05.交錯する想い

会場にはミラ班、ジュード班共にほぼ同時刻に到着した。
試合が始まるまでの待ち時間は、バラバラに行動していた間にお互いが知り得た情報を交換して過ごす。

ミラ達の方はイスラとユルゲンスが婚約者だという話と、イスラがアルヴィンの母親の主治医だという話。
ジュード達の方は、エリーゼが両親について少し思い出したらしいことを話してくれた。

「でも、手掛かりになるようなものは何も」

「そうか……」

心なしかいつもよりも元気がなく見えるエリーゼに、ミラも残念そうに溜息を吐く。

「ですが街に来たことがあるのは確かなのですよね? 地道に聞き込みをしていれば、誰か一人くらいは彼女の事を知って居そうなものですが」

「そう思って、暫く別行動してみるかって提案してみたんだけど……」

「今はミラさん達と離れ離れになる方が嫌なようで」

成程なと、ル・ロンドで置いて行かれる事を嫌がっていたエリーゼの姿を思い出しながらラスヒィは頷いた。
そういえば、色々あってすっかり忘れていたが、結局エリーゼを引き取る云々の話はどうなったのだろうか?
今更ながら気になって聞いてみると、シャール家で面倒を見ているらしかった。

「お嬢様も今は一人で寂しい思いをされていますから、エリーゼさんが居て下さって助かりました」

「ドロッセルとエリーは友達だもんねー」

ティポの言葉にエリーゼが嬉しそうに頷くのを見て、ラスヒィは寂し気に微笑した。その姿が幼い頃の自分と少し似ている気がしたからだ。

「少し羨ましいですね」

「? 何がですか……?」

「ラスヒィくんもエリーの友達だよー?」

そういう意味では無かったのだが、愛情表現なのか何なのか、ティポに丸呑みされたので訂正は出来なかった。

「そういえば、ドロッセルが心配してましたよ」

「私の事をですか?」

「そーだよー、クレインや家の事で落ち込んでいるだろうから支えてあげて、だってー」

「それは……、どちらかと言えば私の台詞なのですが……」

落ち込んでいるのはドロッセルとて同じだろうに、つくづくシャール家の人間は他人の事ばかり心配して、全く。

「ラスヒィくんには、ぼくたちがついてるよー!」

「だから、一人で抱え込まないで下さいね」

小さな両手で手を握って来るエリーゼに、ラスヒィは膝を折って目線の高さを合わせ、そこにある頭を撫でた。
照れて俯く彼女を見ながら、ル・ロンドで自分が彼女に抱いていた怒りを思い返して、ラスヒィは自嘲気味に笑う。

本当に嫌な奴になったものだ。ローエンは「いずれ元に戻れる」と言ってくれていたが、それはもう無理だろう。
城に居た頃は、自分はもう少しマシな人間だと思っていた。善と悪とで分けるのならば善の側の人間だと思い込んでいた。

けれど違ったのだ。自分が優しく穏やかで居られたのは、蝶よ花よと愛でられるあの環境の中に居たからというだけ。
本当の自分はもっと姑息で卑しくて、そんなありのままの自分を受け止めることさえ出来ず、こんな幼い少女にまでお門違いな怒りを向けるような、どうしようもない奴なのだ。
それを知ってしまった以上、もうあの頃と全く同じようにはなれない。かつての自分を形成していた環境も、もうどこにも無いのだから。

(……けれど、それを言い訳に全てを諦めるのは、逃げることと何も変わらないんですね)

復讐の道でも、歩み続けてさえいれば、それは逃げにはならないと思っていた。
その考えがどれだけ甘えたものだったのか、昨日のローエンとの会話でラスヒィは痛感していた。

人生に弊害は付きものだとローエンは語った。
つまりきっと自分が知らないだけで、世の中の誰もが、同じように辛い出来事に遭っているのだろう。
その上で、皆それぞれにいくつもの壁を乗り越えて生きているのだ。
その事実はラスヒィにとって衝撃的なものだった。

自分はたった一つ壁にぶち当たっただけで、まるでこの世の終わりのように嘆いているというのに、他の人はこんな経験を何度も繰り返しているというのか。

愕然とした。それと同時に恥ずかしくもなった。

アルヴィンはどういう風の吹き回しだと言っていたが、正直に言ってしまえば、塞ぎこんで自棄になったり、アルヴィンを意識し続けている事が馬鹿馬鹿しくなったのだ。
だから辞めた、ただそれだけ。

(私はまだ生きている。僅かでも戦う力があり、考える脳があり、心配してくれる人が居てくれる。……これで悲劇に酔って居たら怒られてしまいますよね)

大会の受け付けを済ませたミラ達は、会場へ続く長い階段を上り始める。
名を呼ばれたラスヒィも、エリーゼと共に歩き出した。

思考回路が多少マシになっただけで、現状は何も変わらないし、自分がどうしようもない奴だという事実も変わらない。
それでも、まだ終わりじゃない。
ラスヒィは顔を上げた。






そうして始まった闘技大会だったが、相手選手達との戦いは想像以上に熾烈を極めた。
どの選手もユルゲンス達と同様に魔物を使役しており、最初は「まぁ所詮は魔物だし」などと甘く見ていた一行はその認識を力でもって改めさせられる事となる。

道端でばったり遭遇する雑魚とは格が違う。加えて古くから大会に出場し続けて来たという事もあるのだろう、場慣れしていないラスヒィ達は圧倒的に不利な状況での戦闘を強いられた。
だが、ここで負ける訳にはいかない。休む間もない連戦の中、メンバーはそれぞれに死力を尽くし――

『キタルブロック、決勝進出はキタル族代表に決定だ!』

結果、沸き立つ会場の中心で、司会のそんな興奮気味のアナウンスを聞いた頃には、ジュードやミラやラスヒィは勿論、やる気満々だったレイアも床に倒れ込んでしまっていた。






その後、暫く休憩してなんとか復活した一行は、決勝戦が始まるまでの間に食事休憩を取る事となった。
案内された部屋は食堂のようになっており、他の選手達は先に席についてそれぞれのチームと談笑している。

「決勝の相手、気になっちゃう?」

そんな選手達を見渡していたジュードに、先の戦いの中でローエンと揃って比較的余裕そうだったアルヴィンが声をかけた。

「うん、それはね」

「ジュード君好みのめちゃかわいい子だったらどうする?」

「なっ! 相手がどんなだって、そんなの関係ないよ!」

アルヴィンの揶揄いに席を立って抗議するジュードの素直な反応に、期待通りのリアクションを貰えたアルヴィンが意地悪く笑う。
ミラはそれを呆れた目で見ており、レイアは何やらソワソワしており、エリーゼは楽しそうに微笑んでいた。

「そういえば、先の戦いでは共鳴が出来るようになっていましたね」

その和やかな空気を邪魔せぬよう、ローエンが隣に座るラスヒィに小声で話しかける。

「必死だったので、気が付いたらといった感じでしたけれどね。昨日のローエンさんのお言葉のお陰もあったのでしょう、本当に有難う御座いました」

「なんの、ラスヒィさん自身の頑張りがあってこそですよ。老婆心が少しでも役に立ったのなら光栄ですが」

そんな風に交わされるそれぞれの会話に適宜相槌を打ちながら、同じテーブルに着いていたユルゲンスが感慨深そうに呟く。

「それにしても決勝か……、本当にここまで来れるとはな」

「優勝するって言ったでしょ!」

「ははは、すまない。――さあ、食べよう。力をつけて、決勝も頼むぞ」

全員分の食事が出揃うのを待っていたユルゲンスが、最後にミラの前に皿が置かれたのを確認して音頭を取る。
そうして各々食前の祈りをしたりしなかったりしていると、姿の見えなかったキタル族の男性が慌ただしく部屋に入ってきた。

「ユルゲンス、大変だ! この前の落石、事故じゃなく事件だったらしい。人為的に破壊された痕が見つかったみたいだ」

「――!」

多くの人はその会話を気を留める様子は無かったが、元よりその線を疑っていたラスヒィはスプーンを手に取ったところで顔を上げた。
同時に、同じく事件性を疑っていたミラは最悪の可能性に思い至り、立ち上がって叫ぶ。

「食事には手をつけるな!!」

「え、何……?」

突然の大声に吃驚したエリーゼが萎縮気味に問い、隣で料理を口に運ぶ途中だったアルヴィンが静止する。
ミラと同席していたメンバーは皆その忠告を受けて事なきを得たが、他のテーブルの選手達はそうはいかなかった。
既に食事を始めていた選手達はスプーンを取りこぼし、悶え苦しみながら倒れていく。

「な、なんだ……これは……」

状況が理解出来ずに狼狽えるユルゲンスらを置いて、同じく状況は理解出来ていないものの医学生として取るべき行動を理解したジュードが選手達に駆け寄る。
倒れる人の傍らに膝をついて容体を見ているジュードに続いたローエンは、何かを察知して眉根を寄せた。

「僅かですが、この独特の木の実のような臭いはメディシニア……。間違いありません、水溶性の毒です」

「皆の食事に盛られてたってこと!?」

「まさか決勝の相手が勝とうとして……」

「いや、違う」

動揺を隠せない皆の前で、一人確証を得ているミラが冷静に否定する。

「このような卑劣な手口を使う連中に、私は思い当たる節がある」

「……アルクノア」

彼女の言わんとしている事を理解したラスヒィは、小声でその答えを呟きながらアルヴィンを見たが、相手は何も言わず席を立ち部屋を飛び出していった。
一瞬、追及から逃げたのかと思い追いかけようとしたのだが、ラスヒィはすぐに思い至る。

(……さっき、アルヴィンは食事に口をつけようと……)

他の選手全員が倒れたのを見るに、毒は個人の皿ではなく料理そのものに仕込まれていたのだろう。
アルヴィンがこの件に関与しているのなら、毒入りと知っていながら真っ先に食べようとするのはおかしい。

「一体……何が起きてるんですか……?」

「……どういうこと? なんでこんな!」

訳も分からず恐怖と不安に怯えるエリーゼとレイアに、言葉を返せる者は居なかった。






こんな事になってしまっては食事も何も無いので、その場の処理はユルゲンス達に任せてミラ達は別室へと移動する。
重たい沈黙の中、皆が知りたがっているであろうことをミラは語り出した。

「恐らく、この事件の首謀者はアルクノアだ」

「アルクノア?」

「私の命を狙い続けている組織だ」

「え……? それじゃあさっきの毒は……」

「死んだ者には済まないが、狙われたのは十中八九、私だろう」

「まさか……、無関係な人をこれほど巻き込んで……、一体それは……」

ミラがいつか自分にしてくれた話を仲間にするのを聞きながら、ラスヒィは帰ってこないアルヴィンのことを考えていた。
もし彼が自分達と同じように、毒の事を何も聞かされていなかったのだとしたら……、彼はアルクノアを問い詰めに行ったのかもしれない。
アルヴィンはアルクノア側だと信じて疑わなかったが、アルクノアは一枚岩という訳でもないのだろうか。或いは、ミラを殺すという目的の為ならば仲間すら切り捨てる非道な連中なのか。

(どちらにせよ、そんな相手の所に単身飛び込んで大丈夫なんでしょうか……)

今回の件、少なくとも実行犯達はアルヴィンをミラ諸共死なせるつもりだった筈。
そんな事をすればアルヴィンが怒る事ぐらい誰にだって解るだろう、つまり相手はそれを理解した上で犯行に及んだのだ。

なら、問い詰めに行った所で誠意ある回答が貰えるとは思えない。言い争いで済めばいいが、邪魔者だと認識されれば殺される可能性もある。
アルヴィンがそう簡単に殺されるとは思わないが、余裕があったとはいえ彼も今しがた大会での激戦を終えたばかりで消耗している筈だし、多勢に無勢という事もある。

(……って、どうして私があんな男の心配なんてしなくちゃいけないんですかね)

ふと自分の思考がおかしい事に気付いて、ラスヒィは苦い顔をしつつ、それ以上考えることをやめた。
自分はあの男を嫌っているのだから、死のうがどうなろうが関係ない。

「あ、ユルゲンスさん、どんな様子だった?」

ミラが一通り説明を終えた所で、折よくユルゲンスが部屋に入って来た。
縋るようなレイアの問いに、ユルゲンスは沈痛な面持ちで告げる。

「あの場で助かったのは、私達だけだったよ。あと……決勝は明後日以降に持ち越しになった」

「中止じゃないんですか!?」

「大会執行部でも随分揉めたみたいだけど、十年に一度の大会だからと……」

これだけの犠牲を出しておきながらまだ続けようとすることへの驚愕と怒りを顕にするジュードに、申し訳なさそうに答えていたユルゲンスは部屋を一瞥して、

「アルヴィンさんは? まだ戻ってないのか?」

「……そうですね、そちらも見ていませんか?」

「ああ、てっきりもう戻っているものだと……。ともかく、彼にも伝えておいてくれ。詳細が決まったらまた来るよ」

そんなユルゲンスの背を見送ってから、レイアが神妙な顔で仲間に向き直る。

「大会、辞退した方がよくない?」

「あ、あの……わたしもそう思います」

「うむ……」

答えを出せずに居る一行に、ローエンが「もう今日は休みませんか」と促す。
確かに大会で身体は疲弊しているし、先の事件で皆少なからずショックを受けている筈だ。そんな状態ではまともに思考も出来ない。
故に皆はそれを承諾して、その日は早めに床に就いた。
目次へ戻る | TOPへ戻る