06.追憶の旅路
街の人に聞いたところ、アルヴィンとエリーゼは王の狩り場がある方角へ走って行ったらしい。その後を追うラスヒィは、魔物の蔓延る草道を一人走っていた。
(……こうしていると、あの時の事を思い出して嫌になりますね)
いつか稽古だと言って、似たような状況に一人放り出された時の事をラスヒィは思い浮かべる。
今こうして難なく進めているのは、あの時の特訓のお陰でもあるのかもしれないが……、それでも、アルヴィンに感謝しようという気持ちにはなれない。
(許せない――けど、ただずっと憎み続けるだけなのも疲れた)
自暴自棄になっても、結局少しも楽になどならなかった。
彼の行いを、これまでの非道を、全て受け入れる事は出来なくとも、何らかの方法で気持ちに折り合いをつけた方が、きっと自分にとっても皆にとっても良いのだろう。
その方法として一番手っ取り早いのは、相手の事情を知る事だ。
アルヴィンがアルクノアに加担するのも、傭兵なんて仕事をしているのも、八つ当たりのような言動をするのも、それだけの理由がアルヴィンにあるとすれば、情状酌量の余地くらいはある。
(まあ、実際はどうだか知りませんけど)
母親の話も嘘で、本当にただ彼がどうしようもない人間なだけ、という可能性も、ラスヒィは捨てきれずに居た。今こうして彼を追いかけているのは、それを見極める為でもある。
もしアルクノアと結託してエリーゼに危害を加えていたりしたら殺そう。ラスヒィはその怒りを剣に乗せて、進路を塞ぐ魔物達にぶつけながら進んだ。
道が複雑に分かれているという事も無かったので、王の狩り場を真っ直ぐに走り抜けて行くと、やがて行き止まりに辿り着く。
今立っている足場の先は崖になっていて、対岸に向かって粗末な橋が幾つか架かっている。その先に見える岩壁には、洞穴のようなものがいくつも空いていた。
霊勢の影響か、はたまた岩山に囲まれているせいか、まだ昼間だというのに辺りは薄暗く、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。
あまり好んで立ち入りたくはないが、他に道が無い以上、アルヴィン達はここに居る筈だ。その証拠に、アルクノアらしき人影がちらほら見える。
(彼らのアジトか何かでしょうか……? とにかく、まずは二人を見つけないと)
岩の陰に隠れながら、なるべく人の目につかないルートを選んでラスヒィは進む。
悪いのはアルクノアなのに、どうしてこちらがコソコソしないといけないんだろうという苛立ちはあったが、魔物はともかく黒匣を持った武装兵を一人で相手取るのは避けたい。
そうして、身を潜めつつ迷路のようになっている洞穴を1つ1つ調べて回っていたのだが、
「……む? 何だ貴様は!」
運悪くアルクノアと鉢合わせてしまい、やむなくラスヒィは剣を抜いた。
「事のついでなので聞いておきますが、少女のぬいぐるみを奪って逃げた変わり者のお仲間はどちらへ?」
「ぬいぐるみ? ……ああ、例の増霊極か。それを追って来たという事は、貴様はあいつらの仲間だな」
「増霊極?」
そういえば、以前ガンダラ要塞でナハティガル達も言っていたような。
一体それは何なのかと問う暇もなく、相手は襲い掛かって来る――かと思いきや、黒匣から光弾を一発放ったと同時に駆け出し、ラスヒィの脇をすり抜けて行った。
交戦の構えを取っていたラスヒィは、走り去っていく相手に拍子抜けしてしまう。
臆して逃げた、という風には見えなかったが……
(……まあ、戦わずに済んだなら良しとしますか)
今はティポを取り返してアルヴィン達と合流するのが先だ。そう考えて、ラスヒィは再び暗い洞窟の中を歩き始めた。
それから暫くして。
「ティポ、しっかりして!!」
暗闇の中を彷徨っていたラスヒィの耳に、不意にエリーゼのそんな声が聞こえてきた。
声のした方へ走ると、洞窟の奥でティポを抱えているエリーゼと、壁に背を預けて呻いているアルヴィンの姿を見つける。
「アルヴィン! エリーゼちゃん! どうしたんですか!?」
「ラスヒィ……?」
「……っ、なんで旦那が……、俺に任せるんじゃ無かったのかよ……」
「私が一人で勝手に追って来たんです。それよりその傷は……」
「アルヴィンは……ティポを取り返してくれたんです……」
「……それで怪我を?」
「んだよ、その疑うような目は……。そのつもりで追いかけて来たんだから、当然だろ……。ほんっと信用されてねーな……」
そこは日頃の行いのせいだろうと言ってやりたいが、エリーゼが言っているのだから嘘ではないのだろう。
ラスヒィはアルヴィンの傍に膝をついて、その傷口をなぞるように手を翳す。
「聖なる癒しの灯よ、その光を以て傷痍を癒せ。ファーストエイド」
医学の心得があるジュードやレイアと違い、本格的な治療や癒しの術が使えないラスヒィにはこれが精一杯。
この程度の治癒術では傷はろくに癒えないだろうが、そのまま放置しておくよりはマシだろう。
少しは痛みが和らいだのか、冷や汗を流していたアルヴィンの顔色も幾分マシになる。
「……サンキュ」
「……何ですかその嫌そうな顔は」
「別に嫌って訳じゃ……、ただ……」
「ただ?」
「……いや……何でもない」
ふい、と顔を背けて力なく吐き捨てるアルヴィンに、ラスヒィは嘆息。
まあ、ちゃんとミラの信頼には応えている分、いつもよりはマシだろう。
「エリーゼちゃんは怪我はしていませんか?」
「大丈夫……でも……」
何やらぐったりとしているティポを抱えたまま、エリーゼは涙ぐんでいた。
「ティポが……ティポが……!」
「ティポがどうかしたんですか?」
「はじめましてー、まずはぼくに名前をつけてねー」
一瞬、それがどこから発せられたのか理解出来なかった。
「え……」
「はじめましてー、まずはぼくに名前をつけてねー」
音の出所はティポだった。エリーゼの腕に抱かれたまま、抑揚のない声で同じ言葉を繰り返す。
「はじめましてー、まずはぼくに名前をつけてねー」
「やだ……っ、ティポ、なんで……っ!」
「はじめましてー、まずはぼくに名前をつけてねー」
壊れた玩具の様に繰り返すティポの声が、洞窟内に反響する。
いつもは明るく陽気に聞こえるその声が、今はただただ不気味だった。
「なん、ですか、あれ……」
「……アルクノアの一人がティポから何かを抜き出した途端、ああなっちまった」
「それって……」
「はじめましてー、まずはぼくに名前をつけてねー」
耐え切れなくなったエリーゼが泣き出しても、ティポは変わらなかった。
壊れた玩具。比喩ではなく、今のティポは正にそれなのだろう。
(まさか……あの時、戦わずに退いたアルクノアが持っていたのか……?)
だがティポの人格データなど奪ってどうするのか。それとも、他に何か秘められた能力でもあるのだろうか。
(そういえば、増霊極って言ってたな……)
つまりティポが、その増霊極と呼ばれる物なのだろうか。
一人思案していると、遠くから複数人の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「ラスヒィ! 無事か!?」
敵襲かと警戒して武器に手を掛けたが、現れたのはミラ達だった。
エリーゼは壊れたティポを置いて、ミラに泣き縋る。
どうしたと問うミラに答える前に、ティポが再び言葉を繰り返した。
「はじめましてー、まずはぼくに名前をつけてねー」