06.追憶の旅路

「レイア、ラスヒィさん、エリーゼは……?」

暫くしてやって来たジュード達は、未だ悲壮感を漂わせているエリーゼを見ながら気遣わし気に尋ねる。

「うん……まぁ、まだ元気はないけど。それより、ここは物騒だし、早く街に戻ろ?」

そう言ってレイアは歩き出し、エリーゼもまたその後ろをついて歩き出す。

「そちらは何事もありませんでしたか?」

「ああ、ジャオはあくまでも密猟者を捕らえに来ただけのようだ」

「エリーゼをこれ以上一人にしないでやってくれって言ってた、あの人は悪い人じゃあ無いのかも。ただ……」

「? 何か気になる事でも?」

と、ラスヒィが続きを促してもジュードは答えず、代わりにローエンが口を開く。

「エリーゼさんは、かつて此処にあった研究所に連れてこられた孤児だったそうです。そして、当時彼女を連れてきたのは、イスラという名の女性だったそうで」

「イスラ……って、まさか……」

「……違う人だと思いたいんだけどね。でも、思い返せばイスラさんには不審な点がいくつかある」

ジュードのそれは、恐らく自分がイスラに抱いていた疑惑と同じものだろう。
ラスヒィはこの中で一番彼女について詳しいであろうアルヴィンに目で問いかける。

「ま、本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いんじゃねーの?」

「それはそうですが……、本当にイスラさんがそんな事をしていたのなら、今のエリーゼちゃんと会わせるのは……」

「なら、エリーゼの居ない時にこっそり聞きに行きゃいいだろ。とりあえず今はさっさとここを離れようぜ」

「そういえばアルヴィン、怪我平気?」

「いーや。任せられた仕事は失敗するし、おたくらはやって来るし、心のキズは重症だよ」

「アルクノアも裏切っちゃったしね……」

「ま、それはどーでもいいけど。裏切ったフリかもしんないし」

どうしてこの男はこういう事を軽々しく口にするのだろう。
実際それもあり得ると考えているラスヒィは全く笑えなかったが、ジュードは困ったように笑いながら言う。

「アルヴィンは裏切りキャラだもんね?」

「そーそ、それが俺」

「それでも、必死に戦ってくれて有難う」

その言葉に、アルヴィンとラスヒィは揃って意表を突かれた顔をした。

ジュードのその言葉には含みのようなものは一切感じなかった。純粋に、心の底から出た言葉なのだろう。
アルヴィンは一瞬とても嬉しそうな顔をして――しかしそれが失態だったとでも言うようにすぐ苦い顔になる。

「……ホント、お前は優等生キャラだな」

「うん。けど、それが僕だから」

ジュードの言葉は、まだ彼の裏切りを目の当たりにしていないから、というのもあるのだろう。
けれどそれを差し引いても、ラスヒィはジュードの受け答えに衝撃を受けていた。

アルヴィンへの接し方の正解を見せられたような気分だ。
ジュードはどこまでも真っ直ぐで――アルヴィンの忙しない表情の変化は、それに負けたことの表れだったように思える。

(……ジュード君は凄いな)

自分がアルヴィンに上手く躱されてしまうのは、体よくあしらわれてしまうのは、アルヴィンの表層を突き崩せるだけの芯のようなものが、自分に無いからなのかもしれない。
お人好しと言ってしまえばそれまでだが、ジュードのそれは信念と呼べるだけの強さがあるような気がした。

使命を全うしようとするミラや、目的の為には犠牲も厭わぬナハティガルと同じ。周囲の在り方に惑わされず、貫き通す己の確固たる意思。
城を出てここまで旅をしても、ラスヒィは未だそれを見つけられずにいた。






ともあれ、王の狩り場を抜けて、一行はシャン・ドゥへ無事帰還したのだが。

「犯人を追って王の狩り場へ行ったと聞いて、心配していたのよ」

街に着くなりそう言ってイスラに出迎えられてしまった。
まだ事情を知らないレイアだけが、いつもの調子でそれに答える。

「色々あったけど、とりあえずは無事、かな」

「偶然とはいえ、貴方達を巻き込んでしまってごめんなさい」

頭を下げるイスラに、ラスヒィは何も返せなかった。

彼女にどんな咎があれ、全てはもう過ぎた事だ。今更、過去の行いを掘り返した所で何にもならない。
だからこそ、ここで出逢わなければ、これ以上何もして来なければ、何も知らなかった事にしても良かったのに。
その方が、皆がこれ以上心を痛める事も無かっただろうに。

一人前に進み出たジュードが、悲しい顔で告げる。

「イスラさん……それウソですよね?」

「な、何? 私が心配したら変かしら」

「ジュード、どうしちゃったの?」

「イスラさんが僕たちと知り合ったのは、偶然じゃないんだよ。決勝を知らせる鐘が鳴った時、この街の人に言われたでしょ。この時期に他所の人間が集まっていたら、それは闘技大会の参加者か観客しか居ないって」

「……けれどイスラさんは私達に、この街へは何をしに≠ニ聞いていましたね」

「あ……」

「そういう事か。私達がイスラに助けられたあの時だな」

そこまで言えば、他の皆もジュードの言わんとしている事が理解出来たようで。
イスラを優しい人だと言って信じていたレイアの顔からも、笑顔が消えていく。

「僕たちに近づくよう言われたんでしょう、アルクノアに」

「イスラさん……ウソだよね?」

「あの人たち……ばれないから……平気だって言ったのに……。でも、私だってあの人たちに……」

「脅されてたんだよね……弱みがあったから」

「昔の仕事、ですか……」

「この子にはすまないと思っている。でも、あの時は私だって……! お願い、彼には黙っていて!」

「彼って……、ユルゲンスさんは知らないんですか?」

「言えるわけないじゃないっ! ……ユルゲンスはとても純粋な人なのよ」

「なぜ話せないんだ? 既に過ぎた事だろう」

「貴女も女なら分かるでしょ、こんな醜い女を彼が愛してくれるわけない。あの事を知られたら……私は捨てられる」

膝から崩れ落ちたイスラは、そのまま地面に這いつくばるように皆に頭を垂れて懇願する。

「私は幸せになりたいだけなの! お願い……彼には言わないで……下さい……」

「ふむ。人間の愛と言うのは難解だな、私には理解出来そうに無い。どうするかはエリーゼ、お前が決めるといい」

「どうしてわたしなんですか……」

「私たちより、その権利があるだろう」

「今更、私が償える事なんて無いけど……、お願いします……!」

土下座するイスラを侮蔑の目で見下ろしていたエリーゼは、ふいと顔を背けて輪から外れる。

「どうでも……いいです」

「どーせエリーゼが一人ぼっちなのは変わらないんだからー」

「う……うう……っ」

イスラはよろよろと立ち上がると、覚束ない足取りで去って行った。
その後ろ姿を悲哀に満ちた目で見つめながら、ジュードが呟く。

「イスラさん、エリーゼに何も償えないって言ってたけど……、本当に何かしようとしたのかな……、出来ること、無かったのかな?」

それに対しても、ラスヒィは返す言葉を持たず。
その隣に居たミラが淡々と答えた。

「……その答えは、イスラにしか出せないだろうな」






「増霊極について、少し気にかかることがあるのですが」

ローエンがそう切り出したのは、当初の予定通りワイバーンでイル・ファンへと向かうべく、街の出口でユルゲンスを待っている時の事だった。
未だ機嫌の治らないエリーゼを心配そうに見ていた一考は、視線を彼に移す。

「ナハティガルがガンダラ要塞で行っていた実験……、あれは増霊極を使用するためのものだったのではないでしょうか」

「増霊極がすでにラ・シュガルにも渡っているという事ですか?」

「そう考えるべきでしょうね」

「増霊極はエリーゼみたいな子でも魔物と戦えるようになる物だよ、大丈夫かな」

「両国の兵が増霊極を持って争えば、かつてないほどの惨事が待っている」

「ホントにそんな戦いが始まるの?」

「少なくとも、ナハティガルにはその戦いに踏み切れる理由がある」

「クルスニクの槍、だね……」

「おお、戻ったのか!」

深刻な顔で話し合う一行に、何も知らないユルゲンスが柔和な顔でそう声をかける。
イスラから戻ったことを聞いたのだと語る彼に、ジュードも、他の皆も、当たり障りのない返事をする事しか出来ない。

「んなことより、約束のワイバーンの準備出来てるの?」

「ああ。ただ、今は戦の雰囲気が高まっているとかで、王の許可無しには空を飛べないんだ。私はこれから首都カン・バルクへ行って、王の許可を貰ってくるつもりだ」

「……ねぇ、ア・ジュール王に戦いが起きたら危ないって事を伝えた方がいいんじゃない?」

「王様評判良いみたいだし、わたしたちと一緒に戦ってくれたりしないかな」

「おいおい、その戦いって戦争だぞ!?」

「私も直接会って、研究所の真意を確かめたいと思っていた」

「真意って?」

「エリーゼの居た研究所って、他にも沢山子供が連れて来られてたらしいんだ」

「孤児を集めて増霊極の実験を行っていた……。ミラさんは、この国の王がナハティガルと同じなのではないかとお考えなのですね」

「ア・ジュール王が民を守る存在なら、私の望む答えを持ち合わせている筈だ。だが、別の答えを持つのであれば、金輪際やめると誓わせる、どんな手を使っても」

こうなったミラは誰にも止められないと理解しているアルヴィンは、説得を諦めてやれやれと頭を掻いた。
ミラはユルゲンスに共にカン・バルクへ向かう事を告げて、彼の旅支度が整うまでの間、レイアとローエンはエリーゼを連れて出発の時間までに宿に置いた荷物などを引き上げに向かう。

「そんじゃ、俺もちょっくら……」

「そうやってしれっと居なくなろうとしないで貰えますか」

「なんだよ、お堅いなぁ」

「行き先くらいはちゃんと伝えると、ジュード君とも約束した筈では?」

「優等生とは約束したけど、旦那とはしてない」

「……なら私もついて行きます」

アルヴィンは溜息を吐きつつ、観念して口を開く。

「母親の所だよ」

「…………」

「嘘は言ってないぜ。それでもついて来るのか?」

「……行きます」

「おいおい、そこは空気読んで辞退してくれよ」

「前にもちゃんと言いましたよ、お見舞いに行かせて下さいって」

「…………」

「いいですよね?」

「……はぁ。分かったよ、好きにすりゃいいさ」

確かに親子水入らずの邪魔をするのは気が退けるが、自分にとって大事なことだ。
ミラに監視ついでにアルヴィンについて行く事を告げると、ミラは先んじて歩き出しているアルヴィンを呼び止める。

「よくやってくれた。エリーゼを守ってくれると信じていたよ」

釘でも刺すのだろうかと思えば、彼女の口から出たのはそんな賞賛で。
苦々しい顔でそれを受け取ったアルヴィンは、街の中央にかかる橋の真ん中で振り返って、

「ぼく、約束したから覚悟決めたんだよー、ママ〜」

とおどけて返した。しかも投げキッス付き。

「……何ですか今の……」

「アルヴィンってば、ははは」

今のを笑って流せるジュードも、顔色一つ変えずに聞き流すミラも、やはり只者ではない。
白い目でアルヴィンを見ていたラスヒィはそう思いながら、置いて行かれては困ると慌ててその後を追った。
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