06.追憶の旅路

「ティポ……やっぱり、仕掛けで動いてたんだね」

ラスヒィが受けたのと同じ経緯の説明をアルヴィンから受けたジュードの一言に、泣きじゃくっていたエリーゼは顔を上げる。

「仕掛け……?」

「うん。自分で動いて喋るように作られてたぬいぐるみだったんだよ」

「でも、それでも……お友達だったんです……!」

「……アルヴィン、アルクノアは?」

「一人はやったが、もう一人には逃げられた」

そう言って彼が目をやった先には黒匣が転がっていた。
ミラはエリーゼから離れ、アルヴィンへの感謝――アルクノアに味方しなかった事に対してもだろう――を述べながら、黒匣を足で踏み潰す。

「ミラ、ティポは……?」

「抜き取られたものを取り返せば、元に戻るんじゃないかな」

「アルクノアが逃げたのは?」

「とっくの前だよ」

「では、盗まれたものを取り戻すのは難しいだろう。もうここに用は無いな」

「え……でも……ミラなら……」

「お前がヤツらを捜したいと言うのなら、止めはしない。だが、それならお前とはここでお別れだ」

ミラにそのつもりは無いのだろうが、突き放すような響きを持つその言葉に、エリーゼは押し黙ってしまった。
自分があの時、アルクノアを逃がして居なければ――そんな後悔が押し寄せるのを感じながら、ラスヒィは拳を握った。

今のエリーゼは、まるで自分の様だ。
友を失い、頼れる者も居ず、かといって自分一人ではどうにも出来ない。
だから、納得がいかなくてもただ流れに身を任せるしかない、そんな自分と同じ。

「……あの、少しだけ別行動を取っても構いませんか?」

控え目にそう口にすると、皆の視線がラスヒィの方を向いた。

「私は構わないが……、理由を聞いてもいいか?」

「その、もしかしたらまだティポの記憶を持った方が近くに居るんじゃないかと思って……この周辺だけでも捜しておこうかと」

「無駄だって。大体、旦那一人で行ってどうするんだよ」

「なら、貴方がついて来てくれればいいじゃないですか。……手伝うつもりが無いのなら口を挟まないで下さい」

実際に取り戻せるかどうかはこの際問題ではない、「きちんと探し回ったけれど見つからなかったんだから仕方がない」とエリーゼが納得出来ればそれでいいのだ。
ティポがただの玩具に過ぎないのだとしても、天涯孤独の身であったエリーゼにとってのティポは、自分にとってクレインと同じだけ大きな存在だった筈だ。

その友達が記憶を失くしたのに、何もせずただ諦めろなどという言葉で終わらせてしまっては、彼女が救われない。

「気が済んだらシャン・ドゥに戻ります、帰りが遅ければ私の事は置いて行って構いませんので」

「分かった、そこまで言うのなら君の好きにするといい」

「ラスヒィ、わたしも手伝います……!」

「では私もご一緒しましょう」

「あっ、じゃああたしも!」

「っておいおい、これじゃ結局全員で行く事になるじゃねーか」

「まあ、シャン・ドゥへ帰るまでの道程の中で捜すだけなら、普通に帰るのと大して変わらないよ」

という訳で、皆揃って先を行くラスヒィに続いて坑道を出たのだが、外に出た途端、来るときは居なかった筈の魔物に囲まれてしまった。

「なんだこいつら!?」

「王の狩り場から迷い込んで来たのかな?」

「でも、野生って感じじゃないよね」

ジュードの言う通り、自分達を包囲して動向を窺う魔物達のその動きは、訓練されたソレだ。
アルクノアの中にもユルゲンス達のような魔物使いが居るのだろうかと考えながらも身構えると、

「お前たち、やめんか!」

という牽制の声と共に、崖の上から大男が降ってきた。
着地の衝撃で地面が揺らいで、武器を構えた皆が僅かによろめく。

「すまなかったな、密猟者を追っていたのだ」

「ジャオ……!」

「ん? お前さんたちがどうして……!?」

それは以前エリーゼをハ・ミルに閉じ込めていた男。
相手も魔物に囲まれていたのが見知った顔だと気付いて驚きを見せる。

「娘っ子、とうとうこの場所に来てしまったのじゃな。……覚えておるのだろう?」

「エリーゼ、どういうこと……?」

「ここはお嬢ちゃんの育った研究所だったんだよ」

「以前、侵入者を許してしまっての。その時、この場所は放棄されたのだ」

「……どうしてそれをアルヴィンが知っているんですか」

「大方、侵入者というのがお前だったのだろう?」

「いい勘してんな。そうだよ、増霊極についての調査だったんだ」

「なんと、お前さんじゃったのか」

「増霊極って何なの?」

「ア・ジュールが開発した、霊力野から分泌されるマナを増大させる装置だ。……そいつだよ、ティポがそうだ。第三世代型らしいがな」

「ティポ……そうだったんですか?」

不安げに問うエリーゼの腕から抜け出して宙に浮いたティポは、その答えは返さず、感情の込もらない声で喋る。

「ぼくの名前はティポだねー、よろしくー」

「……ティポはエリーゼの心に反応し、持ち主の考えを言葉にするのじゃ」

「それじゃ、ティポはエリーゼの考えを喋ってたの……?」

「ウソです! ティポはティポが喋っていたんです!!」

必死に否定し抗議するエリーゼに、ジャオは口を閉ざす。
青ざめるエリーゼは瞳に涙を溜めながら、震える声でティポに語り掛けた。

「ティ、ティポは……仕掛けがあっても、わたしのお友達ですよね?」

「ちがうよー、ぼくはエリーゼの友達じゃないよー」

「ち、違います!」

「違わないよー、ぼくはエリーゼが考えてる事だけ言ってるんだからー。ぜんぶエリーゼのかんちがいだったんだよー」

「エリーゼ……」

何も言えなくなったエリーゼに代わって、ティポがふよふよとジャオに近づく。

「教えて、おっきいおじさん。一人ぼっちのエリーゼのお父さんとお母さんはどこにいるのー?」

「それはの……、もうこの世にはおらぬ」

「え……」

「お前が四つの時、野党に遭い、殺されたのじゃ……」

「そんな……!」

ここまで来てそれか。エリーゼはずっと、どこかに居る両親と会えると信じて来ただろうに。
よりによって、それを知るのがこんなタイミングで――

「……もう、会えないんですね。お父さんにもお母さんにもティポにも……!」

「エリーゼ……」

「その、気を落とさないで……」

と、ジュードとレイアがエリーゼを気遣うが、エリーゼは潤んだ瞳で二人を睨む。

「ジュードやレイアにはちゃんと居るじゃないですか! みんな……!」

「そんな人たちに、エリーゼの気持ちがわかるもんかー」

「エリーゼちゃん!」

「待って!」

ティポと共に駆け出したエリーゼを追って、ラスヒィとレイアが走り出す。それと同時に遠くから銃声が響いた。

「くっ、密猟者どもめ!」

「待て! なぜエリーゼは研究所に居た?」

「……連れて来られた、売られたようなものだ。娘っ子のような孤児を見つけては、研究所に連れて来ていた女に……名は……」

「まさか……イスラ……?」

「おお、確かそんな名であった」

「密猟者みたいなもんだな」

「……わしが言えた義理ではないが、頼む。あの娘っ子を、これ以上一人にせんでやってくれ」

それだけ言って、ジャオは魔物を引き連れて密猟者を捕らえに行った。
それを見送ったミラ達もまた、エリーゼとそれを追った二人と合流する為、足早にその場を去るのだった。






「ついて来ないで下さい!」

一方。エリーゼに追いついたラスヒィとレイアは、拒絶反応を示すエリーゼに手を焼いていた。
周囲に敵の影が無いのを確認しつつ、なるべく相手を刺激しないようにゆっくりと距離を詰めていく。

「エリーゼちゃん、ティポの記憶はもういいんですか? 一緒に探すって言ったじゃないですか」

「だって……! 元に戻ったって、そもそもティポはわたしの友達じゃないって……!」

「そ、それはあれだよ! 売り言葉に買い言葉ってやつだよ!」

「いや、それはちょっと違う気が……」

しまった、これではただの漫才だ。
せめてそれでエリーゼが笑ってくれればいいのだが、相手は蹲ってすんすんと鼻を啜るだけ。

(……無理もないですよね。正直、私だってまだ立ち直れてる訳じゃない)

そんな自分が、今の彼女をどうやって励ませるというのだろう。
ラスヒィは悩んだ末に、エリーゼの傍に腰を下ろす。

「……大事な人が突然居なくなるのは、悲しいですよね」

「……ラスヒィにだって、わたしの気持ちなんて分からないです」

「エリーゼちゃんの気持ちは分かってあげられませんけど、私もつい最近大切な人を失くしたばかりなので」

それがクレインの事を指しているというのは理解してくれたのだろう、エリーゼは抱えた膝に埋めていた顔を上げる。

「辛い事が重なると嫌になりますよね、色々と」

「……でも、ラスヒィにはまだ、お父さんとお母さんが……」

「父はまだ生きてはいるんですけれどね、こんな事になって、もう父とは呼べませんし」

「……お母さんは?」

「顔も知りません。……ここだけの話、私はナハティガルと血が繋がっている訳ではないんですよ」

「えっ」

後ろで二人の様子を窺っていたレイアが思わず声を上げて、はっとした顔で口を押えたのを見て、ラスヒィが苦笑しながら手招きする。

「赤子の頃にナハティガルに拾われたそうです、実際はどこの誰なんだか未だに分かりません」

「……両親に会いたいと思わないんですか?」

「あまり。産まれたばかりの赤ん坊を捨てるような人達ですからね。だから、血こそ繋がっていなくても、ここまで育ててくれたナハティガルが私にとって唯一の親だったんです。でも……」

「これから戦わなくちゃいけないんだよね……」

「……ラスヒィは、辛くないんですか? 寂しくならないんですか?」

「本音を言うと辛いし寂しいです。だから、エリーゼちゃんが傍に居てくれると助かります」

「…………」

それきりエリーゼはまた黙ってしまったが、ラスヒィとレイアを突き放すようなこともなく、三人はただ寄り添い合うように並んで座ったままミラ達を待った。
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