05.交錯する想い
「ねぇねぇジュード、あの人は?」夕暮れの港で、レイアを加えた一行は港の出口に向けて歩く。
現在の隊列は、といっても戦場はないのでかなり崩れてはいるのだが、前からローエン、エリーゼ、ミラ、ジュード、レイア、アルヴィン、ラスヒィ。
レイアは自分たちの後ろをついてくる二人を横目で見ながら、隣のジュードに耳打ち。
「ラスヒィさん。イル・ファンで色々あって、それから一緒に旅してるんだ」
「へぇー、じゃあイル・ファンの人なんだ?」
「うん。……って、なんで僕に聞くの? ラスヒィさんに聞けばいいのに」
「むっ、無理無理無理!」
「なんで?」
「だって、すっごい美形なんだもん! 緊張するよ〜! まさに白馬の王子サマって感じ?」
憧れの人でも見たかのように興奮気味に言うレイアに、ジュードが凄いねと笑う。
「当たり、ラスヒィさんは王族だよ」
「でしょ? そうだと思……って、えええええっ!?」
「ちょ、レイア、リアクション大きすぎ! 皆吃驚するでしょ!」
「だって、だって! ジュード、なんでそんな凄い人と一緒に旅してるのっ!?」
「だから、色々あったんだよ」
「詳しく!」
ジュードは促されるままに、あったこと、聞いたことを洗いざらい話した。
レイアは理解しているのかは定かではないが、ふんふんと相槌を打つ。
「そうなんだ……、お父さんと闘わなくちゃいけないなんて、辛いね……」
「そうだね……、でも、僕らが止める訳にもいかないから……」
彼の消沈の原因はそれと、あとは亡くしてしまった親友のことだろうと考えるジュードは、レイアの言葉に同意しつつラスヒィに同情する。
その視線の先で、レイア曰くの白馬の王子様は、ただ後ろに流れていく地面を見ながら歩いていた。
「旦那、もうちょっと明るく振舞えねーの? 優等生が気にしてるぞ」
「……そうですか」
「アイツらと居る間は仲良くしようや。ジュード君も、俺たちに仲良くして欲しがってたじゃねーの」
可哀想に。あの天真爛漫な少女も、幼馴染を追いかけてきたばかりに、この男に振り回される羽目になるのか。
一番その被害を受けたラスヒィは、他人事のように思った。
「……イル・ファンへ行ってくれるのではなかったのですか?」
「気が変わったんだよ、どうしても行きたいってんなら旦那一人でどーぞ。俺はエリーゼ姫についてってやらないといけないんでね」
「適当な理由を見繕うのがお上手ですね、相変わらず」
「そういう旦那は日に日に嫌味に磨きがかかっていくな、いっそ口でナハティガルと戦ったらどうだ? 今のところ俺の慰め程度にしか役立ってないその身体で挑むより、よっぽど勝算があるんじゃねーの」
「……っ」
「ま、俺に負けてる様じゃ、どっちにしろ無理だろうけど」
ほかの誰にも聞かれることのない会話をさっさと切り上げて、アルヴィンは歩調を速める。
今あの背中に剣を突き立てれば、あの男を殺せるのだろうか。
「なあ、ここって、ニ・アケリアの近くじゃねーの?」
「そうなのか?」
「寄ってかなくていいの?」
「今、村に用はない。……何か行きたい理由でもあるのか?」
二人のやり取りを他愛のない日常的な会話だと思って聞き流そうとしていたラスヒィは、その言葉尻に剣のようなものを感じて発言者であるミラを見た。
ミラのその問いは、単純な興味というより、何かを炙りだそうとしているような含みのあるもののように聞こえる。
「いーや。みんなおたくを心配して、帰りを待ちわびてるかと思ってさ」
答えるアルヴィンはと言えば、いたって自然に振る舞っている――ように見える。
だが、彼の裏面を見てきたラスヒィは、その振る舞いよりも疑ぐるミラを信じた。
もしかすると彼女も自分と同じように、アルヴィンの本性に気付き始めているのかもしれない。
「村を気にかけてくれるのは有難いが、今は急ぎたい」
懇切丁寧なお断りをされて、アルヴィンは「ならいいや」といった風に両手を頭の後ろに回す。
他のメンバーは今のやり取りに特に違和感は抱かなかったようで、それ以上深く掘り下げようとはしなかった。
「では、ラコルム街道を北へ進むと、シャン・ドゥという街があります、まずはそこを目指しましょう」
「待った。その街道って、ラコルムの主ってやばい魔物が出没するんじゃなかったか?」
「おや、よくご存じで。ですがご安心を、ラコルムの主も霊勢の影響を受ける魔物。地場に入ったこの時期は活動を弱めていて、街道まで出てくることは無いでしょう」
「だってさ。アルヴィン君、ビビる必要ないよー」
ティポの軽口にアルヴィンが反論し、朗笑するジュードの合図で一向は港を出ていく。
ラスヒィもそれに倣って先程と同様の並び、つまり列の最後に着こうとしたのだが、
「……ラスヒィ、少しいいだろうか」
険しい顔でその場に残っていたミラに呼び止められた。
他の面々は談笑しながら先を歩いており、こちらには気付いていない。
「……何でしょう?」
「置いて行かれても困る、歩きながら話そう。ただ、なるべく皆には……アルヴィンには悟られたくない」
やはり、先ほどの自分の所感は間違ってはいなかったようだ。
ラスヒィはそれとなく最後尾に回ったミラに歩調を合わせる。
「それで、お聞きしたい事はあの男の事ですか?」
「ああ。君はカラハ・シャールで私達と別れてから今まで、アルヴィンと行動していたのだろう? その間、アルヴィンが何か怪しい動きをした事は無かったか?」
「怪しい……ですか」
ラスヒィはあまり思い返したくはないこれまでの出来事を脳裏に浮かべて眉根を寄せた。
それでも、自分の証言が少しでもミラの為に――否、あの男の思惑を潰すことに繋がってくれるのなら、耐えられる。
「何度かありましたね。これから向かうシャン・ドゥと……あとはカン・バルクで」
「具体的な事は話せるか?」
「私も彼につきっきりだった訳ではありませんから、そこまで詳しい事は。ただ、ア・ジュール王やその臣下……以前キジル海曝で貴方を襲った女性と内通している事は掴んでいます」
「ア・ジュール王? なぜそんな人物と、何の目的で?」
「分かりません。ただ一つ言えるのは、あの男は貴方やジュード君達の味方ではないと言う事です」
「……そうか、そうだろうな」
その言葉と表情から、ミラがそれを既に知っていたのだろう事は明白だった。
彼女は前を行くアルヴィンの背中に視線を鋭くする。
「君がそれを話してくれたという事は、君は私達の敵では無いと思って良いのだな?」
「ええ、そうですね、そのつもりです」
「では、私も知っている事を話しておこう。行動を共にしている以上、君も巻き込まれる可能性があるからな」
ミラは元々潜めていた声のトーンを更に小さくして、簡潔に告げた。
「アルヴィンはアルクノアと繋がりがある」
「……アルクノア?」
初めて聞く単語だった。ラスヒィの反応を見てそれを悟ったミラは、続けて説明。
「黒匣を使って各地で暗躍している犯罪組織の名だ。私があちこちで奴らの黒匣を壊して回っていたせいで、命を狙われていてな。ともあれ、アルヴィンはその組織と通じている……少なくとも協力関係にある事は間違いない」
「……という事は、イル・ファンでミラさん達を助けたのは……」
「最初から私を狙って、接触するタイミングを見計らっていたのだろう」
初対面の時のあれはそういう事だったのかと今更ながら合点がいって、ラスヒィは「なるほど」と返す。
「ですが、そのアルクノアという組織とアルヴィンの目的が同じなのであれば、下手に手出しせずあのまま軍に引き渡してしまった方が良かったのでは?」
「それが、どうやらアルヴィンはクルスニクの槍のカギを欲しているらしい。あそこで私が捕まれば、私が持つカギも兵に没収されてしまう、だから見過ごせなかったのだろう。ジュードや君の前で私を殺す訳にもいかなかっただろうしな」
「クルスニクの槍……ラフォート研究所にあった、あの巨大な装置の事ですよね?」
「ああ、アレは黒匣の兵器だ。黒匣は強力な精霊術を誰にでも扱えるように出来る代物だが、その代償に精霊を殺してしまう。それが人や世界の為になるような物であればまだいいが、そうでないものも中にはある。クルスニクの槍はその最たる例だ。あんな人殺しの道具の為に数多の精霊をこの世界から失わせる訳にはいかない、故に破壊しなければ」
そういえば、そんな話をいつかジュードから聞いた気がする。
イル・ファンを離れてすぐ、宿屋でジュードお手製のマーボカレーを食べていた頃を思い出して、あの頃は平和だったなとぼんやり思った。
「……カギというからには、クルスニクの槍を動かす、或いは制御する為の部品なのですよね?」
「その通りだ。君の話から推測するに、アルヴィンはクルスニクの槍のカギをア・ジュール側へ渡すつもりなのかもしれないな」
「確かに、ラ・シュガルの強力な兵器を一つ封じることが出来る訳ですからね。今の両国の関係性を思えばおかしくはありません。……問題は、あの男がそれと引き換えに何を得ようとしているか、ですか」
「そうだ、私にはそれが分からない。単純に傭兵として受けた依頼なのか、或いはアルヴィンがアルクノアの一員だとすれば、協力者を増やす目的か……」
まあ、精霊の主たるマクスウェルを仕留めようというのなら、人手は大いに越したことはないのだろうが。
ミラの口ぶりから、彼女はそれでは納得出来ないのだろう事が窺い知れる。
「すみません、私がもう少し探れていれば良かったのですが……」
「いや、今の話だけでも十分だよ。そもそもこれは私とアルクノアの問題だ、君がそこまでする必要もない」
「いえ、私は私で、あの男には思うところがありますので」
これまでの詳しい経緯など知る由もないミラは、ラスヒィの言葉にきょとんとする。
「……何かあったのか?」
そう問われても、人に話せるような事など何もないラスヒィは、苦笑を返す事しか出来なかった。