04.日輪を亡くした月

翌朝の目覚めは、今までで一番と言っていいほどに最悪なものだった。

「ほら、さっさと起きろって。体、拭いといてやったぜ」

感謝しろとでも言いたげなアルヴィンは昨夜のことをしっかりと覚えているらしく、もしかしたら酔っていただけなのかもしれないと淡い期待を抱いていたラスヒィは心の内で落胆した。

謝罪も無しか。全身を襲う倦怠感に負けじと体を起こして、脱ぎ捨てられたままだった服を拾い上げる。
着替えている間にどうしようもない苛立ちや悲しみが込み上げたが、もうそんなものは感じるだけ無駄だと感情を殺した。

「今日はソグド湿原っつーとこに行って、お前の剣の修行だ。回復薬多めに買っておけよ」

ラスヒィは言われた通りにアイテムを揃えて、アルヴィンに連れられるままに街の一角にある小さな船乗り場にやってくる。
そこに居た老人が船渡し役らしく、小舟に乗り込むとオールを漕ぎ出した。

船は三人を乗せたまま街の中央を流れる川を進み、湿原へとたどり着く。

「帰るときはまた声をかけてくれ」

「サンキュじーさん。んじゃ行くぞ、旦那」

ラスヒィはまだ握り慣れていない剣を持って、魔物の群れの中を突っ切っていく。
出だしこそ順調だったが、時期に二人は異変に気付いた。

共鳴が出来ない。

原因はとてもシンプルなものだった。
共鳴はリリアルオーブが所有者の意識を感知して作動するもの。仲間≠ニ認識している者同士を繋げる力。
そうでない者の間に、繋がりが生まれる事は無い。

おかげで二人の連携はバラバラ。
それが致命傷とはならなかったが、いつもより圧倒的に戦いづらいことは確かだった。

湿原の中間あたりに来た頃には回復薬も半分以下にまで減っており、アルヴィンはともかくラスヒィの体力の消耗は激しかった。

「ほら旦那、メインのお出ましだぜ」

「は……? ……っ!?」

背中から剣のようなものが突き出た、電気を纏う黒き獣。
他のものとは比べ物にならない、見ただけで強敵と分かるようなそれに、あろうことかアルヴィンは突っ込んで行く。

仕方なくラスヒィも加勢するが、どう考えても力の差がありすぎる。
こちらの体力を削られるだけで、ろくに相手にダメージを与えることも出来ていない。

アルヴィンもそれに気付いたのか、軽く舌打ちすると何かを取り出した。
それを敵に投げつけると、時が止まったかのように静止する。

「やめだやめ、勝ち目がねぇ。旦那にはまだこいつの相手は早いみてーだな」

自分の力量の無さが不甲斐ない。が、出来ないものは出来ないのだ。
今日はもうこれくらいでいいんじゃないだろうかと、相手から「帰るか」と言われるのをラスヒィが期待していると、無表情のアルヴィンに、ドンッと体を押された。

フワリと浮遊感に襲われて、振り返った先に見えたのは崖。

「なっ……!?」

幸い落ちて死ぬような高さではなかったものの、なんとか着地したラスヒィは、どういうつもりだと崖の上のアルヴィンを睨む。

「今日はもう帰るわ。旦那もちゃんと帰って来いよー」

「はぁ? 帰ってって……どうやってこんな崖登れっていうんですか」

「誰も崖登れだなんて言ってねーよ。迂回して帰ってくりゃいいんだよ。ほら、あっちの方から回って来れるだろ?」

アルヴィンが指差した先には、確かに別のルートがあった。
だがそこにも当然魔物はうじゃうじゃと居る。

「日暮れまでは船下りた場所で待っててやるよ。時間過ぎたら置いていくから急げよ」

「ちょっ──待って下さい! 一人であそこまで戻れって言うんですか?」

「ああ、そう言ってんだよ。ちなみに他に道はねーからな。或いは向こうに進んだら、ニ・アケリアに行くことは出来るが……まあ、旦那の好きなようにしろよ」

「好きなって、どういう……」

「逃げたかったらお好きにどーぞ、って意味だよ」

コケにしたように言われて、ラスヒィは拳を握り締める。

だが、こんな疲労困憊の体で、自分一人だけで魔物だらけの道を戻るなんて、到底無理だ。
途中で力尽きて倒れるか、先に魔物に殺されるかしかない。

そう思って、ニ・アケリアに続く道を眺めていると、崖の上のアルヴィンが叫んだ。

「そんなんだから、惚れた奴の一人も護れねーんだよ!!」

「─────っ!!!!」

それを最後に、崖の上からアルヴィンの姿が消える。

自覚していたことを。
一番気にしていたことを。
クレインが死んだのは、自分の無力のせいだと。

それを思い出さされたラスヒィは、剣を手に、魔物の蔓延る道に足を踏み出した。

最初は歩いて、次第に早足に、駆け足に。
アルヴィンが示した道を。ニ・アケリアではなく、シャン・ドゥに続く道を、彼は走り出した。

容赦なく魔物は寄ってきて、鋭い牙や爪が服を皮膚を裂く。
負けじと剣を振りかざしては屍骸を踏みつけて進み、傷つけられた分同じように魔物を切りつける。

回復薬が底をついた頃、いよいよ魔物に囲まれ、絶望と恐怖が心を支配した。

震える歯が噛みあうたびにガチガチと音を立てて、飛び掛ってくる魔物を泣きながら殺していく。
魔術を使おうにも、詠唱などしている余裕はない。自分を護ってくれる人はいないのだから。

このままでは──衰弱した体と一向に光明の見えない現状に、頭の中が死のイメージで埋め尽くされた。

死にたくない──右前から飛び掛ってきた魔物に剣を突き立てる。

死にたい──背後から襲ってきた魔物に組敷かれ牙を剥かれる。

死にたくない──その喉に切っ先を突き入れて喉を突き破る。

死にたい──大量の返り血を浴びて、視界が赤く染まる。モノクルが弾かれてどこかに飛んだ。


死にたくない、死にたい、死にたくない。


もう嫌だ、逃げたい、怖い痛い辛い!


────そんなんだから、惚れた奴の一人も護れねーんだよ!


「────ッぁああぁアぁああァああアアッ!!!!」


海に溺れ必死にもがくように、心身の限界を超えても、ラスヒィはがむしゃらに剣を振るい続けた。
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