04.日輪を亡くした月
「さてと、それじゃあ行くか」さわやかな晴天とは対照的に真っ暗な面持ちのまま朝を迎えて、ラスヒィはろくに眠れなかったせいでちゃんと開いてくれない目蓋を擦る。
「まずはサマンガン海停に行って、そこからラコルム海停に移動する。目指すはシャン・ドゥだ。ちょっと歩くが文句は言うなよ」
「……? イル・ファンを目指すのでは……」
「おいおい、修行もせずにそのまま乗り込んでってどーすんだよ。自殺しに行く気か? 丁度俺も用事が溜まってるし、修行しながら行こうぜ」
「ですが……」
「うだうだ言ってねーで、ほら、行くぞ」
ラスヒィは腕を引かれて強引に宿から連れ出され、しかし出たところで広場に集まっているジュード達を見つけたアルヴィンは柱の影に隠れた。
ミラの両足に巻かれた包帯が痛々しいが、本人はいつも通りの涼しい顔。
彼女は白馬に跨っており、その手綱をジュードが握っている。
二人はアルヴィン達には気付かずに、そのまま街の出口へと歩き出した。
彼女達も何処かへ向かうのか?
広場に残されたエリーゼ、ローエン、ドロッセルが、寂しそうにその背中を見送っている。
「……受け入れるのか、このことも……」
「え?」
「……何でもねーよ。しっかし、方向が一緒なら、俺達は別の道から行くか」
アルヴィンが小さく呟いた言葉はラスヒィの耳には届かず。
しかしそれを聞き出そうとすることはせず、ラスヒィはただ黙って引かれるままに足を動かした。
サマンガン海停に到着し、ラコルム海停行きのチケットを購入した二人は船に乗り込む。
当然のように支払いを任されたラスヒィは、仕方なく装飾品の一部を換金して二人分の乗船券を受け取った。
別にお金を払うことに抵抗があるわけではないが、もしかしてアルヴィンは自分を財布代わりにでもするつもりなのだろうか?
「何か言いたそうな顔だな」
「……いえ、別に」
とはいえ、彼に頼ってしまっているのは事実で。
どう扱われたところで文句を言える立場ではないと、ラスヒィは乗船券の一枚を手渡す。
「それじゃ、前のおさらいな。基本の振りさえ出来れば、あとは実戦でどうにかなるだろ」
海を渡って船を降り、海停で簡易的な剣の指南を受けて、その後は休む事もなくラコルム街道を移動する。
今までよりもずっとハードな行程だったせいで、日暮れにシャン・ドゥの街に着く頃には、ラスヒィの四肢は悲鳴を上げていた。
「情けないねぇ、旦那。まず体力つけたほうがいーぜ。──そんじゃ、俺行くとこあるから、適当に宿取っといてくれ。多分夜には戻る」
そう言って、アルヴィンはさっさと雑踏の中に消えていく。
見知らぬ土地で一人残されたラスヒィは、とりあえず近くにあった宿に入った。
豪華なだけあって値段もそれなりにはしたが、海停で換金した分で事足りたのでそれで支払いを済ませる。
大人しく彼の金蔓になっている事が惨めにも思えたが、そんなプライドなど今はどうでもよかった。
部屋で少し体を休めたあとは適当に街を徘徊して時間を潰し、道具屋でどうせこの先金に変わるだろう装飾品を全て売り払うことにした。
「あら、これ全部名前が彫ってあるわね」
「お金にはなりませんか?」
「いいえ、それでも十分な価値はあるけれど……大事なものなんじゃないの? 誰かからの贈り物とか……」
店の女性には、気遣ってかそんな言葉をかけられた。
彼女の言う通り、これらは全て父から誕生日祝いにと受け取った物だ。一つ一つ、貰った時のことを思い出す。
いつだって自分に微笑みかけてくれていた父。あれは自分を上手く操るための演技だったのだろうか。
これらの品も全て、そのための布石でしかなかったのだろうか。
もしそうだとしたら──ラスヒィはあまりにも滑稽な自分への笑いを浮かべながら、相手にしてみればただの微笑にしか見えなかっただろうその表情で言った。
「……ええ。ですが、もう必要のないものですから」
やはり全て相当高価なものだったらしく、実際の値段など聞かされていなかったラスヒィは、軽く両手で抱えるほどの金袋を持って宿に戻った。
当然大金の山に周囲から視線が集まっていたが、素知らぬ顔で部屋に入る。
アルヴィンはまだ帰ってはいないようで、静かで暗いその部屋に重い袋を下ろした。
コチコチと鳴る秒針の音だけが広い部屋に響く。
ベッドに体を埋めると睡魔に襲われたが、そのまま目を閉じるとクレインのことが浮かんでしまうので必死に抗った。
(……早く帰ってこないかな)
無意識のうちにアルヴィンの帰りを待ちわびている自分に余計に虚しさを覚えて、閉じられたままの扉をただただ見つめる。
行くところがあると言っていたけれど、どこに行ったのだろう。
彼はここに来たことがあるのか。まあ、傭兵なのだし驚くことでもないが。
城の中で本ばかり読んでいた自分と彼は随分違う。
今までの時間の使い方ならきっと、彼のほうが有意義だ。
そうして暗闇の中でまどろんでいるうちに眠ってしまっていたらしく、ドアが開く音と隙間から漏れた光で目を覚ましたラスヒィは慌てて起き上がった。
「……なんだその袋」
真っ先に言われたのはそんなことで、ラスヒィはおかえりなさいと言いかけていた口を閉じる。
「お金ですよ。持っていたものを換金してきたんです。こちらのほうが便利でしょう」
「へぇ、そりゃ有難いこった」
やっぱり自分も使う気か。まあそのつもりでやったことだったが。
釈然としない面持ちのラスヒィの隣に腰を下ろしたアルヴィンは、どこか浮かない顔だった。
「? 何かありましたか?」
「……別に」
会話終了。
触れて欲しくないことなのか、いつも以上にそっけなく返されて、ラスヒィはそれ以上の詮索は諦める。
知人の家にでも遊びに行ったのかと思っていたのだが、見るからに楽しんできましたという雰囲気ではない。
もういい、寝てしまおう。
どうせ浅い眠りになるだろうと分かってはいるが、それでもこんな時間に他にやることもないとラスヒィが再び目を閉じると、突然アルヴィンが立ち上がった。