05.交錯する想い
そんなこんなで何とか魔物を倒し終えると、踏み潰されて地面にのびていたイバルも起き上がる。運が良かったのか、それとも単に彼がタフなのかは定かではないが、どうやら大きな怪我はしていないようだ。その姿を見て皆──主に心優しいジュードが胸を撫で下ろす。
「地霊小節に入って地場になったら、大人しくなる筈じゃなかったのか?」
「その筈なんですが……まさか!」
「四大様がお姿を消したせいで、霊勢が殆ど変化しなくなってるんだっ!」
「それじゃ、ファイザバード沼野を越えて、イル・ファンに行くのは……」
予定していた進路が潰れてしまったことを理解し沈黙するジュードに、何やら上機嫌のイバルが高笑い。
「こうなってはワイバーンでもない限り、イル・ファンへは行けないなっ! だが……巫子であるこの俺は、ミラ様のお役に立てるぞぉ!」
「何か方法があるの?」
「俺にだけ扱えるワイバーンが一頭いる、ミラ様と二人でならイル・ファンへ行けるぞ」
名前の通り威張り散らしているイバルに、ミラが他の方法は無いのかと問う。
すると先の威勢はどこへやら、言いたくなくとも逆らえない彼は悔しそうに答えた。
「シャン・ドゥの魔物を操る部族が、ワイバーン数頭を管理していると聞きます!」
「行き先は決まったみたいだな」
「このままシャン・ドゥへ向かいましょう」
「イバル、助かった。……イバル?」
ミラの礼にも喜ぶどころか返事すら出来なくなっているイバルの姿に、可哀想になったレイアとジュードがせめてもの気遣いで先陣を切って歩き出す。
ラスヒィは先の手紙の件で彼に色々と聞きたい事があったのだが、今は何を聞いても答えてくれそうにないと、諦めて皆の後を追った。
そうして、幾度の足止めを喰らいながらも無事辿り着いたその街は、当然ながら以前訪れた時と全く変わっていなかった。
ここで何があったかを忘れるにはまだ日が足りず、ラスヒィは表情を曇らせる。
「ここがシャン・ドゥ?」
「はい。ア・ジュールは古くから部族間の戦乱が絶えなかった為、このような場所に街を創ったそうです」
「人間が生き生きしているな、祭りでもあるのか」
ミラの言葉の通り、街は以前訪れた時よりも活気づいているように感じられた。
尤も、あの時の自分はそれほどじっくり街を観察出来ていた訳ではないが。
さっさと用を済ませて去りたい気持ちでいっぱいのラスヒィとは違い、初めて訪れる街に興味津々なレイアは、壁に埋め込むような形で置かれている巨大な石造に小走りで駆け寄る。
「見て、こっちも面白い像だよー」
「偉大な先祖への崇拝と、精霊信仰が同一になったと言われる像だ」
「へー」
「その調子その調子」
「ん?」
「こっち見ないで、ほら見上げとけよ。たまに崖から落石があるぞ」
「え! 脅かさないでよっ」
微笑ましくも見えるアルヴィンとレイアのそんなやり取りに、ミラが「詳しそうな口ぶりだな」と探るような問いを投げる。
「前に仕事で、だよ。旦那と一緒に来たこともあるけどな」
「っ!!」
「それってもしかして、カラハ・シャールで僕たちと別れた後?」
「そうそう。あの時の旦那はそりゃあもう落ち込んでたからな、少しは気分転換になるかと思って」
軽い調子で答えるアルヴィンに、彼を微塵も疑っていないジュードは朗らかに返す。
「実はちょっとだけ心配だったんだ、二人が上手くやれてるかなって。でも、杞憂だったみたいだね」
「当然、俺と旦那の仲だからな」
一体どういう神経をしていれば、あんな事をした後でそんな風に振る舞えるのだろう。
ラスヒィは爆発しそうになる感情を抑え込むのに必死で、その様子を見ているミラやローエンには気づかなかった。
またジュードもそんな三人には気づかず、彼の意識は街を見てぽかんとしているエリーゼに移る。
「どうしたの、エリーゼ?」
「あれ、ぼくここ知ってるよー、ねえエリー?」
「うん……。え、えと……ハ・ミルに連れてかれる時に来たんだと思います……」
「以前、この辺りに居たのですか?」
「わ、わかりません……」
「え、ちょっとアルヴィン君、どこ行くの?」
やり取りの最中、一人さっさと歩きだしたアルヴィンは、尋ねたレイアに「ちょっと用事があってな」とだけ返してそのまま去っていった。
ラスヒィからしてみればある意味有難いことだったが、レイアは呆れたように「協調性ないなぁ」とごちる。
「どう……しよっか?」
「放っておいてもあいつは帰って来る、とにかくワイバーンを見つけよう」
ミラの言葉に異を唱える者は居らず、とりあえずそれらしいものが見当たらないか探してみるところからかと皆歩き出したのだが、
「――なっ、崩れるぞ!」
不意に頭上から降ってきた小石の雨にハッとしたミラが、その視界に巨大な岩を捉えながら叫んだ。
彼女はそのまますぐ傍に居たエリーゼを引っ張って安全な場所へ、ジュードも近くに居た見知らぬ子供を抱えて難を逃れる。
だが先のアルヴィンの発言で動揺し切っていたラスヒィは、ミラの警告を聞き逃してしまっていた。
「ラスヒィさん、危ないっ!」
「レイアさん!」
レイアとローエンの声にラスヒィが顔を上げるのと、二人が彼に飛び掛かかるのと、落ちてきた岩が地面に接触するのはほぼ同時だった。
凄まじい轟音が街中に響き渡り、砂埃が舞い上がってジュード達の視界を塞ぐ。
「レイアさん、しっかりして下さい!」
エリーゼの無事を確認したミラは、岩の向こうから聞こえたローエンの声に慌てて様子を見に行った。
そこに居たのは、傷だらけで倒れているレイアと、同じく怪我を負っているローエンとラスヒィ。
「はは……ごめん……間に合わなかったや……」
「レイアさん……! すみません、今のは私の責任です、私が気付けていれば……!」
状況に気付いたジュードも合流し、すぐさま治癒術を施し始める。
起き上がることも出来ない状態で、レイアはローエンやラスヒィの怪我を見て「二人の治療も」とジュードに伝えた。
「私は後で構いません、ローエンさんとレイアさんは私のせいで……」
――そう、自分のせいなのに、怪我を負わせた二人の傷を癒す事すら自分には出来ない。
これでは本当に、ただの足手纏いではないか。
やるせない気持ちを持て余すばかりのラスヒィの肩を、ローエンが優しく叩く。
「ラスヒィさん、あまりそうご自分を責めないで下さい。これまでの疲れが出ていたのでしょう、そういう時は誰にでもあるものです」
「違います、そうじゃない、今のはただ私が……っ!」
「医者よ、手伝うわ!」
たまたま近くに居たらしい女性がそう名乗りを上げて、野次馬を掻き分けて傍にやって来るなり、ジュードに加勢する。
結局ラスヒィは、ただただそれらを見守っている事しか出来なかった。
その後、ジュードと女性の治療の甲斐あって、レイアを始め三人の怪我は綺麗さっぱり治った。
女性は名をイスラと言うらしく、礼を言う面々に「気にしないで」と微笑む。
「ところで貴方達、ここの人間じゃなさそうだけど、街には何をしに?」
「ワイバーンを求めて来た、この街なら手に入るかと思ってな」
「それなら川の向こうに檻があって、大っきなのがいるわよ。行ってみてはどう?」
「本当ですか!」
思わぬ収穫に重ねて礼を述べるジュードに、役に立てたのなら幸いだったと、イスラは見返りを求める事もせず街へ消えていった。
「親切な人が居て良かったよ〜、ラスヒィさんも怪我はもう大丈夫?」
「ええ。……その、さっきは本当にすみませんでした。それから、助けて下さって有難う御座います」
せめて先のような失敗はすまいと己を律して、無理矢理いつも通り≠ノなったラスヒィは、隣を歩く少女に改めて頭を下げる。
「なんのなんの! 王子様が岩の下敷きになっちゃったら大変だもん」
溌剌と答えるレイアに、自分の預かり知らぬ所で身分がバラされていたらしいことを悟ったラスヒィは苦笑した。
恐らくジュードあたりが話したのだろう。まあ、今更隠すことでもないが。
「レイアさんの方こそ、治ったとはいえ無理はしないで下さいね。辛かったら言ってください、運ぶことくらいは私でも出来ますから」
「へ? 運ぶってどうやって?」
「え? 普通にこうやってですが……」
言いながら、ラスヒィはレイアの身体を横抱きにして持ち上げた。
ギョッとしたレイアは、ジュードに見られていない事を確認しつつ、慌ててそこから飛び降りる。
「だ、だ、だ、大丈夫だからっ! もう全然平気! ありがとうね!」
そして赤くなりながらそれだけ言うと、先を歩いているミラとジュードの元へピューッと逃げるように走っていった。
リアクションの理由が分かっていないラスヒィに、傍から見ていたティポが一言。
「もーラスヒィくんはー、オトメゴコロが分かってないんだからー」
「え、今のはそんなにまずい事だったんでしょうか……?」
「いえいえ、とても紳士的で良い行いですよ。ですがまあ、レイアさんのような年頃の女性には少々刺激が強かったのかもしれませんね」
「あと、ラスヒィはもっと人目を気にした方がいいと思います……」
「あれじゃー本人も周りも勘違いしちゃうよー!」
勘違いとは? といった顔をするラスヒィに、一同が揃ってやれやれといった風に首を振るう。
そんな他愛のないやり取りのお陰で、目当てのワイバーンが居る檻の前に着く頃には、ラスヒィの気分は幾分かマシになっていた。
「君たち、何をするつもりだ? そのワイバーンは我が部族のものだぞ」
人の姿も何もなく、檻の前で立ち往生していた一行の前に現れたのは、恐らくはこの街の住人であろう三人組だった。
声をかけてきた男性に対しミラは、
「このワイバーンを手に入れたい、どうやって檻を破壊しようか考えている」
などと大胆なことを言って見せる。当然、場の空気は凍り付いた。
相変わらず常識というものを知らないミラにジュードは肩を竦めつつ、相手に窃盗犯だと誤解される前に「貸して貰えないか」と訂正する。
だが流石に話が急過ぎたようで、男性には渋い顔をされた。
「こんなことしてる場合じゃない、早く代表者を見つけないと」
「代表者……? やはり何かの催しでもあるのでしょうか?」
「ああ。この街では十年に一度、部族間で行われる闘技大会があるのだが、明日がその大会の開催日なんだ。だが、このままでは我々の部族は参加する事が出来そうになくてね……」
「ね、ねぇ、ちょっと見て!」
ラスヒィと男性の話を遮って、恐らく彼と同じ部族なのだろう女性が檻の中のワイバーンを指す。
ワイバーンはミラを敬うようにして平伏しており、それを見た男性も驚きを顕にする。
「獣隷術も使わずにワイバーンを服従させた……?」
「この人たちならひょっとして……」
「え……まさかこの人たちを? 本気なの!?」
暫し悩んだ後、男性は決心したように頷いて、ミラ達に向き直った。
「私はキタル族のユルゲンスという。先も言った通り、明日は部族間で行われる闘技大会がある。が、我がキタル族は唯一の武闘派である族長が王に仕えているため参加出来ないのだ。伝統ある我が部族が、このままでは戦わずして負けてしまう……」
「……もしかして、その族長の代わりにミラさんを出場させたいという話ですか?」
「ああ、彼女には何か特別な力を感じる。――どうだ、我々の一員として大会に参加してみないか?」
「はいはい! 参加します!」
勢いよく挙手して答えたのはミラ、ではなくレイアだった。
そういった催しが好きなのだろうか、ジュードに呆れられたレイアはすごすごと手を下げる。
「参加すれば、この者たちを貸して貰えるのか?」
「そのつもりだ。ただし、優勝が条件だ。それに、事前に君たちの力を見せてもらう」
「ミラ、いいよね!」
「うむ、ワイバーンを手に入れる為だ」
「やった! 闘技大会なんて燃えるなー!」
一人テンション高く喜ぶレイアの姿に、人は見かけによらないなと思いつつ、ラスヒィもつられて笑顔になった。
「部族の大会に、僕たちが出ちゃって大丈夫なんですか?」
「問題ない。優秀な戦士を連れてくることは、部族の地位を高める行為として過去にもあったことだ」
「ははっ、また随分テキトーだねえ」
と、そこまでレイアの明るさのお陰で忘れられていた事が、ユルゲンスの背後からそんな言葉と共に現れた男のせいで呼び起されてしまう。
「少し目離しただけで、面白そーなのに首突っ込んじゃって。俺は混ぜてくれないのかぁ?」
「アルヴィンくん、どこ行ってたんだよー! こっちは恐怖体験したんだぞー!」
「わりーわりー。けど、なんかあったと思ってすぐ駆けつけた訳だし、勘弁してくれよ、な?」
「……仲間か?」
ユルゲンスの問いに「違います」と心中で答えたラスヒィに対抗するかのように、アルヴィンが間髪入れずに「そうだ」と答えると、ユルゲンスは了承して、
「では、力を見させてもらう。空中闘技場へ来てくれ」