04.日輪を亡くした月

「……その男は何だ?」

「ん? ああ、俺の連れだよ」

似た立場にあるというのに、ア・ジュールの王と自分とではあまりにも違いすぎて、
忘れかけていた様々な感情がラスヒィの心に戻ってくる。

ガイアスに見られている事が耐えられず、ラスヒィはアルヴィンの服の裾をぐいぐいと引っ張ったが、相手は無反応。

「別に居ても問題ねーよ」

「……良いだろう。では、報告を聞かせてもらおうか」

どうして自分はこんな場所に連れてこられたんだ。嫌がらせか?

惨めさと恥ずかしさのせいでそこから先の会話は頭には入って来ず、ラスヒィは俯いてその場に立ち尽くしていた。






話が終わって宿に戻ると、アルヴィンは夕食を食べるなり、またどこかへと出かけていった。
随分多忙なことだ。一緒に居ても辛いだけなので、そうしてくれたほうが今は助かるが。

夜になっても色々なことが頭の中で渦巻いてうまく寝付けず、ラスヒィはあてどなく街を彷徨った。
街灯のおかげで視界は明るいが、ラ・シュガルのあの輝きに比べればやはり暗い。

暗闇はあまり好きではなかった。孤独であることを実感させられる。

「痛っ、……はぁ」

全く癒えていない傷口に、雪国の寒さは堪えた。
包帯は血が酸化したせいで黒ずみ、本来の役割を成していない。

「……こんな所で何をしている」

不意にかけられた言葉に、薄れ始めていた意識が浮上する。
顔を上げれば、そこにはア・ジュールの王が佇んでいた。

「……………………」

「何だ、口が利けぬのか?」

そうではない、そうではないが。
暫く喋っていなかったせいで、咄嗟に声が出ない。

黙したまま狼狽えるラスヒィに、ガイアスはしばし思案する。

「……それにしても酷い姿だな。来い」

そう言って背を向けて歩いていく相手にぽかんとしていると、数メートル離れたところでまた同じように呼ばれた。

「そんな姿で、そんなところに居られては民が怯える」

また歩き出したガイアスは、今度は振り返らなかった。

仮にもラ・シュガルの王族が、ア・ジュールの王に施しを受けるなど。
正常な判断が出来ていたのなら、ここで誘いには乗らず、宿に引き返していただろう。

だがこの時のラスヒィは、残念なことに正常ではなかった。






城に招かれて何をされるのかと思えば、まず始めに豪勢な風呂に放り込まれた。

「そんな状態では傷も癒えん」

洗って清潔にしてこいということらしく、実家以来の広い風呂にラスヒィは戸惑ったが、このままここでぼーっとしていても仕方ないかと割り切って使わせてもらった。

用意されていた綺麗なタオルで全身を拭いて、就寝用だろう質素な服に身を包むと、次は怪我の消毒と包帯の交換をされる。それも王様直々に。

なんでこんなに手馴れているのだろうと、到底真似できない手際の良さに魅入っているうちにそれは終わる。

他にも手入れしていなかった髪を梳いてもらったり、服を綺麗にしてもらったりと至れり尽せりで。そこまで親切にされると逆に不安になった。

そもそも、こんな事は王がすべきことではないだろう。
この城には召使いはいないのかと、ラスヒィは最初疑問に思ったが、次第に一人で何でもこなす相手に劣等感が滲み出す。

何かしてもらうたびに、自分がいかに無力な存在かを思い知らされているようで。

「……どうした?」

知らずのうちにラスヒィの瞳からは涙が零れていた。
優しく指で拭われたせいで余計に溢れる。

もうやめてくれ。これ以上惨めな思いはしたくない。

そう思っての涙だったのだが、相手は嬉し泣きの類だと受け取ったのか、こう切り出した。

「お前が何故あの男に付き従っているのか知らぬが……それはお前にとって良い選択ではない。行く場所がないのなら、俺の元に来い」

「…………え……?」

「何だ、声が出せぬ訳ではないのだな」

何を、何を言っているんだ。

なぜ自分のような人間にそんな提案をしてくるのか理解できなかったし、理解できたところで、勿論その申し出を受け入れることなど許される筈もない。

そう頭では分かっているのに、不安定な心は救いを求めるように、差し伸べられた手に向かう。
だが掴む前に、頭にアルヴィンの声が響いた。


そんなんだから、惚れた奴の一人も────


「────っ!!」

手が、全身が凍りつく。
ラスヒィは相手に触れそうだった手を下ろして、固く握り締めた。

そうだ、こんなところで、立ち止まっている場合ではない。

クレインの死を、無かったことにでもするつもりか。

「…………すみません」

「……何故──」

ガイアスが言いかけた言葉は、突然乱暴に開かれたドアの音によってかき消された。

弾かれたように顔を上げ、入ってきた男を見た瞬間、半ば夢見心地だったラスヒィの意識は現実へと戻る。

「……アルヴィ」

「何してんだよ」

食い気味に言って、大股で近くまでやってきたアルヴィンによって、ラスヒィはガイアスから引き剥がされる。
腕を掴む手はいつもより力んでいた。

「こいつに何か用でも?」

「……いや、もう済んだ」

「……そーかい」

短い言葉の応酬。
ただし落ち着いたガイアスの声とは違い、アルヴィンは明らかに苛立っている。

「帰るぞ」

「痛ッ」

腕を引かれたせいで傷が開き、白い包帯は巻いてもらってから一時間も経たないうちに汚れてしまった。

そのまま部屋を出て行った二人を、残された王は冷めた目で見つめる。

「……理解出来んな」
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