05.交錯する想い

「──あれ、アルヴィンの鳥だ」

街道を進んで暫く、シャン・ドゥまであと半分といった所で、どこからか飛んできた一羽の鳥を見たジュードが足を止めてそう呟く。
皆もそれに倣って立ち止まり上空に目をやれば、確かにその鳥は通り過ぎることなくアルヴィンの元へ降りてくる。

その鳥が手紙のやり取りをするものだというのは、以前ハ・ミルでそれを見たジュードやミラ、ラスヒィは知っている。

「悪いな。すぐ終わるから、ちょっと休んでてくれよ」

そういえば、あの手紙の相手も、その内容も自分はまだ知らない。
ジュード曰く「相手は女の人」らしいが、ラスヒィはそれをすんなり信じることは出来なかった。
それはミラも同じようで、岩陰に隠れて返事を書き始めるアルヴィンを疑わし気に見つめている。

覗き見てやりたいところだが、そう簡単にはいかないだろう。
何とかして内容を知る方法は無いだろうかと考えて、ふと思い至る。
今は自分とアルヴィンの二人だけではない、この場には多くの目がある。
であれば、アルヴィンも下手な事は出来ない筈。それに今のところ、自分がアルヴィンのことを敵視していると知っているのはミラだけだ。

なら、揺さぶりをかける事くらいは出来るかもしれない。
煙に巻かれる可能性は高いが、試したところで別にリスクも無い。

「……以前から随分と熱心にやり取りされていますが、お相手は貴方の恋人か何かですか?」

ミラとジュード、ローエンとエリーゼがそれぞれ話しているせいで、現在手持無沙汰になっているレイアに聞こえるようにラスヒィは言った。
アルヴィンは手を止めることも顔色を変えることもせず、いつもの――ジュード達と共に居る上ではそうと言える――調子で答える。

「なに、気になんの?」

「ええ、気になります。彼女も興味がありそうですよ?」

「えっ!? わたし!?」

ジュードに王族と聞かされてラスヒィとどう接していいか分からなくなっていたレイアは、突然話を振られ分かりやすく狼狽した。
だが、コミュニケーション能力が高い彼女は、「これは仲良くなれるチャンス!」と考え否定はせず輪に加わる。

「確かに、そういう話なら聞きたいかも」

「おいおい、おたくもかよ。それを言うなら、港でミラに渡してた謎の紙切れの方が気になるけど?」

「うっ! そ、それは……!」

旅に同行する理由というのがそれほど人に見せたくないものなのか、アルヴィンの切り返しにレイアが言葉を詰まらせた。

「お互いに見せ合いっこするってんなら考えてやってもいいぜ?」

「うう〜……!」

「それに、男は秘密があった方が良いって言うだろ? そこを暴こうってのは野暮じゃないか?」

「確かにそれはそうかも……!」

完全に言い負かされているレイアに、ラスヒィが失笑する。
まあ、彼女がアルヴィンに問答で勝てると期待していた訳でも無いので構わないのだが。

「そう言わずに、可愛い女の子の頼みなんですから見せてあげればいいじゃないですか。大人げないですよ、アルヴィン」

「か、可愛い……!?」

「……旦那、嬢ちゃんが本気にしてるぞ」

「? 何をですか?」

「可愛いっての」

「レイアさんは誰が見ても可愛いと言うと思いますが?」

「ま、待って待って! そんな真顔で言われると照れるから!」

言葉の通り赤くなっている両頬を手で押さえながら、レイアが落ち着きなく動き回る。
その賑やかさに惹かれたローエンやエリーゼまでやって来て、周囲を取り囲まれてしまったアルヴィンも失笑。

「随分楽しそうですね」

「それが聞いてくれよ、旦那が若い子口説こうとしてるんだ」

「えーっ! ラスヒィくんってば大胆〜!」

「別に口説こうとした訳じゃないんですが……、事実を言っただけで」

「ひ〜! もうやめよ! この話はおしまい!」

「ラスヒィ、なんて言ったんですか?」

いつの間にか話題がアルヴィンの手紙の内容から全く関係のない方向へ転がっている事に気付いたラスヒィは、その隙にさっさと手紙を書き終えて鳥の足に括りつけるアルヴィンを忌々し気に睨んだ。
アルヴィンは勝ち誇った笑みでそんなラスヒィを一瞥する、そのやり取りは盛り上がっているレイア達の目には入らない。

「お待たせ、もういいぜ」

「あ、じゃあミラ達も呼んでくるね!」

賑やかな一団が離れ、アルヴィンとラスヒィの二人だけになった途端、場の空気は一転して険悪なものになる。

「残念だったなぁ旦那。大方、俺の弱みでも握りたかったんだろうけど」

「……貴方の弱みなら既に一つ握りましたよ」

「へぇ、一体どんなだ? 教えてくれよ」

馴れ馴れしく肩に腕を回すその様は、遠くで見ているジュード達の目には仲睦まじいようにしか映らない。

「貴方はクルスニクの槍のカギを欲しがっている」

余裕綽々だったアルヴィンの表情が僅かに険しくなったのを見て、ラスヒィはミラの話に嘘偽りが無かった事を――疑っていた訳でもないが――確信する。

「誰に聞いた?」

「さあ、貴方が仲良くしているうちの誰かかもしれませんよ? ここ暫く貴方と一緒でしたから、うっかり仲間だと誤解する人が居てもおかしくは無いでしょう?」

「……言ってくれるじゃねーの」

何も知らず無邪気に手を振ってくるレイア達に笑顔で応えながら、ラスヒィは垂れ下がっているアルヴィンの手に爪を立てる。

「何もかも貴方の思い通りにはいきませんよ」

そのまま彼の腕を肩から引き摺り降ろして自由になったラスヒィは、ミラ達の方へ歩いて行った。
置いて行かれたアルヴィンは、手の甲についた爪痕から滲み出てくる血に視線を落としながらぽつりと呟く。

「……本当に思い通りになったことなんてないさ、一度もな」

その呟きだけは彼の心からのものだったが、それを聞くべき相手の耳に届く事は無かった。





それから更に進むこと暫く、シャン・ドゥの街並みが遠くに見え始めた頃。

「ここにおられましたかーっ!!」

どこかから微かに聞き覚えのある声がして、一行は再び足を止めた。
こちらが探すまでもなく、空から登場した声の主、イバルは皆の前に華麗に着地する。

「ミラ様、そのお姿……、再び立ち上がることが出来たのですね」

驚く面々を無視し、恭しい敬礼と共にミラに声をかけるが、当のミラは腕を組み彼に背を向けた。

「足が治ったのであれば、ぜひ村へお戻りください。ミラ様にまた何かあれば、俺は……」

「私はイル・ファンに向かわねばならん、今は戻る気はない」

そういえば、ミラ達の目的は自分と同じだったかと、彼女の発言を聞いたラスヒィは一人思案する。

今の復讐に憑りつかれた醜い自分が、何も知らないジュード達と行動を取る事に後ろ暗さはある。
だが、アルヴィンがただの傭兵では無いと言うのなら、ナハティガルを討つという自分の目的に、彼が本当に手を貸してくれるのかどうかも怪しい。

ならばちっぽけなプライドなど捨てて、素直にミラさん達について行く方がいいかもしれない。まぁ、流れで今は既にそうなっているが。
そんなことを考えるラスヒィの前で、イバルとミラのやり取りは続く。

「では俺がお供を!」

「必要ない、皆が居る」

「しかしこんな奴らなど……」

「再び歩けるようになったのも、このジュードとレイアのおかげだ、彼らは信頼出来る者達だ」

「なっ……、ジュード……」

ジュードをライバル視しているらしいイバルは、ミラの言葉にわなわなと震えだす。
彼と初対面のレイアはそんな相手にも躊躇いがちに自己紹介をするが、嫉妬に狂うイバルの耳には入っていないようだった。

「それよりもイバル、お前には大事な命を与えたはずだ、何故ここにいる?」

が、ミラのそんな鶴の一声で、正気を取り戻した彼は慌てて土下座。

「む、村の守りは忘れておりません。お預かりしているものも、誰も知らぬ場所に隠し、無事です!」

「……ん?」

思考に耽っていたラスヒィは、その発言に漸く面を上げた。
お預かりしているもの? 隠したということは、他の人に奪われてはまずいものなのだろう。

まさか、クルスニクの槍のカギは今彼が持っているのだろうか? そうだ、そういえば、港でアルヴィンはイバルが滞在しているニ・アケリアに寄ることを提案していた。
あれがカギを手に入れる目論見での提案だったのだとしたら……ただの親切心よりそちらの方が納得出来る。

「し、しかし、この度はこのようなものが届いたのですっ!」

ラスヒィがその答えを知るより先に、イバルは懐から一枚の紙――見たところ便箋のようなものをミラに差し出した。
受け取ったミラは、そこに書かれている内容を読み上げる。

「マクスウェルが危機。助けが必要、急がれたし……?」

「突然、俺のもとにこれだけが届けられ、漸くミラ様を見つけ出したのです」

地面に額を擦り付ける勢いで尚も深々と土下座を続けるイバルに、ジュード達は一体誰がそんなことをと首を傾げる。
が、ラスヒィは違った。ミラも口ではジュード達に合わせてはいるが、頭の中で考えていることは自分と恐らく同じだろう。

「ちょっとすみません、その手紙よく見せて頂いても……」

「っ!? ラスヒィ、後ろだ!」

宜しいですか、と続く筈の言葉は、突然上がったミラの忠告に遮られた。
その視線の先には、何やら興奮した様子の大きな魔物が一体、今まさに自分達目掛けて突進して来ている。

「なっ……!?」

「逃げろ!」

ラスヒィは慌ててその場から離れたが、反応が遅れたイバルは魔物にひき潰されてしまった。

「こいつがラコルムの主……!?」

「なんかめちゃ怒ってる〜!」

「そんな筈……」

「どんな筈でも、もうやるしかあるまい!」

各々が武器を手に取り、避けようのない戦いへと身を投じる。
何を言わずともそれぞれ勝手に意識を繋いで共鳴状態になるが、

「あれーっ、なんでー!?」

「ラスヒィと共鳴出来ません……!」

「……っ!」

共鳴しようと手を伸ばしてくれるエリーゼと上手く繋がる事が出来ず、ラスヒィは奥歯を噛んだ。
原因は何となく分かる。自分が無意識にでも、彼女達と意識を繋げる事を恐れ拒んでいるからだろう。

その様子を見たミラが、敵の攻撃を掻い潜りながら二人の傍へ。

「今その原因を探っている暇は無い、エリーゼ!」

「は、はいっ!」

エリーゼは促されるままにミラと意識を繋げ、術を展開する。
ミラは剣を構え直し、苦い顔をするラスヒィに声をかけた。

「共鳴出来ない分こちらでフォローする、君は援護に回ってくれ」

「……分かりました。すみません、これでは足手纏いですね」

「気にするな。共鳴が出来ずとも、君は十分戦力になり得る。ただ、思い当たる事があるのなら、後で聞かせてくれ。ずっとそのままにしておく訳にもいかないだろう」

返事を待たず、ミラは味方を飛び越えて魔物へと斬りかかる。
ラスヒィも今はあれこれと考えることを止めて、目の前の魔物の殲滅に集中した。
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