05.交錯する想い

「ユルゲンス、さっきの鐘は何だ?」

何とかジュード達に追い付いたラスヒィとアルヴィンを横目に、ミラは仲間と共に話し込んでいるユルゲンスに問いかける。

「ああ、来てくれて助かった! 執行部が急遽決勝戦を行うと言い始めたんだ」

「それに突然、前王時代のルールに戻すなんてことも言い出している」

「前王時代のルールって……まさか!?」

「前に話しただろ、相手が死ぬまで戦うあれだ。言ってなかったかもしれないが、その上この戦いは一対一で行われるんだ」

「どうする、ミラ?」

「うむ……、ワイバーンは必要だ、辞めるつもりはない。が、解せんな」

「何故、前王時代のルールで行うことに……」

考えられるとすれば、裏で手を引く何かが居るという事だろう。
こんな公式の大会にまで影響を与えられるその組織力を思うとゾッとするが、昨日の食事への毒物混入といい、あり得ない話ではない。

であれば、狙いはやはりミラの抹殺か。
一対一では助けることも出来ない、ここは執行部とやらに直接話をつけに行った方がいいのではと、そう伝える為にラスヒィは口を開いたが、

「やめておけよ。こいつは、おたくの命を狙ったアルクノアの作戦だぜ」

アルヴィンのその言葉の方が早かった。
まさかアルヴィンがそんな事を喋るとは思っていなかったラスヒィは、驚きを隠さず隣に立つ相手を見遣る。

「あっれー? なんでアルヴィン君が知ってるのー?」

純粋なティポの疑問に、その理由を知っているミラが「いいのか」と問う。
アルヴィンは皆に背を向けて、一言「さっきの礼だよ」と答えた。

それがミラがアルヴィンの言い分を信じ、事実上彼の行いを容認した事に対するものだとは知らないラスヒィは、訳も分からず事の成り行きを見守ることしか出来ない。

「なんの話?」

「アルヴィンは……、アルクノアと関係している」

「え!? ウソ……でしょ?」

「んー、すまん。仕事頼まれたりしてたんだわ」

「まさか、今回の事件も……」

「あれは俺じゃない。俺も食ってたら死んでたとこだぜ? 犯人も知らない。仕事つっても、小間使いにされただけだしな」

「なら、アルクノアの仕事はもうしないって、約束してくれる?」

「わかった、誓うよ」

即答したアルヴィンに、ジュードが心底安堵した表情で「よかった」と呟く。
それに対するアルヴィンの表情は決して晴れやかなものではなく、黙って見ているラスヒィは「また嘘ですか」と独り言ちた。

「アルクノアの作戦はわかるのですか?」

「あ、ああ……、俺が聞いた限りじゃ、奴ら決勝のルールを変えてミラを殺す気だ。勝ったとしても、疲労困憊になったおたくを客席から狙い撃つ二段構えだとよ」

「なんて奴らだ! 大会を何だと思っている!」

部族の皆にとって、この闘技大会は神聖なものなのだろう。それを悪事に利用されたとあっては流石に腹も立つのか、普段温厚なユルゲンスが怒鳴る。
が、標的となっているミラは、こういった事にはすっかり慣れているのか涼しい顔だ。

「何とも穴だらけの作戦だな。私が代表で出なければ、簡単に挫ける」

「そっか、そうだよね!」

「だが……このくだらん罠にはまってやる。奴らを引きずり出してやろう」

腰に手を当て大胆なことを言ってのけたミラに、他の面々は驚愕。

「おい、正気かよ!?」

「危険過ぎます。命を懸けるなど、今回ばかりは賛成しかねます」

「そうだよ、やめた方がいいって!」

「ミラくんが死んじゃうー!」

三者三様に返されて、だがミラは笑みを返す。そして、傍らで思案するジュードを見た。

「ジュードはそう思っていないようだぞ」

「ミラを狙って客席に現れたアルクノアを、僕たちに止めて欲しい……、そういう事でしょ?」

「うむ」

「ちょっと、ジュード?」

「普通ならいつ出てくるかわからないけど、今ならおびき出せる……、理には適ってるよね」

「今ここで手を打っておかないと、次の手を考える時間を与えてしまう。そうすれば、もっと被害が大きくなる可能性も否定出来ない」

「……本当に出場する気なのか?」

自分が最初に巻き込んだとはいえ、大会のせいでミラが命を落とすのを黙認は出来ないのだろう、ユルゲンスが控え目に尋ねる。

「お前の部族の誇りを託されたことも、忘れてはいないからな」

「貴方って人は……」

「お前はどうだ、ラスヒィ? 先程からずっと黙っているが」

「私が何か言ったところで、貴方は一度決めたことを変える方では無いでしょう?」

「ふふ、そうだな。力を貸してくれるか?」

「勿論。アルクノアの事は、最早ミラさん一人の問題でもありませんし」

「はぁ……、何とか成功させるしかないのですね?」

「そういう事だ。さぁ、行こう!」

有無を言わさぬミラの号令で、覚悟を決めた一行は会場の中へ。
途中で囮役のミラと別れ、残りのメンバーは客席に散らばった。

『最初に登場したのは、キタル族代表だ! 昨日、不幸な事故はありましたが、大会執行部の努力により、本日の決勝戦が実現しました! その上で、今年の決勝戦は公平に行う為、過去の慣例に倣い、前王時代のルールとなります』

持ち場で周囲を警戒しつつ敵を探すアルヴィンは、元気な司会のアナウンスに苦笑する。

「どんな理屈だよ……」

「それよりアルヴィン、アルクノアの見分け方は無いんですか?」

その近くで連弩をいつでも撃てるようにして目を凝らすラスヒィは、少しでも発見の確立を上げようと、アルヴィンにそんな問い。

「そうだな……、アルクノアの連中同士も、お互いの顔を完全に把握しきれてはいない筈だ。なら、符丁や目印を決めてる可能性は高い。目立たないが、知ってる奴が見れば一目で分かるような……」

アルヴィンの言葉に重なって、眼下から凄まじい轟音が響いた。
見れば、舞い上がった砂埃の向こうで、忌々し気に前方を睨み付けるミラの姿がある。そこには、何やら筒のようなものを構える敵の姿。
今の音はその筒――恐らくは武器――の攻撃によるものだったのだろう。彼女は上手く躱したようだが、周囲の惨状を見ればその威力が分かる。

「あの武器はまさか……」

「ああ、黒匣だ」

実際にその威力を見るのは初めてだったラスヒィは、一瞬目的も忘れて試合に釘付けになる。
ミラはラ・シュガルにあったクルスニクの槍も黒匣だと言っていた。見た目と威力が比例するとも限らないが、もしそうなら槍の威力は計り知れない。
そんなものを、ナハティガルは使おうというのか。

「何、や、やめて! 返して!」

怒りに呑まれそうになっていたラスヒィは、不意に歓声の中から聞こえて来たその声で我に返った。
続いて聞こえた気の抜けるような声は、間違いなくティポの声だ。

声の方を向けば、エリーゼが何やら男性とティポを引っ張り合っている。
渡してなるものかと必死に抵抗するエリーゼだったが、その小さな体を男は容赦なく突き飛ばした。

「な……っ!?」

「あいつら、まさか……っ!」

ラスヒィと同じくその異変に気付いたアルヴィンは、血相を変えて走り出す。
一方、一番エリーゼの近くに居たレイアは、男を追いかけて行ったエリーゼを追うべきか迷いつつ、何事かと尋ねて来たミラに説明。

「ティポが攫われたの! エリーゼもそれを追って!」

「……! ミラさん、危ない!」

アルヴィンに続いてレイアと合流したラスヒィは、ミラを狙って放たれた砲撃に声を上げた。
試合のルールはどこへやら、いつの間にか敵の数は三人に増えている。

流石にミラと言えど、三対一では勝ち目がない。
作戦は中止して加勢に向かうべきだと判断して、三人は人波を掻き分けて走る。

「アルヴィン!」

「奴らの狙いはお前じゃない、きっと初めからティポだったんだ! 客席から狙ってる奴なんてのも居なかったんだ! 俺は知らなかった!」

話が違うと咎められると思ったのか、アルヴィンは先にそんな弁明をしたが、ミラはそれには取り合わずに告げる。

「お前に任せる!」

己の耳を疑ったアルヴィンは、動かしていた足を止めてミラを見つめた。

「何……? お前、俺を試して……」

「お前しかいない、頼んだぞ!」

「なっ……、そう来るかよ……」

ミラはそれ以上のやり取りは不要とばかりに、敵に向き直る。
言外に「信頼して任せる」という意味を含んだその言動に、アルヴィンは葛藤を振り切って再び走り出した。

「どうなっても知らないぜ!」

その足はミラの方ではなく、居なくなったエリーゼの方を向いている。
離れた場所に居るせいで事態が呑み込めていないジュードとローエンも、ミラのピンチに移動を開始する。

そんな中、それぞれの姿を見ていたラスヒィは、どうすべきか決めあぐねていた。
ミラはアルヴィンを一人で行かせた、それはアルヴィンも言っていたように彼を試す意味もあるのだろう。

だが自分は、今あの男を一人にはしたくない。
敵であれ味方であれ、アルヴィンが一人で行くことは、どう転んでも良い結果にはならない。

「ラスヒィ!」

「あっ、はいっ!」

ミラの呼びかけで、知らずと足を止めてその場で立ち尽くしてしまっていた事に気付いたラスヒィが慌てて返事をする。

「すみません、すぐそちらに向かいます!」

「その必要はない!」

「えっ?」

一歩踏み出してまたすぐに立ち止まるラスヒィに、ジュード達の到着まで持ちこたえようと逃げ回るミラが続けた。

「この場は私とジュート達で十分だ、お前はお前のやりたい様にすればいい」

「……ですが」

「遠慮は不要だ。お前は私が好きに動くのを止めはしなかった。故に私も、お前の行動を縛るつもりはない。――行け!」

発破をかけられ、渋っていたラスヒィはミラに感謝しつつ一人会場を出て行った。
一方、ミラと合流したジュードとローエンは、先に到着していたレイアに倣って武器を構える。

「他の皆は?」

「アルクノアにティポが攫われた、あとの三人はそれを追った」

「なんと!」

ローエンの驚きはティポが攫われたことについてでもあり、またそれを追ったのがよりにもよってアルヴィンとラスヒィだという事についてでもあった。
エリーゼはともかく、事情を知っていながらどうしてわざわざあの二人に行かせたのかと目で問うローエンに、ミラは敵を見据えながら答える。

「荒療治だが、これが一番良いと考えたまでだ」

「更に悪化する要因にならなければ良いのですが……」

「本人たち次第だな、心配ならお前も後を追うか?」

「それを考えるのは、この方たちを片付けてからにいたしましょう」

「良い心掛けだ。――行くぞっ!」

そうして、ルール無用となった戦場で、ミラ達は敵に向かって足を踏み出した。
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