05.交錯する想い

(……お、戻って来たな)

それから数十分後。ローエンと共に宿に入ったラスヒィを、二階の廊下からアルヴィンが見下ろす。
ロビーでミラと共に彼を待っていたレイアは、二人の姿を見るなり駆け寄った。

「ラスヒィさん、もう大丈夫なの?」

「ええ、ご心配をお掛けしました。ずっと待っていてくれたのですか?」

「ごめん、どうしても気になって……」

休んでおけと言われたのにそうしなかったことに後ろめたさがあるのか、尻すぼみに応えるレイアに、ローエンと顔を見合わせたラスヒィが微笑む。

「謝る事じゃありませんよ、レイアさんのその優しさは長所です。有難う御座います、ミラさんも」

「気にするな。それで、問題は解決したのか?」

体調、ではなく問題、と言うからには、ミラはラスヒィの異変の真相に気付いているのだろか。
精霊の主が人間の心の機微にそこまで敏感だとは思えないが、アルヴィンは気になって聞き耳を立てる。

「ミラさんにもバレていましたか。余計な心労をかけてすみません、もう大丈夫です」

確かに、そう言うラスヒィの顔は、先程よりはマシになっている。
まだ全快といった風にも見えないが、この短時間でそこまで回復するとは。

(あのじーさん、一体何したんだ……?)

まさかラスヒィがローエンに全てを打ち明けたとは思わないが……、相変わらず食えない笑みを湛えているローエンをまじまじと見ていると、相手は不意に顔を上げてアルヴィンの方を向いた。
アルヴィンはギクリとしたが、ローエンは「おや、居たのですか」という顔をして、黙って手を振るだけ。

「では、明日の大会には出られるのだな」

「勿論です」

「目指せ優勝、だね!」

気付いていない三人は、そんな言葉を交わしてからそれぞれの部屋へ向かう。
二階に上がって来たのを見て、アルヴィンはラスヒィを捉まえようとしたが、まるでガードするかのように両脇にミラとローエンが控えていたので、結局何も出来ずに部屋へ引っ込んだ。






明朝。目覚めた一行がロビーに集まったのを見て、出迎えに来てくれていたユルゲンスが今日の予定の説明を始める。
参加数の関係で本戦は今日一日で全て行うことになったらしく、それを聞いたジュードが「随分ハードなんですね」と素直な感想を零した。

「何戦あるかは、今日の発表の組み合わせ次第だ」

「鐘が鳴ったら闘技場まで来てくれ、それが大会開始の合図だ。私達は闘技場で待っているよ」

伝えるべき事を伝え終えたユルゲンス達が宿から出ていくのを見送ってから、アルヴィンが口を開く。

「さて、時間が出来たみたいだけど、どーするよ?」

「私は広場を見てくる、少し気になるのでな」

「あ、わたしも行く! じっとしてても緊張するだけだし」

いの一番に行き先を決めたミラにすぐさまレイアが賛同し、続けてアルヴィンも同行を申し出る。
一方エリーゼは、悩むジュードに声を掛ける。

「ジュードくん、観光しよーよー」

「わたしも……色々見たい……です」

「エリーゼは街に見覚えがあるんだったね」

「では、私はエリーゼさんと行きましょう、ジュードさんとラスヒィさんもどうですか?」

ローエンの誘いにジュードは快諾、ラスヒィは自分への気遣いもあるのだろうと理解しつつ悩んで、

「……せっかくですが、私はミラさん達の方に行く事にします」

至極申し訳なさそうに眉を下げて断りを入れた。
彼の事情を知るローエンとミラとアルヴィンは、その返答に少なからず驚く。
ミラに同行するという事は、アルヴィンとも一緒になってしまうのだが。

「私は構わないが……、いいのか?」

「実はあの石像が気になっていまして、前は落石事故のせいでゆっくりと見られませんでしたから」

同じくミラと共に行くレイアの為にそんな理由付けをしてから、ミラにだけ聞こえるよう小声で付け加える。

「ミラさんにばかり任せてもいられませんし、監視の目は多い方がいいでしょう」

「確かにそれはそうだが……」

また昨日の様になってしまうのではと危惧したミラはローエンに視線で問い、だが相手が大丈夫だろうと頷いたのを見て承諾した。

「まあ、君自身がそう言うのなら、私が止める理由もない。……君の言う通り、見張りは多いに越したことは無いしな」

そんな小声での押収の内容を拾えていないアルヴィンは、ラスヒィの選択が腑に落ちないものの異を唱える理由も無いので、

「それじゃ、鐘が鳴ったら闘技場へ直行ってことで」

と場を締めくくった。






流石に昨日の今日なので、落石のあった場所は元通りにはなっておらず、道のあちこちに落石の名残の残骸が散らばっていた。
きょろきょろと辺りを見渡して何かを探しているミラに、アルヴィンとラスヒィは首を傾げる。

「これ見に来たんじゃないのか?」

「気にしないでくれ」

ミラの気になること、というのは落石事故の事だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
まあ、相手がアルヴィンならともかく、ミラならば放っておいても問題は無いだろう。ラスヒィは彼女がやらないならと、代わって事故現場の検証を始める。

「……それで? おたくはどういう風の吹き回しだよ」

「何がですか? 暇なら手伝ってください」

ただの虚勢かとも思っていたのだが、いつになく冷静に返されてアルヴィンは落胆。

「何を手伝えって?」

「この落石、自然に発生したにしてはタイミングが悪すぎるでしょう。もし誰かの手によって意図的に引き起こされたものなら、どこかに痕跡が残っている筈です」

それはそうだろうと、落石がどういった経緯で引き起こされたのかを知っているアルヴィンは思ったが、当然口には出せないので、黙って彼を手伝うフリに徹した。
一方のレイアは、通りがかった恩人――イスラに笑顔で手を振る。

「イスラさん!」

「怪我の具合は良いようね」

「はい、イスラさんのお陰です」

屈託のない笑顔を向けるレイアにイスラも笑顔を向けていたが、その近くに居るアルヴィンを見て顔を顰める。

「アルヴィン君がどうかしました?」

名前を挙げられたアルヴィンも、ラスヒィとの会話を打ち切ってイスラに目をやった。

「い、いえ……」

「構わないよ、イスラ先生」

どういう関係なのかと目で問うミラとレイアとラスヒィに、アルヴィンが説明。

「先生には母親を診て貰ってるんだ」

「お前の母親を? この街に居るのか?」

「ああ! だからアルヴィン君、街に詳しかったんだね」

ラスヒィは一瞬これも適当な嘘かと訝しんだが、「ちょっと具合が悪くてな」と答えるアルヴィンの様子はいつもと違うように見えた。

「父親も兄弟も居ないから、俺が居ない間を先生にお願いしているんだ」

「今日はやけに自分の事を話すじゃないか、珍しいな」

気のせいだと誤魔化そうとしたアルヴィンは、ミラの真っ直ぐな目に圧し負けて付け加える。

「ただ……治してやりたいだけだよ。そんで故郷に連れてってやりたいんだ」

「お母さんの故郷って遠いの?」

「めちゃくちゃ、な」

その故郷に思いを馳せるかのように、アルヴィンは空を仰ぎ見る。その背には哀愁が漂っていた。

「そうか。手を貸せることがあれば、言ってくれても構わないぞ?」

ミラのその申し出が意外だったのか、アルヴィンは目を丸くしてから「あればな」とバツが悪そうに視線を逸らす。
そこへ更に通りがかったユルゲンスが、一行を見て歩み寄ってきた。

「ユルゲンス? 今日は闘技場じゃなかったの?」

「こっちに少し用があったんだ。それより君たち、イスラの知り合いだったのか?」

「うん! イスラさんとユルゲンスさんも知り合いだったんだ?」

「知り合いも何も、イスラは私の婚約者だよ」

「婚約……?」

「わぁ、素敵ですね!」

聞いたことがないのか、言葉の意味を理解し損ねて首をひねるミラの隣で、レイアが嬉々として言う。
ラスヒィも久しぶりの幸せな話題に少し和みつつ、瓦礫の山を物色する手を止めてアルヴィンに問いかける。

「もしかして、以前この街に来た時にどこかへ行っていたのは、お母様の様子を見に行っていたんですか?」

まさかラスヒィが自分から当時の話をしてくるとは思っていなかったアルヴィンは、先のミラの時と同じように驚いた顔をしつつ素直に答える。

「まあ、な。そう頻繁に顔を出せる訳でもないし、街に来た時くらいはと思ってさ」

「そうですか……」

「……それだけか?」

「? 疑って欲しいんですか?」

「そうじゃねーけど……」

その後何があったかを忘れた訳では無かろうに、まさかローエンが催眠術でもかけたのかと馬鹿げた考えが浮かぶぐらいには、ラスヒィは落ち着き払っていた。

「別に忘れた訳じゃありませんよ」

「お、今度は旦那が読心術か?」

いつかしたやり取りを思い出しつつアルヴィンが冗談めかして言うと、ラスヒィは肩を竦める。

「……私はミラさんの様に、貴方に優しくは出来ません。例えどんな事情があれ、貴方の行いを許すつもりもない」

「そりゃ、今の旦那はそうだろうな」

許されるとも思っていないアルヴィンはそう同意したが、ラスヒィは神妙な面持ちで押し黙ってしまう。

「何だよ。言いたいことがあるんなら、今なら聞いてやらなくもないぜ?」

恨み言をぶつけたいのだろうかと考えたアルヴィンは先を促したが、ラスヒィの口から出て来たのは全く想像と違うものだった。

「でしたら今度、一度お見舞いに行かせて貰えませんか」

「……、……は?」

「この街にいらっしゃるんでしょう? 面会が出来ない程容体が悪い様でしたら自重しますが」

何を言い出すんだこの男は。
顔を引きつらせるアルヴィンを、ラスヒィはいたって真剣な目で見つめる。

「……人質にでも取るつもりか?」

「私はそんな卑劣な事はしませんよ。疑うのでしたら武器や荷物は持ち込まないようにします、それなら問題無いでしょう?」

問題は無いが、ラスヒィの考えが読めないアルヴィンは直ぐに首肯する気にはならなかった。
自分を犯し辱めた相手の母親の見舞いになど、誰が行こうと思うのか。悪事を暴露して母親に改心するよう説得でもさせるつもりなのだろうか。

「……まあ、考えておいて下さい。今は大会が先ですね」

聞こえて来た鐘の音に、ラスヒィがそう言って話を終わらせる。
アルヴィンも確かに今はそちらが先決かと話を頭の隅へと追いやって、皆と闘技場へ向かう事にした。
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