04.日輪を亡くした月

気がつけば、頭上にあった太陽は水平線に沈みかけていた。
また増えてしまった傷に包帯を巻いて宿に戻ると、店主だろう女性に声をかけられる。

「お客さん、色々事情があるんだろうけど、あまりここで揉め事はやめて欲しいねぇ」

多分昼間の、部屋を出た時のことだろう。
扉に当たるのは良くなかったなと、ラスヒィは自分の行いを反省して素直に謝罪する。

「ああそうだ、食事は口にあったかい?」

「ええ、まあ……」

「それは良かった。お兄さん旅人か何かでしょ、ここらじゃ見ない顔だからねぇ」

「はぁ……」

「最近他所から来る人が多いんだよ。こないだは長いことイル・ファンの医学校に行ってた子が帰って来てねぇ。お兄さんはイル・ファンに行ったことは?」

「一応、イル・ファンの出身ですが……」

「へぇ、そうなの! なら、もしかしたらジュードにも会ってるかもしれないねぇ」

ドクン、と、これまで静かだったラスヒィの心臓が脈を打つ。

ジュード? まさか。
いやでも、医学生で、ここ出身のジュードなど、きっと彼しかいない。

「その子は……今はどちらに……?」

「今は実家の診療所に居るんじゃないかね。ほら、ここに来る途中にあったでしょう?」

俯いて歩いていたせいで、街の建造物など見てはいないのだが。
何にせよ彼もこの街に居るのか。まさかアルヴィンはそれを知っていて、出歩かないほうがいいと言ったのか?

早鐘を打つ心臓に、更に追い討ちがかけられる。

「え……ラスヒィ……!?」

それは背後から聞こえた。まだ幼い可愛らしい少女の声。
ラスヒィがゆっくり振り返ると、別れた頃と何も変わっていないエリーゼと目が合う。

「……エ、リーゼ、ちゃん……」

「わーい! ラスヒィ君だー! 久しぶり〜!」

ティポが頭を飲み込んでくれたおかげで、動揺した表情を相手に見られずに済んだ。
一人と一匹は、こちらの心情など知らずに嬉しそうにはしゃぐ。

「ラスヒィさん……!? こんなところでお会いするとは……」

続いてやって来たのはローエンだった。
ラスヒィは眩暈がしそうになるのを堪えながら、必死に笑顔を作る。

「お二人とも、お久しぶりです。……どうしてここに?」

「ミラのお見舞いに来たんです」

「ジュードさんのご両親がミラさんの足を治せるそうなので、お二人もこちらに来ているんですよ」

「あれー? ラスヒィ君、目の色が違うよーっ!」

ああ、そういえばそうだったか。
最近接した人には指摘されていなかったので失念していたと、ラスヒィは左右で色の違う瞳を手で覆う。

「元々この色なんです。今まではカラーレンズの入ったモノクルで隠していたのですが……その、壊してしまって」

「隠してたの? どーしてー?」

「……目の色が左右で違うなんて、気味が悪いでしょう」

「そんなことないです!」

「ええ、とてもお綺麗ですよ。ところでラスヒィさんこそ、こんなところまでお一人で来たのですか?」

「いえ。一応、アルヴィンも一緒で……」

「アルヴィンさんも来ているのですか?」

「ええー!どこどこー!?」

「今は部屋で休んでいるか……ああ、でも、夜に用があると言っていたので、出かけているかもしれません」

「!? ラスヒィ、酷い怪我してる……!」

服の隙間から覗いた肌に巻かれている包帯を見て、エリーゼは慌てて治癒術をかけ始めた。
ラスヒィはそれに礼を述べながら、二人と共にロビーにある椅子に腰掛ける。

「今まで何をなさっていたんですか? そんなに体を痛めて……」

「これは……ナハティガルを討つために、アルヴィンが稽古をつけてくれたのですが、その時にちょっと」

「じゃあ、やっぱりラスヒィは、お父さんと戦うんですか……?」

「ええ。そのつもりです」

「それは、クレイン様の遺志を汲んでのことですか?」

────クレインの遺志。

ローエンのその言葉で、ラスヒィはクレインの最期の言葉を忘れてしまっていた事に気付いて愕然とした。

今の自分は、彼を殺された怒りと憎しみに動かされているだけ。

「……私が、ナハティガルの行為を許せないだけです……」

「そうですか……」

「でも、自分のオトーサンと戦うなんて、ラスヒィ君悲しくないのー!?」

「大丈夫です。辛いのは私だけじゃありませんから」

「……無理しないでくださいね」

心から心配して言ってくれているのだろうが、荒みきった心にその優しさは逆効果だった。

無理をしなくていいのなら、自分だって好き好んでこんなことはしない。
何も知らないくせに暢気なことをと、ラスヒィはエリーゼに理不尽な怒りさえ覚えた。

「ジュードさんたちは明日、ここを発つそうです。目的が同じなら、一緒に行かれてはどうでしょうか?」

「あんな目に遭ったのに、ミラさんはまだナハティガルと戦うのですか?」

「そのようです」

なんて強いんだろうと、ラスヒィは改めて思った。
彼女は他者の助けなど必要としないのだろう。きっと一人でも迷いなく、自分の成すべきことを成せるのだ。

「ねーねーラスヒィ君、今日は一緒に寝ようよー!」

「え……いや、流石にそれは……」

「ラスヒィさん、お願いできませんか」

ローエンにまで言われ、断り辛くなったラスヒィは渋々承諾した。
するとエリーゼの顔がパッと明るくなり、彼女は部屋に続く階段を駆け上がる。

「有難うございます。皆さんと離れてから、エリーゼさんは随分と心細い思いをしていたようなので……」

ああ、それでかと納得しつつ、一応アルヴィンへの書き置きを自分の部屋に残して、ラスヒィはエリーゼ達の部屋に移動する。

お陰でその夜はいつもより穏やかなものだったが、以前彼女たちと旅をしていたときのような楽しさは感じられなかった。
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