉の先にはラスヒィとミラ。
皆の顔に焦りが浮かぶ。
「早く……早くしないと!」
「ミラとラスヒィが危ないの! ティポ起きて! お願い!」
エリーゼの腕に抱かれているティポは、ただの人形のようにぐったりとうなだれていた。
エリーゼの必死の呼びかけで、その体が起き上がる。
ティポが目覚めた瞬間マナが爆発的に増加し、魔方が発動して制御術式を解いた。
ドロッセルの足につけられていた拘束具が外れて、扉も自動的に開く。
一行は真っ先にそこに飛び込んだジュードを追って扉を潜った。
「あの技術……増霊極をア・ジュールが手にしているというのは脅威ですな」
ジュード達が扉を潜る少し前。
後方から追手がないかを確認していたジランドが、ラスヒィの首に刃を突きつけたままナハティガルに向き直る。
「何を恐れる? 我が軍も装備すればいいだけのことだ」
「問題点も少々あるようですが……」
「かまわん。至急イル・ファンにデータを持ち帰れ」
「では、クルスニクの槍に繋いだ者たちに……?」
「早速実装しろ」
二人の間でなされている会話が何の話なのか、ラスヒィには詳しくは分からなかったが、少なくとも出てきた単語からまた誰かを犠牲にしようとしているということは十分に理解できた。
「この期に及んでまだそんな馬鹿げたことを続けるつもりですか!!」
「この期に及んで、は貴様の方だ、ラスハイルト。やはり屋敷の中で飼っておいて正解だったな。外の世界は悪影響しか及ぼさん」
「外に出ずとも、あのような実験が行われていると知れば私は貴方に反抗していました!人の上に立つ者の義務はそんなことではないでしょう! 王は国を護るべきものだと、少なくとも私が知っている貴方は、そう教えてくれた筈です!」
「その通りだ。だからこそ、力が必要なのではないか」
「国とは土地のことではありません! その地に住まう人が居て初めて国と言えるのではありませんか! これでは身喰いをしているのと同じです……!」
「待てナハティガル!」
後ろから追って来ていたミラが素早く精霊術を発動させ、ナハティガルに火の弾を撃ち込む。
だがそれは道の途中にある呪帯に阻まれて、狙いよりも手前で爆発した。
「無駄だ、自称マクスウェル」
「ミラさん……」
「……答えろ、なぜ黒匣を使う? なぜ民を犠牲にしてまで、必要以上の力を求めるのだ? 王はその民を護るものだろう!」
「ふん、お前にもこやつにも分かるまい。
世界の王たる者の使命を! ──己が国を! 地位を! 意思を! 守り通すためには力が必要なのだ! 民はそのための礎となる……些細な犠牲だ!」
些細な犠牲? 悔しさに震えていたラスヒィの拳が、また別の意味で震えだす。
クレインは、その些細な犠牲の一つだとでも言うのか。
「……貴様は一つ勘違いをしている」
「……何だと?」
「このようなもので自分を護らねば……黒匣の力など頼らねば、自らの使命を唱えられない貴様に、出来ることなど何もない。成すべきことを歪め、自らの意思を力として臨まない貴様などに!」
「はっ! 儂に傷ひとつ負わせられぬお前が何を言っても、負け惜しみにしか聞こえんわ」
「勘違いはひとつではないようだな」
「何?」
ミラは拘束具のついたままの足を一歩引いて、次の瞬間、呪帯の先に居るナハティガル目掛けて走り出した。
「みっ……」
「ばっ、バカな!?」
ミラの足が呪帯を越えた瞬間、拘束具が爆発を起こす。
爆風に乗ったミラは、そのままナハティガルに斬りかかった。だが、それは寸前で躱される。
黒煙を上げるミラの足。そこに追い討ちをかけるように、再び呪いが発動し爆発が起こった。
「ミラさん!!」
「ふ……ふはは! それが意思の力とやらか? やはり傷ひとつ負わせられぬではないか!」
「ッ貴方はどこまで……!!」
爆発に驚いて緩くなった拘束から脱して、ラスヒィはナハティガルに掴みかかる。
轟々と燃え上がる炎と立ち上る煙の中から、それでも立ち上がったミラが再び飛び出してきた。
「貴様に使命を語る資格はないっ!」
どこまでも追ってくる呪いがミラに三度目の爆発を与えて、彼女は空中で姿を消した。
ラスヒィはナハティガルを突き飛ばして、落下するミラの体を慌てて抱きとめる。
そこで漸く追いついたジュード達が、ミラとラスヒィの姿を認めて走ってきた。