05.交錯する想い

翌朝。いつもより早い時間に起きたラスヒィは、ロビーに居たミラの姿に驚いた。

「ミラさん、随分とお早いですね」

「ラスヒィか。……流石にこれ以上、奴を放置しておく訳にもいかないと思ってな。君は?」

奴、というのがアルヴィンの事だと理解して、ラスヒィは「似たようなものです」と返す。

「なら、手分けをして探さないか? 恐らくはまだこの街から出てはいないだろうが、街中に姿が無ければまた此処に戻って来るとしよう」

「異存ありません、ではまた後ほど」

ちょうど街は川を挟んで西と東に分かれているので、半分ずつを担当する事になり、ラスヒィはミラとは逆の方向へと歩き出す。
特に手掛かりもないので地道に聞き込みをするしかないなと道行く人に手あたり次第に声をかけていった。が、こちら側には来ていないのか有力な手掛かりはなかなか得られない。
どうしたものかと悩んでいると、視界に見覚えのある女性の姿が映った。

そういえば、彼女はアルヴィンの母親を診ているんだったか。
もしかしたら何か知っているかもしれないと、ラスヒィは彼女に小走りで駆け寄って呼び止める。

「イスラさん、おはようございます」

「あら、おはよう。昨日は大変だったわね」

「知っているんですか?」

「医療従事者だし、ユルゲンスにも聞いたから。貴方達だけでも無事で良かったわ、運が良かったわね」

単純に運という訳でも無かったのだが、ミラやアルクノアの事を彼女に話すわけにもいかず、苦笑しながら適当に話を合わせた。

「ところで、こんな朝早くから一人でどうしたの?」

「ああ、そうでした。実はアルヴィンを探していまして」

アルヴィンの名を出した途端、それまで穏やかだったイスラの表情が曇った。

「……何かご存知ですか?」

「い、いいえ。私は昨日は仕事だったし……、今日も見ていないわね」

「そうですか……」

別に言っている事はおかしくは無いのだが、この反応はどういう事なのだろうか。
まあ仮に知っていてそれでも話せないというのなら、それは彼女なりの事情があるのだろうと考えて追及は諦める。
相手がアルヴィンならともかく、優しくしてくれているイスラをそこまで困らせるのは気が進まない。

「……ちなみに、アルヴィンのお母様のご病気って、どういったものなんですか? あまり軽々しく聞いて良いものではないのでしょうが、本人はあまり話してくれないもので」

「え? えぇと……、そうね、色々と併発しているから具体的には言えないけれど、一種の精神病のようなものよ」

「精神病……?」

「元々病弱なのか常に何かしらの病気に罹っているような状態でね。過去にも色々あったみたいで、そういうのが重なって精神的に参ってしまってるのよ。今はもう、息子の顔すら認識出来ていないわ」

「そこまで……」

想像していたよりも重い容体に、ラスヒィは言葉を失った。
それを見舞うアルヴィンの気持ちを考えると、それがどれだけ憎い相手と言えど同情してしまう。

「まあ、あとの詳しい事は本人に聞いて頂戴。主治医とはいえ、私もそれほど彼らの事情に明るい訳じゃないから……」

「あ、そうですよね。すみません、有難う御座います」

「彼が今何処に居るかはわからないけれど、母親の住んでいる場所なら教えてあげられるわ。もしかしたらそこに居るかもしれない」

丁寧に道順を教えてくれるイスラに礼を言って、彼女とはその場で別れる。
まぁ、他に手掛かりもないし、ダメ元で行くだけ行ってみよう。そう思い、ラスヒィは再び歩き出した。






一方、ミラは聞き込みの成果によってアルヴィンの居所を突き止めることに成功していた。
丁度昇降機から降りてくるアルヴィンと鉢合わせて、驚く相手に睨みを利かせる。

「ここがお前の家という訳か?」

「……親の、だな。勝手に抜け出して悪かったよ、もう宿に戻るからさ」

苦虫を嚙み潰したような顔で答えつつ、さっさと話を終わらせようとするアルヴィンに、ミラが掴みかかって壁に叩きつける。

「ってぇなー、何すんだよ」

「アルクノアの事、どこまで知っている?」

「アルクノア……? なんだよ、食い物か?」

「ル・ロンドでの夜、ディラックと話していただろう」

すっとぼけようとしたアルヴィンは、ミラのその言葉で誤魔化しが通用しないことを理解した。
ディラックとはジュードの父の名だ。ガンダラ要塞での怪我で動かなくなっていた足の治療中、彼の診療所で寝泊まりしていた時、アルヴィンが彼の所にやって来て不穏なやり取りをしていた事にミラは気付いていた。

「たぬき寝入りしてやがったのかよ、汚ねーなぁ」

「お互い様だ。答えろ、お前もアルクノアか」

襟首を掴む手に力を込めるミラに、アルヴィンはさてどうするかと逡巡。

「勘弁してくれよ。俺だって、アルクノアの連中に仕事を強要されて困ってるんだ。抜けたいが、そうもいかないんだよ」

「……まさか母親を?」

ミラは先日アルヴィンに聞かされた話から、病床に臥している彼の母親が人質に取られているのだと考え、手を緩め相手を解放した。

「信じて貰えるのか?」

「……お前はウソツキだったな」

「そうそう、だから何を聞いても無駄だぜ、俺ってそういう人間なのよ」

悪びれも無く言うアルヴィンに、ミラはさっさと歩き出す。

「どこ行くんだよ?」

「アルクノアの連中を捜す」

「俺も行くよ、仲間だろ?」

「勝手にしろ」

そういえば、ラスヒィも呼び戻してあげないとなと考えたところで、ミラはもう一つ気になっていたことを思い出した。

「ラスヒィの事も、アルクノアが関係しているのか?」

「旦那がどうしたって?」

「とぼけるな、奴に何かしたのだろう?」

「何かって何だよ、抽象的な事言われてもわかんねーって」

「アルヴィン」

腕を組んで仁王立ちをするミラに叱るように名を呼ばれ、アルヴィンは頭を掻いてそっぽを向く。

「別に、何か裏があってちょっかいかけてる訳じゃない。俺と旦那の問題なんだ、放っておいてくれよ」

「それで何も支障が無ければ、私もとやかくは言わない。だが、実際に弊害は出て来ている」

「…………」

「せめて理由を話せ。私達を巻き込む以上、それが筋というものだろう」

「理由って言われてもな……、言ったところで精霊の主様には理解出来ないと思うぜ?」

どういう意味だと首を傾げるミラに、アルヴィンはいつだったか彼女がジュードとしていた会話を思い出す。

「使命の為には感傷に浸っている暇は無い、お前はそういう奴だろ」

「ああ、それが?」

「俺はそうじゃないって事だよ。ただひたすら無心で使命の為だけに頑張れるほど、俺は無欲じゃない」

「話が見えてこないな、それがラスヒィとの事にどう繋がる?」

「簡単に言えば、旦那との事は傭兵の仕事やアルクノアとは関係無いって事だよ。そういう論理的な理由じゃなくて、もっと単純な人の感情の話」

「……つまりお前はラスヒィの事が嫌いで、ただ腹いせに嫌がらせをしているだけ、という事か?」

「嫌い、嫌いか……。どうだろうな、それもあるかもな」

ハッキリしない返事をするアルヴィンに、ミラが溜息を吐く。

「まあいい。アルクノアが絡んでいないというのなら、今明らかにする必要も無い」

「お、見逃してくれんの?」

「先送りにするだけだ。今はお前達の事よりも、先に片付けるべき問題が私にはある。だが、もしまたラスヒィが共鳴出来なくなるような事があれば、その時は皆の前で問い詰めるからな」

言うだけ言ってさっさと歩き出すミラに、「怖いねぇ」と言いながらアルヴィンも続く。

(そういや、何で昨日の旦那は共鳴出来てたんだ……? って言っても、俺とは繋げて無かったけど)

やはり昨日ローエンが何かしたのだろうか。あのじーさん余計な事をと、アルヴィンは小さく舌打ちをする。
せっかく良い感じに染まりかけていたのに、あれでは元の綺麗なラスヒィに戻るのも時間の問題かもしれない。

(そうはさせるか。旦那にはもっと絶望して、もっと酷い目に遭って、もっと世の中を憎んで貰わないと困るんだよ)

その執念のようなものの根底にある感情がどういったものか、アルヴィンは理解していた。
それが、ミラのような高潔な存在には絶対に理解されないものだという事も。






そんなこんなで、アルヴィンの母親の家へと向かっていたラスヒィと、逆に家からラスヒィの方へ歩いてきていたミラとアルヴィン、そしてその三人を探していた残りのメンバーは、ちょうど街の中心に架かる橋の上で合流した。

「ミラ! ラスヒィさんとアルヴィンも!」

「ジュードか」

「皆さん、街に出て来ていたんですね」

「それはこっちのセリフだよー!」

「どこ行ってたの、心配したんだよ」

ジュードのもっともなお叱りを受けて、ミラが狼狽えつつも謝る。
その様子を微笑ましく見つつ、ラスヒィもそれに倣って「すみませんでした」と頭を下げた。

「アルヴィンも。これからは行き先を言ってよね」

「そんなに怒るなよ。それより、エリーゼがなんか言いたそうにしてるぜ」

あからさまに話を逸らしたアルヴィンだったが、確かに彼の言う通りエリーゼは何やら深刻な顔でこちらを見ている。
ラスヒィとしてはアルヴィンに聞きたいことが山ほどあるのだが、皆の前でやる事でもないかとエリーゼを優先した。

「あのね……、イスラさんが……、わたしのこと、何か知ってるのかも……」

「イスラが……?」

曰く、ジュード達も三人を探している最中にイスラとばったり鉢合わせたらしい。

「エリーゼをまじまじと見たあと、顔色変わってたから」

「でも、逃げるみたいにしてどっか行っちゃったんだー」

「そうか……」

「イスラさんに会ったら、もう少し詳しく聞こうね」

レイアの言葉にエリーゼが同意したところで、闘技場から鐘の音が聞こえてくる。
一体何事だろうかと高い位置にある円形の会場を見上げていると、

「あんたたち、闘技場へ急いだ方がいいんじゃないの?」

通行人にそんな言葉をかけられた。
見知らぬその女性の傍らには娘だろう子供も居り、母親の台詞を引き継いで言う。

「鐘が鳴ったら大会が始まるのよー」

「え、大会始まっちゃうのー!?」

「決勝戦は明日以降ではありませんでしたか……?」

「何らかの事情で予定が早まったのかもしれませんね」

「もしかして、早く行かないと失格になっちゃったり?」

慌てるレイアの言葉に、ミラが目を瞬かせる。

「いいのか? 大会の辞退を考えていたのだろう?」

「迷いながらでもやってみるのが人間、そう言って下さったではないですか」

いつかミラがかけた言葉を復唱するローエンと、それに同意して笑顔を向ける一行に、ミラも顔を綻ばせた。

「うむ、そうだった。助かるよ、みんな」

ミラの言葉に頷いてから、ジュードが立ち去ろうとしていた通行人達を呼び止める。

「あの、どうして僕たちが参加者だってわかったんですか?」

「? この時期に他所の人が集まっていたら、それは参加者か観客に間違いないよ」

「そんなのここじゃジョーシキよ」

可愛らしくバイバイと手を小さく振って、名も知れぬ少女は母親と仲良く歩いて行った。
貰った返事に、ジュードが難しい顔で考え込む。

「ジュード……?」

「ごめん、何か頭の中で引っ掛かっただけで……」

結局それが何かに気付けなかったジュードは、「闘技場に急ごう」と気持ちを切り替えた。
彼とミラを先頭に皆は慌ただしく闘技場へと駆け出すが、ラスヒィは先のジュード同様、その場で熟考して動かない。

「おい旦那、考え事は後にして、さっさと行こうぜ」

「……アルヴィン、貴方もさっきのご婦人と同意見ですか?」

「さっきのって、余所者が居たら闘技大会目当てだろうって話か? まあ、そう考えるのが普通ではあるかもな」

「では何故イスラさんは違ったんでしょう」

彼女は自分達と初めて会った時、「この街へは何をしに?」と尋ねていた。
アルヴィンの母親を診ており、かつユルゲンスの婚約者だと言うのなら、恐らく彼女はこの街の住人の筈だ。
ならばその感覚も、ある程度は他の住人と同じである筈。

「……相変わらず大した記憶力だな。でも、別にそんな気にするような事でも無いだろ」

「それだけであれば、ね。ですが彼女は色々と不可解な点があるんですよ。エリーゼちゃんとの関係も気になりますが、何より貴方との事です」

「俺と先生の関係については話しただろ?」

「それを疑っている訳ではありませんよ。……ですが本当にそれだけですか?」

イスラのアルヴィンに対する反応は、患者の息子とその主治医という関係だけには見えない。
彼女はとても優しい人だ。だからこそ今までは考えもしなかったが、ここに来てその信頼が揺らいでしまう。
もしかすると彼女も、アルクノアの関係者なのではないか、と。

「それだけだよ、愛人にでも見えたか?」

「……ユルゲンスさんに言いますよ」

「わかった、俺が悪かった。――まあ冗談はさておき、大会行かねーの?」

既にジュード達の姿が見えなくなっている事に気付いて、ラスヒィも渋々移動を始める。

「そう言えば、旦那は何で一人で出歩いてたんだ? もしかして、ミラと同じで俺を探しに?」

「そうですよ」

「つくづく信用されてねーなぁ、単に見舞いに行ってただけだよ」

「昨日、食事の後に飛び出して行ったのは違うでしょう」

うっ、と言葉に詰まって目を逸らそうとしたアルヴィンは、自分を見る相手の目に浮かぶのか怒りではなく憂いのような物であることに気付いた。

「……なんだよ?」

「……別に、何事も無かったのなら今はそれでいいです。問い質すのはミラさんがやってくれたのでしょうし」

「何事もって……」

まさか、自分を心配していたとでも言うのだろうか。

アルヴィンは一瞬浮かれかけて、しかしそれはラスヒィの精神がそれだけ直りかけている事だと気付いて歯軋りした。
だから、彼は素直に嬉しいと返すことが出来なかった。いつものように相手の神経を逆撫でする言動を取って、己の感情を誤魔化すだけ。

ラスヒィもまたそんな彼の屈折した心の内を理解するにはまだ足りず、こんな相手を心配した自分の甘さに嫌悪感を抱くだけだった。
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